第8話 せっかく演技したのに!!

「並べ!!従え!!」


鞭を片手に叫ぶ男が、何人かの人間を手錠で鉄格子に繋げていく。


皆衰弱しきっていて、抵抗する余力すらないようだった。


「痛い!!や、やめてください!!」


そんな中、唯一抵抗する女が1人だけいた。灰色の長い髪をツインテールにした、綺麗な顔をした女性。


手錠で塞がれた手をぶんぶん振り回し、屈強な男達を寄せ付けまいと奮闘する。しかし、そんな非力な抵抗も虚しく、背後から首を掴まれてしまった。


「こいつは……『上』が欲しがってた奴だ。連れて行け。」


「ちょ、ちょっとー!!」


まだ甲高い声を上げながら連れていかれるその女を見て、他の者達は鼻で笑っていた。


抵抗したって無意味なのに、と。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あふっ!?」


背中を強く蹴飛ばされ、女が地面に倒れ込む。


「おい!!乱暴にするなって言ったろう?」


「すいません。あんまりうるさいもんで。」


女は首を掴まれたまま、沢山の階段を登り続け、最後には最上階の一室に放り込まれてしまった。


顔を上げてみると、白い制服を身にまとった、髭の長い細い男が、ニヤケ面を見せていた。その舐めるような視線に、女は身を震わせる。


「貴重な女だから、私が使わせてもらうぞ?」


「失礼します。」


『上』と呼ばれるその男に反抗もせず、殴りかかればすぐにでも始末できそうな屈強な男は引いていく。


図体ばかりでかくなった役立たずの男を睨みつけ、女は唾を吐いてみせたが、体勢のせいもあって地面にこびり付いただけだった。


そんな彼女に目をくれず、扉を閉めてどこかへと行ってしまった。


それから数秒間の沈黙を経て、白い制服の男が口を開く。


「不運なものだな。助けられた中での、最底辺に貴様は来てしまった。」


男はネクタイを外し、服のボタンを取り始めた。


「まぁ、俺にとってはいい事なんだけどォ……」


服を脱ぎ、女性に擦り寄ってくる男。女性は部屋の端っこまで這って逃げるが、狭い部屋には逃げ場がない。


男が手を伸ばし、肩を掴んできたタイミングで女性は大きく叫んだ。


「助けて!!!!」


部屋に響き渡る甲高い声。その声量なら、建物の外にまで聞こえただろう。あまりに大きな叫び声に、男は驚いて仰け反ったが、


「ふ、ふん。こんな場所に誰も助けになどこんよ。愚かな神は、我々をいつまでを愛してくださる。こんなことをする俺の事でさえもな。」


男の言う通り、誰も助けになど来なかった。その声が招いたことは、周りにいる警備の者の警戒を強める程度のことだった。


「……はぁぁ………」


女性は大きくため息をついた。


想い人が助けに来ないことに。


「なんで来てくれないの!?」


「は?」


怒りを顕にしたまま、女性は手錠を難なく破壊して立ち上がる。そのまま美しく長い足を横凪に振るい、男の上半身と下半身を分かつ。


その速度たるや、人間にはまず見えない豪脚に、血すら着くことなく、『上』と言われる男の命はここで尽きた。


「もう!!せっかく捕まる演技までして、助けてって言ったのに……快斗君ったら!!」


ツインテールをやめて、いつものポニーテルに戻し、部屋の中を漁り始める女性、にみえる存在である薙羽魅琴なぎばねみことは憤慨する。


部屋にある机には、ついさっき死んだ男の臓腑がこびりついて汚れていた。それを汚らわしく思いながら、そっと引き出しを引くと、まとめられた資料の紙と、コンドームが沢山入っていた。


「どうせ付けないくせに。」


死んでも誰も悲しまぬであろう男をこれ以上なく軽蔑したあと、魅琴はドアを蹴破ってその場を離れていく。


『ねぇ、下の人間達は?』


「あ……確かに。忘れてたかも。」


脳に響く声に応じ、魅琴は奪った資料の中からこの基地の地図を見る。地下に収容される人間達と、その人間を処理する場所を大体把握する。


「なっ、お前!!何をしている!!」


白い制服を来た、『生討』の男達がそれぞれの武器を構えて魅琴を糾弾する。魅琴は煩わしいその人間達、そのさらに奥を、左目を閉じながら見つめて、


「さっさと殺して。」


「はいはい。」


人間が気付かぬうちに背後に回っていた『自分』にそう言った。


背後から聞き覚えのない声がしたことに驚き、振り返ろうとした人間達の体が次々にひしゃげていく。


圧倒的暴力の前に、貧弱な人間の肉体は耐えきれず、脳天から直撃させられるチョップは、頭蓋を股間にまで突き落とすほどの力がある。


そんなことを繰り返され、その場にいた人間達の頭は全て、それぞれの人間の体内に押し込まれて死んだ。


「ありがと、リアル。」


「ふん。」


黒い髪を持ち、黒瞳に魅琴を映す、魅琴と全く同じ顔をした少年、リアルは魅琴からの感謝にそっぽを向いた。


「ありがとうって言ったのに。」


「感謝されるのには慣れてないんだ……まだな。」


「うん。一緒に慣れていこう。」


右しか開いていない魅琴はリアルに頷くと、地図をしまって立ち上がる。


「人間を閉じ込めている場所は2箇所。処理場所は1箇所。全部で回る場所は3箇所。ちょうどいい数だね。」


「なら、僕は右側の人間を助けよう。」


「了解。じゃあ、あなたは左ね。」


今度は両目閉じて、魅琴が後ろに振り返る。


すると、そこに先程までは確実に存在していなかった少女が笑う。


「おう!!そこいる『生討』は、俺がぶっ殺していいんだな!!」


長い白髪を持ち、紫紺の瞳をもつ狐のお面を頭に斜めに着けた少女が、腰にしまっている刀を引き抜いてそう言った。


「うん。存分に殺ってからね、ディール。」


「じゃあ、魅琴は処理場所に行くんだな!!」


「助けるやつはちゃんと助けろよ、ディール。」


「分かってるって!!リアルこそ!!人間殺しちゃダメだからね!!」


「お前に言われる筋合いはない。」


「はいはい喧嘩しない。それじゃあ、」


灰色の髪を持ち、額に縦に開く桃色の瞳を揺らす魅琴が2人に命じる。


「人間を救出し、私が処理施設を破壊するまでに全員を地上へ避難させよ。わかった?」


「了解だ。」


「合点承知!!」


ディールとリアルは窓をぶち破って目的地へと走っていった。魅琴は扱いの大変な2人にため息をつきながら、自身の武器を、空間から取り出した。


それは5本の薔薇が描かれている、美しい弓だった。


それを地面へと向け、弦を引く。すると、そこに無かった青い矢が、弦を引いていくごとに出てきた。


「放て、フィフローズ。」


描かれている5本の薔薇が輝き、真っ直ぐな矢が、地面を貫通していった。

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