第9話 極華武玄

「鳴香瀬~、来たぞー。」


電子機器が大量に稼働しているはずなのに、真冬なのだろうかと思うほどに寒い地下の部屋。


ここは瀬太達の秘密の研究所兼本部。今まで誰かに見つかったことは無い。


富士山の下にあると分かったとて、簡単に掘り起こそうとは誰も思わないからだ。


「おぉ、瀬太君か。」


「俺もいるぞ。」


「あは、快斗君まで。ご無沙汰だね。」


1番奥の、大画面のモニター達に囲まれながらもなお目元の小さなスマホに目を向ける女性。ボサボサの髪を掻きむしりながら、彼女はクマだらけの目を瀬太に向ける。


「ごめんね、茶でも用意できたら良かったんだけど……」


「いいって、お礼言いに来ただけだし。」


「あぁ、『戦争』の件だろう?身分の偽証なんて簡単だよ。君らの戦闘もばっちり撮影したし、私以外の撮影機器は全て内側から破壊したよ。」


ネットの中で駆け回るダークヒーロー。それが彼女、鳴香瀬雨音だ。


超高度な技術の詰まった機器をボタンひとつで操り、地球にある全てのデバイスを監視している。


誰が何を見て、何を記録して、何をしようとして、どこにいて、誰と連絡をとっていて、何を言っていて、どんなものに興味があるのか。


今鳴香瀬が指を動かせば、どこにいる人だって、ほとんどの情報が顕になる。


監視だけでなく、ウイルスをばら撒くことも、ロックを開けることも、逆にロックをかけることも、そのページを再起不能にしたりもできる。


「流石だな。」


「世界……いや、宇宙一のネットヒーローを舐めないでくれたまえ。やろうと思えば人工衛星さえも落とせるんだから。」


「?。それって弱くね。」


「君の強さの基準で、物事を計っていては全てが雑魚になってしまう。」


瀬太には実感できないが、全ての人工衛星を落とすことが出来るとなれば、人間の視点から見れば最強クラスの戦力である。


気に入らない国にとりあえず人工衛星を落とす。落ちる場所なんて計算でいくらでも調節出来る。


ネットに入り浸った世界で、彼女に優るデバイス使いはいない。


「電気自動車時代になったら、世界の人間の命を私が握っているようなものだね。」


「恐ろしいな、相変わらずお前は。」


電気自動車はサイバー攻撃に弱いなんて常識、みんな知っていることだが、環境が悪くなりつつある世界に適応するため、人間が行っている苦肉の策は鳴香瀬の力を増大させている。


「環境が悪くなる一方なのも、お前のせいかもしれないな。」


「まぁね。」


辺りを見回す快斗。視界に移るのは機械機械機械。全てが稼働し、大事な役割を果たし、また、同じことを違う機械に同じようにやらせている。


ネットでは情報は一瞬だして一瞬で消す。


出す側は永久に持っているからいいけれど、見る側は保存しなきゃ見れない。だが鳴香瀬はそうじゃない。


1度開いたページ。写ったこと全てが記録され、膨大な容量の機器に保管されている。鳴香瀬の脳に埋め込まれた機器と反応し、考えたことも直ぐにその海のようなフォルダの中から答えが出る。


ある意味、有限なる完全記憶を実現させたのだ。


それを成すために動く危機の量は計り知れない。


当然動き続ける機械からは熱が発せられる。放っておけば機械は劣化、部屋は灼熱に。なので鳴香瀬は冷却用の機械も作り上げた。


地面が全てエアコン。一存で季節を変えたのかと思うほどに温度が変わる。無造作に使い続けるもんだから、大気汚染の50パーセントはここから来てるのではと快斗は思っている。


地球温暖化に大いに貢献してしまっている。


「まぁそれはさいておいて、だ。君らに伝えようと思っていたことがちょうどあってね。」


鳴香瀬は頭を指でトントンと叩く。


「先程、魅琴君から写真とかいろいろ送られてきてね。『生討』の本拠地の場所の手がかりさ。」


「ついに分かった?」


「意外なところだったよ。この世界線の日本の中さ。」


「………あ?マジで言ってんのか?」


快斗が鳴香瀬から言われた事実に耳を疑う快斗。凄まじい驚愕が頭を駆け巡った。


「君のその反応はごもっともさ。私もそれが分かって驚いた。分かってすぐ武玄君を送り出したけど、まさか私達が気が付かないほどの潜伏能力だったとはね。」


「『特性』かな。面倒なやつが生まれちゃったな。」


「だが場所がわかったのなら、時間の問題だろう。相手の出方であとは決めればいい。」


奥の部屋から勝手に引っ張り出してきた菓子を食べながら、瀬太が場所を映し出したモニターを見ていた。快斗も驚きはしたが、慌てる必要もないと思ったので落ち着いた。


が、次の鳴香瀬の一言で変わった。


「あと分かったことなんだけどね、彼ら、『概念格』を使役するつもりらしいよ。」


「………は?」


「はえぇ?マジィ?」


世界最強の2人が、焦った瞬間だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「待て!!侵入者め!!」


「捕まるとわかって待つバカがいるか。」


白い制服を着た青年達が、黒いコートを身に纏った武玄を追いかけている。が、とてつもない速度の武玄に追いつくことも出来ず、森林の中、彼を見失った。


「くそっ!!誰だよあいつ!!情報にあった概念格とは違うぞ!!」


「人間だったな……あの装備、俺ら『生討』と同じものだったが………」


戸惑う青年らを置き去りに、武玄は更に遠くへ。声も届かないほど森林の奥にまで逃げた。


「ふぅ。遅いな、最近の『生討』は。」


追っ手の弱さに嘆息しつつ、手頃な岩に腰を下ろして空を見上げる。


「まさか、こんな場所にあったなんてな。」


白神山地。青森県にある世界遺産。そんな場所に本拠地があった。


というよりも、そこに入口があるってだけだが。


「まぁ突っ込む必要も無いか……これはあいつらにも見せた方がいいだろう。」


とはいいつつも、先程まで本拠地に潜伏していた彼は重要な情報が入ったチップを持ってそこを去る。


「あ!!いたぞあそこだ!!」


「追いついてみろ。」


人類最強の男である極華武玄は、後ろからようやく彼を見つけた青年にそう呟いたのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


『生討』とは、『概念生命討伐隊』の略である。


略称を言い出したのは武玄であり、それが組織内で広まって、公式からも『生討』と呼ばれるようになった。


何故武玄の言った略称がその組織で広まったのかというと、武玄は昔は『生討』に所属していたからである。


人間が半分の寿命を渡す代わりに、『神』からの恩恵を貰う。


『生討』は得体の知れない『神』とやらから力、『特性』を貰っていた。それは武玄も例外では無い。


半生を手渡してまで得た力は絶大で、おおよそ矛盾が生じるようなものも多々あった。が、全て有用でもなく、ハズレもある。


極華武玄はハズレと言われる『特性』を授かった。


「寿命を何かに変換する『特性』?あはは!!寿命半分手渡して貰う力がそれかぁ。」


武玄が『特性』について話した先輩は、それを聞いて大いに笑った。


だがそれは、可哀想と哀れんだり、無意味な命と嘲笑うものでもなんでもなく、純然たる微笑みであった。


皆からハズレだと言われ続けて、馬鹿にしなかったのは先輩が初めてだった。


「そんなに無慈悲なことするかなぁ?仮にも神様なんて言われてるんでしょ?私達人間よりも圧倒的に頭いいはずだからさぁ、きっと使いようによっては強かったりするんじゃない?」


能天気な先輩はのらりくらりと、武玄の真剣な話をいつも流していたが、送ってくるアドバイスは武玄の生き方においてとても参考になるものばかりだった。


いつしか武玄はその先輩としか話さず、任務も立候補してまで一緒に出向くことが多かった。『人類最強』の名を持っていたその先輩と。


女である先輩に恋までして。


だがある時、


「私、ちょっと用事ができちゃった。だからしばらくお休みするね。」


それ以来、先輩は来なくなった。


「なんだよ元気出せ武玄。お前は強いんだから。あの人が居なくったって大丈夫だろ?」


仲のいい同僚はそう言ってくれる。先輩がいなくなってから少しして、武玄は組織の中で最も強い人間になっていた。


『特性』の真の名が分かったからだ。


ずっと自分の寿命ばかり使っていた。だから名前は『消耗』やら『先払い』やら、そんなものだと予想されていたが、先輩の助言もあってか、この『特性』が自分一人に有効だという訳では無いとわかった。


「他人から寿命を奪って自分のものにできる?最強じゃん。」


同僚の評価どうり、彼はそれに気がついてから最強になった。いつしか先輩は昔の英雄のような扱いになっていき、現代の『人類最強』は武玄であるとまで言われるほどになった。


しかし、彼はある日を境に『生討』から脱退することになる。正確に言うと、ただバックれただけなのだが。


「久しぶりだね、武玄君。」


それは満月の夜。『概念格』の反応があったと報告を受けていた住宅街の中を何の気なしに歩いていると、武玄はいなくなった先輩に出会った。


ばったりと、ぶつかってしまいそうな程近くで目の前に先輩に出会った。


さっきまで誰もいなかった一本道のど真ん中でだ。


その瞬間武玄は経験と本能に任せて武器を握った。明らかに普通じゃなかった。目の前にいた者は先輩であって先輩ではなかった。


「逃げないでよ。『人類最強』。」


不気味な笑みを浮かべる先輩の表情は忘れられない。


それが武玄が初めて出会った、普通の『概念格』とはかけ離れた力を持つ特異体、後に『最強概念格』と呼ばれる、史上最悪の『概念格』だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「今はどこにいるのやら。」


そんな懐かしい思い出を頭の中で反芻して、武玄は盗み取った資料を片手に駆け抜ける。先程瀬太達も向かってくるという話も聞いた。


「この情報は流石に、放置はできないからな。」


風となり走りゆく。彼に追いつける人間は、今のこの世には存在していないだろう。

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