第03話 妹が生えてきた

「ブラッド様、どうしたもんですかねぇ」


 ヨータと頭を抱える。

 ヨータは四十絡みの公安官で、ソーンズプライドでは渉外を担当している。


「えー、お兄ちゃんが潜入捜査官なんですか?」

「そーなのよ、腕っぷしを見込まれて」


 フーリエの相手をしているのはフーガ。二十代後半の美女で、偵察員を担当している。

 裏の仕事でも偵察員で、討伐者やギルドなどを密かに調査するのが役割だ。

 フーリエのことを調べそこなった責任はあとで追求しよう。


「若、ソーン卿と相談してきました」


 入ってきた五十過ぎの彼はヒート。

 防衛省外事局作戦本部の課長で連絡役となっている。


 実は本作戦の総指揮官は公安ではない。何故か防衛省の元作戦次官であるブライアン・ソーン卿であったりする。魔族で今は魔族院が所属だ。

 作戦次官だが・・・恐ろしいことに軍の制服組のナンバー2である。

 ただし上は期間任期の大臣なので、実際には軍のトップだったと言ってもいい。

 なんでそんな大物が新任刑事が担当の作戦の責任者なんですかねぇ!

 知らされていない裏を予想させる人事であった。くわばらくわばら。


「で、卿はなんと?」

「は。フーリエ嬢はソーン卿の隠し子だったということで、話をまとめろと」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 フリーズしてた

 いいのか?それは?

 本人の同意があるならいいのか?


 ・・・・・・


「いや、ダメだろ!?何がって、ええと年子だぞ。妊娠中の嫁が居るのに他の女と子供作ったってことに!!」

「若気の至り、だそうです」

「ソーン卿、サイテー」


 ほら、フーガも言ってるし。


「若気の至り、だそうです」


 スゲーや、本気で押す気だ。覚悟が違う。


「あたし魔族のお姫様になるの?」

「そうです、姫様」


 フーリエもなんか乗り気になってるし!


「母さんに何て言うんだよ」

「もうウチ内務省の者を向かわせたと。口裏あわせに」


「ご、強引だな」

「任務のためです・・・若」


 ということになった。




「で、一件落着でいいんですかね?」

「お兄は何の内偵で潜入捜査してるの?手伝えることない?」

「それなのよねー、実は無許可の魔動具作ってる人がいるのよ」


 フーガがさらっと捜査情報を漏洩しやがった。

 ヨータは愕然とし、ヒートは苦々しい顔でフーガを睨む。

 大丈夫かこのチーム・・・


「え、ええと・・・技適マークとか付いていないんですか?それ」


 フーリエが真剣な顔で考え込む。


「そうなのよ、さっき聞いたけどフーリエちゃんって魔動具の整備までしてるんですって?すごいわね」

「いいえ、軽整備だけですから。魔宝石の交換とか回路の一部損傷とか。でも無許可のものが持ち込まれたら、そりゃ分かりますよ」


 魔道具は大まかに燃料としての魔宝石、そして機構としての回路がある。

 魔宝石は人間を含めた生物すべての骨格中に生成される結石だ。

 前世ではそんな結石は無いから、もう魔法の何かなんだろう。

 骨折したあとには多く沈着し、より強固になるとか。

 討伐した動物からはキロ単位で採取されることもある。

 化石化すると骨格すべてが魔宝石に置換されるため、この世界の標本はキラキラしてたりする。


「無許可の魔動具は持ち込まれないの?」

「そこそこ。外国から流れてきたり、メチャ古いものもたまに整備に出されます。王国のものには付いていますが」




 フーリエを帰したあと、フーガを締め上げる。


「フーガ、なぜ迂闊なことを言い出すんだ」

「あはは、ちょっと確認したくて。ただそれだけ」


 悪びれた様子もない。


「おかしいのよね。聞いたように未認可の魔動具なんてそこそこあるのに、何で産業省が目をつけるのか」

「何を知ってるのか、話せ」

「あたしらの追ってる魔動具ってただの魔動具じゃなく、何かがあるのよ」


 真顔で話し始めるフーガ。


「あたしらの所属が色々と複雑なのも」


 俺を見やって続ける。


「ブラッド様とヨータは司法省。ヒートは防衛省。あたしはソーン卿と同じで内務省。ミヒャエルはどうもギルドの関係者くさい」


 ヒートがあごヒゲを撫でつつ考え込む。


「わしは交通省にも顔が効くから、言われてみれば産業省だけ外してあるな」

「もしかすると火元も出どころと同じに産業省なのかもね?まさかこんなに未登録の魔動具が出回ってるとは思わないでしょ。違法としか情報は聞いてないし」


「で、ここで問題があるの」


 皆の理解が浸透するのを待って続ける。


「あたしら、何を探したらいいのか分からないのよ」

 あ、ああ。そうなるのか。難しすぎてよくわからんが、それはわかった。

「それでギルドの整備とかにも伝手を作ろうというのか?」

「未認可ってのも、囚われちゃうとシクるかもよ。そもそも魔動具自体すら怪しいし。今は討伐者に溶け込むことを優先したらどうかしら」



 お開きにしようとして、思い出した。

 ミヒャエルを拾ってくるの忘れてた。



 ────────



「坊も色々あるんすって」

 酒場に入ると、まだまだ追求は止まっていないらしい。

「モノが魔族の御家じゃなぁ」

「魔族って、ホントにそういうのあるんだ」

 討伐者よりも女の子たちの方がグイグイと詰め寄ってる。

 女の子が同僚の噂話に興味津々なのは今世も変わらないんだな。


 他人事みたいにボケっと聞いていてどうする俺。



「俺から説明しとこう」


 意を決して割って入る。ミヒャエルが立って席を譲った。


「フーリエは俺の妹だよ。腹違いだから」

「ブラッド様のというと、魔族のお姫様だったりするの?」


「父が認知しているから、そうなるな」

 キャー


「でも、なんでこんな地方のギルド職員やってるの?」

「父への反抗かな?なにせ「若気の至り」だとか憚らないクズだから」

 ソーン卿すみません。若気の至りです。




「ふーん、フーリエちゃんにそんな過去があったなんて聞いてなかったわ」

 突然に聞こえた声が、耳を撃った。


「ごめんなさい、立ち聞きしちゃった」


 ペロっと舌を出して謝る金髪ショートヘアの若い女性は、王国とはちょっと趣の違うワンピースがよく似合っていた。軍人には見えない幼気な立ちふるまいがアンバランスさを感じさせる。



「リリア中尉、いらしてたんですか?」

 フビキが紹介する。

「ブラッド、彼女は視察団の護衛でいらっしゃっているフリディア国軍の方だよ」


 軍人?視察団?小柄な身体からは、そんな厳ついイメージは感じられない。

 おまけに中尉殿ときている。ええと王国では、六人編成の小隊4つで中隊を為し、中尉はその指揮官だっけ?人族国家フリディアでも変わらんだろ。



「フリディアはギルドへの開拓依頼契約の経験がまだ少ないので、こうして王国の開拓前線に来て勉強させてもらってるんです」

「フーリエと知り合いなのですか?」


 彼女は少し考え答える。


「そうですね、窓口業務とか整備品の受け付け管理とか裏方について、お話を聞かせて頂いてます」

 仕事の付き合いらしい。


「家族に関しては彼女から聞いたことが無かったので、ちょっと驚きです」


 ほっとした分、ちょっと何か残念に思った。なんだろう?


「仲良くしてやってください」

「こちらこそ、仲良くしていただいています」


 詰めた隣に腰を下ろす。



「ブラッド様、お強いんですね」

 受付嬢の一人が話題を投げる。


「次があったら俺が勝つさ!」

「フビキ殿下、負けず嫌いは相変わらず。誰も疑ってなんていませんから」


 ・・・殿下?


「王子・・・様?」

「南の国のな、討伐の留学で来て居着いた感じかな、召還状が来るまでの自由だ」

「それで王国ギルドのトップとは凄いな、ですね」


 フビキがきょとんとした顔で、


「まだまだだよ。今日は思い知らされた」

 破顔一笑すると、グラスに酒を注いでくる。


「ブラッド様は魔術師とか?前衛に出られて大丈夫なのですか?」

 リリアが聞く。軍人だけあって興味があるのかもしれない。

 肉弾戦魔術師なんて見たことも聞いたこともないだろうからなぁ。


「ええ、抗魔術判定はクラス5オーバーあるので撃たれても平気ですね」

「本当かよ!俺でも4しかないのに。本格的に序列一位も怪しくなってくるなこれは」

「魔法も筋肉で出来てるんじゃないんすか?」殴る

「なるほど、俺も鍛えたら出せるかな?」

「お戯れをフビキ殿下。ミヒャエル、デタラメばかり言いやがって」

「殿下はやめろって、ただのフビキで頼む」

 風体に相応しく、堅苦しいのは嫌いらしい。


「クラスは本当だ。学年演習の事故でストーンブラストを受けたときは死ぬかと思った。間違ってももう二度と受けたくないな」

 あ、ドン引かれてる。対大型魔獣の魔法として有名だし。


「普通、二度目を受ける以前に死んでますから、貴重っすね」

「ミヒャエル、撃つなよ。絶対に撃つなよ!胸骨が砕けて一週間の再生ベッド生活だったんだからな」

 ああ、持ちネタなのに更にどん引かれてる。

「それ、フリっすか?大丈夫っす、クラス6なんて撃てませんから。てか、俺っちは3が精々、無理して4なんで」

「ウチの魔術師は俺とお前しかいないんだから、せめて4を無理しないで撃てるようになってくれよ」


「クラス3が一人なのか。火力が不安だな。増員はしないのか?」

 フビキが心配してくれる。

ウチソーンの一族の縁者でとりあえずやってるので」

 ちょうどいい。ここでちょっと探りでもいれておくか。

 密造魔動具の件はともかく、何かしらの情報があるかもしれない。

「魔道具のいいモノでもあったらとは思ってるんだけど、なかなか」



「魔動具なら、人族国家フリディアのはどうでしょう?」

 リリア中尉が売り込みにかかってくる。

「フリディア製もレベルが上ってきていて、いいものが出てきてますよ」

「関税がなぁ、ちょっと魔法王国エルダウェイはガメついだろ」

「ガメついというより、魔術師が居ればいいって考えだからな。ああいかんな王様の呪いにやられちまう」

「変わった言い伝えですね、王の呪い」



 王の呪い。我が魔法王国エルダウェイには、魔術師を卑しめると王の呪いが降りかかるという、変わった言い回しがある。

 そもそも妙なのは、王国なのに王が居ないことだ。二千年以上続く史書にも記述がない。

 魔王紋というシンボルが存在しているという噂と、王国という自称が王の存在を示している。

 学者は王の死をもって王国となしたため、史書にはないのではないかとか、豊かな想像を巡らしているが、魔族院は一向に沈黙を貫いている。


 魔族狩りの件にしてもだが、王国は言論を統制することについては慎重で風通しもよく暮らしやすいと思う。

 呪いと言っても何かしらの不都合が発生するということもなく、前世でいう「バチが当たる」といった程度の具体性しかない。魔術師を罵ったとしても罰当たりと眉をひそめられるだけで、もちろん咎められることはない。

 王の呪い、という言い回しで緩やかに魔術師の優位を保とうとしているのなら、大した情報戦だ。押し付けるのではなく、緩やかに浸透する。

 王国では白黒つけずに蓋をして熟成されるのを待つ。そんな風潮があるのだ。

 今回の違法魔動具・・・これも表沙汰にしないように、誰かの力が働いているのかもしれない。何故かそんなふうに思った。



「名にし負うミュルン大学とか魔動具の開発には力が入ってますし、これからですよ」

 彼女の故国、人族国家フリディアは魔術師人口が少ない。大規模な魔獣災害が起きた場合に派遣してもらうため、王国には頭が上がらないのが実情だ。百年前の戦争で負けてるし、子分といった関係である。

 そのため魔動具産業には力を入れていて、国立大学も創立し産学で技術的な底上げを図っていることが知られている。

「これから・・・ですよね!」

「どんな魔動具がいいのでしょう?オススメは?」

 スチャ!

 どこからともなくカタログの束を出してくる。

「ご説明しても、よろしいでしょうか?」


 え


「あ、はい」

 なんか突然に商売モードに変身したリリアの勢いに押されて頷いてしまう。

「有望そうな討伐者はみな洗礼を受けるから、というのを忘れてたな」

 フビキがため息を付く。

「護衛してるより見た光景」

「男どもなんてみーんな鼻の下のばしちゃって」

「若みたいな金持ちはカモネギですからね」


「開発中の新製品が予定されているので、旧モデルはお安くなる見込みで・・・」

 この世界でも、セールスレディの魔力に勝てる男など存在しないのであった。

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