少年探偵ガジェットと恐怖の筋肉男

加藤ゆたか

少年探偵ガジェットと恐怖の筋肉男

 俺は少年探偵・青山一都かずと

 俺は俺にしか扱えない秘密の探偵道具『ガジェット』を使って、どんな難事件も解決する。

 人は俺を少年探偵ガジェットと呼ぶ。



「ガジェットくん! 大変です! 挑戦状が来ました!」

「挑戦状?」


 俺の助手少女のラヴが俺の部屋に入ってくるなり、俺にその封筒を手渡してきた。


「っていうか、ラヴ。今日遊ぶ約束してたっけ?」


 今日は土曜日。学校は休みである。俺は自分の部屋で寝転がりながら好きな探偵小説を読んでいたところだった。


「……遊ぶ約束してないと来ちゃダメだった?」

「いや、そうじゃないけどさ。休みのつもりだったから。俺、まだパジャマだし。」

「そ、そうだよね。ごめん。」

「ううん。ラヴといると楽しいし、すぐ着替えるよ。待ってて。」

「あ、うん。じゃあ私、部屋の外で待ってるね。」


 ラヴが部屋から出たのを確認すると、俺は慌てて着替えをする。

 部屋の外から母さんがラヴと話をする声が聞こえてくる。


「愛子ちゃん、いらっしゃい。一都ったら寝ぼすけでごめんねぇ。」

「いいえ、おばさん。急に来ちゃった私がいけないので。」

「うふふ。これからも仲良くしてやってね。」

「もちろんです。私の方こそ、よろしくお願いします。」


 赤川愛子あいこ。ラヴの本名だ。俺とラヴは幼なじみなので、まあ、よくお互いの家に遊びに行く間柄である。



「もう入ってきていいぞ。」

「うん。じゃあ、もう一度最初から……。ガジェットくん! 大変です! 挑戦状が来ました!」


 ラヴは再び俺の部屋に入ってきて、俺にその封筒を手渡した。


「挑戦状?」


 俺はラヴから受け取ったその封筒を開けて中身を確かめる。

 

『ふははは、私は筋肉男だ。少年探偵ガジェットくん。君に挑戦する!」


 俺はそこまで読んでいったんそれを置いた。なるほど、たしかに挑戦状のようだ。筋肉男……? 急に出てきたな……。


「はぁ……。なんだこれ。」

「挑戦状ですよ! ガジェットくん!」


 ラヴが期待するような目で俺を見る。確かに少年探偵にはライバルみたいな怪人がいてもいいかもしれないが、これはありなのか?

 うーん。しかもこれは……。


「なあ、ラヴ。これはラヴの家に届いていたのか?」

「え、あ、はい。」

「なんでラヴの家なんだ? 変じゃないか?」

「あ、それはですね——」

「しかも男から……。」

「え? ガジェットくん……そこが気になりますか?」

「あ、いや……。と、とにかく、直接俺に届けないのは卑怯だろ。」


 筋肉男め。どんなやつか知らないがどうにも気に入らないぞ。


「実は、ガジェットくんへの依頼は全部私を通してもらうように通達を出したんです。」

「は? いつの間に?」

「だって、この前ガジェットくん、別のクラスの女子から手紙もらってましたよね?」

「手紙っていうか、依頼書だったろ。」

「でもそれで噂する人もいるんですよ。」

「ええ?」


 ラヴのやつ、噂なんて気にするのかよ。まったくラヴはいつも元気いっぱいな女の子だが、変なところで心配性なところがあるな。

 うーむ。そうなると、筋肉男はその通達を律儀に守ってきたということか。それなら一転して好感が持てるか……?

 しかし、秘密の探偵道具があるとはいえ、大人の男にフィジカルでこられたらどうしようも無いのだが。こっちは小学生だし。


「それでガジェットくん、筋肉男はなんと!?」

「ああ、そうだな……。」

 

 俺は挑戦状の続きを読むことにした。


『君の活躍はよく聞いているよ! 不思議な探偵道具を持っているんだってね。私も筋肉を鍛えているよ! ガジェットくんは筋肉を鍛えているかな? 今からでも鍛えるといい。腕立て、腹筋、スクワットにプランク。何でもいいぞ!』


 筋肉の話しか書いてない。

 

「一応、俺だって筋トレくらいしてるけどな。少年探偵だし。」

「えー、ガジェットくん、筋トレしてるんですか? 見せてください!」

「あ、こら、やめろ、ラヴ!」


 ラヴに服をめくられそうになって俺は抵抗する。

 俺がベッドに逃げてもラヴは追ってきたので布団を投げて応戦した。


「ほら、続きが読めないだろ!? 戻れ、戻れ!」

「ガジェットくん、何恥ずかしがってるんですか!? 私たちの間に隠し事は無しですよ!」

「隠してない! でもこれは違うだろ! 俺たち来年には中学生なんだから!」

「……むっ。それ、関係あります?」

「……えぇ? 関係……ないか?」

「無いですね! さあ、観念して触らせなさい!」


 むぅ……。ラヴにそう言われてしまうと俺だけが変に意識してるみたいじゃないか。

 ラヴがしつこいので、仕方なく俺は腕をまくって力こぶを作った。


「おお……硬い……。」

「ラヴ、もう満足したか?」

「お腹は?」

「……割れてない。」

「でも、筋肉の形がちょっとわかるかも。」

「わっ、急に触るなよ! いい加減にしろ、ラヴ!」


 俺はラヴをたしなめた。本当に、ラヴは暴走しすぎる時がある。

 さて、挑戦状の続きは、と。


『そこでだ。私は君に筋肉で挑戦することに決めたのだ! もちろん、小学生の君が筋肉で私に勝てるとは思っていない。だから、君は君の不思議な探偵道具で私に勝ちたまえ。それがフェアってものだろう!』


 なんか、少年探偵のライバル怪人にするには礼儀正しすぎるな……。


『今度の土曜日。午前十時。公園で待つ。場所はここだ! 筋肉男より。』


 挑戦状に書いてあるのはそこまでだった。

 というか、午前十時ってあと五分しかないけど。


「ガジェットくん! どうしますか? 行きますか!?」

「そりゃまあ、少年探偵だからな。挑戦を受けないわけにはいかない。」

「おお!!」


 俺は慌てて支度をすると家を出た。もちろんラヴもついてくる。

 幸いにも、指定された公園は俺の家の近くだった。


          *


「待ちくたびれたぞ、ガジェットくん!」


 果たして、筋肉男は公園で俺を待っていたのだった。

 

「筋肉男! 何が目的かは知らないが、挑戦状は確かに受け取った!」

「それでこそ少年探偵だ!」

「あと、もうひとつ。俺だって筋トレくらいやっている!」

「はっはっはっ! それは感心だ!」


 筋肉男は高らかに笑い声をあげた。

 筋肉男は短パンにタンクトップ。顔はプロレスのマスクで隠している。

 確かに自慢するくらいの筋肉は持っているようだった。

 公園にいた他の親子連れが遠巻きに俺たちを見ている。


「……ちょっとあれはさすがに恥ずかしいっていうか……。」


 ラヴがぼそりと言う。



「よし! それじゃガジェットくん。勝負といこうか!」


 筋肉男が半身を斜めに向け、腕を大きくまわして体の前でポーズを作ると俺たちの方を向き力を込めた。


「ふんぬっ!!」


 なるほど。なかなかやるようだな!

 俺は持ってきたカバンの中を探る。

 カバンの中から出てくる『ガジェット』は何かしら便利な機能が付いた道具である場合が多い。

 ただし、使い方は自分で考えなければならない。

 俺はカバンから『ガジェット』を取り出した。

 

「これは……マジックハンド!?」


 とりあえず俺は筋肉男に向けてマジックハンドを構えた。

 これをどう使えというんだ?


「むんっ! そんなものは私の筋肉には効かないぞ!」

「うおっ!」


 筋肉男が別のポーズを取り、俺の持ったマジックハンドを跳ね返す。


「ガジェットくん! 負けないでください!」


 背後から聞こえるラヴの声援に、逆にプレッシャーを感じてしまう。

 マジックハンド……どう使えば……?

 っていうか、これ謎でも事件でもなんでもないし、少年探偵としてこのまま筋肉男と対決するのは正しいのか?

 マジックハンドはその矛盾を教えてくれているのではないか?

 俺の額に汗がにじむ……。

 そうか、わかったぞ!


「わかったぞ、筋肉男!」

「なに!? 何がわかったというんだ、ガジェットくん!?」


 筋肉男の声にも焦りがにじむ。


「俺の推理の根拠は二つ! 一つめ、なぜラヴに挑戦状が届いたのか!? ラヴは依頼書は自分を通すようにと通達したと言っていたが、それを知っているのは学校関係者か、ごく身近な者に限られるはず! 二つめ、なぜ土曜日にラヴが俺のところに挑戦状を持ってきたのか!? それは今日が休日だから!」

「ま、まさか……!?」

「そう。筋肉男……いや、ラヴのお父さん! あなたの正体がわかりました! っていうか会ったことあるからすぐわかりました!」

「な、何を言ってるんだ、ガジェットくん! 私は筋肉男……少年探偵に挑戦するもの……!」

「いや、もう正体はわかっています!」


 俺はマジックハンドを使って筋肉男が顔につけているマスクを剥ぎ取った!


「ぐ、ぐあああ!!」


 正体を暴かれたラヴのお父さんは顔を両手で隠しつつ、その場に跪いた。


「くっ。バレてしまったなら仕方ない。こうなったら腕立て百回だ! ふんっ! ふんっ!」

「ちょ、ちょっとお父さん! こんなところでやめてよ! 恥ずかしいから!」


 なぜかその場で腕立てをはじめてしまったお父さんにラヴが駆け寄った。


「ラヴのお父さん……なぜこんなことを。」


 俺がマジックハンドを持ったまま二人に近寄って聞くと、ラヴのお父さんは悲哀に満ちた表情で言った。

 

「ふっ。私も遊んでほしかったんだ……。せっかくの休みなのに、愛子はガジェットくんの話ばかりだから……。」

「そうですか……。」


 しょうがないので俺が家からサッカーボールを持ってきて、公園で三人で遊んだ。


          *


「ごめんなさい。ガジェットくん。お父さんの悪ふざけに付き合わせてしまって。」

「いや、いいさ、ラヴ。休日もラヴと遊べて楽しかったよ。」


 それは心からの言葉だ。

 少年探偵と助手少女の関係になってから昔以上に一緒にいるけれど、たまにはこういう日も必要だ。だってまだ小学生だし。


 

 俺が少年探偵になった日……。

 あの日、戸惑っている俺に、愛子は助手少女ラヴを買って出てくれた。本当に感謝しているんだ。ラヴがいなかったら俺は少年探偵をやれていなかったと思う。

 だけど、いつまでもこんな日は続かない。俺にもラヴにも否応なしに変化は訪れるのだ。

 ただ、今はもう少しだけ……。



 さあ。明日も少年探偵、出動だ!


 ――おわり。

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