聖女に目覚めた幼馴染の筋肉に、アリスの目は死んだ!
すらなりとな
戦う聖女はパワー系
「――はイ、でハ、今日も元気に錬金術の授業を始めましょウ!
本日は聖女伝説と錬金術について講義をしまス!
といってモ、聖女伝説についての細かい話は歴史や神学の細かい話は譲りますのデ、ここでは関係のあるところだケ。
具体的には戦争――後に聖女戦争と呼ばれる頃ですネ。
百年前、異民族の侵略に端を発したこの戦争ハ、我が国――ア、私は隣国の出身ですから、あなた方からすれば逆ですネ――とにかク、二国が同盟を結んデ、ようやく膠着常態となりましタ。
数で押す四方の異民族に対抗すべク、両国は英知を交換シ、発展させたのでス!
この際、錬金術も大いに発達しましタ!
火薬や銃はモチロン、様々な毒を開発したのも錬金術の成果でス!
ですガ、この戦争においテ、もっとも発達したのは医療でしタ!
何故カ!
原因は聖女にありまス!
長期化する戦争を何とかしようト、両国は引き抜けば大きな力を得るといわれている聖剣を持ち出しましタ!
国中の人間が集められ、聖剣を抜くことができるか試したのでス!
もちろん、当時の政治家ハ、古びた剣にそのような効果があるとは思わなかったでしょウ。狙いは伝説を再現するお祭りを開くことで、内部の不満を消化シ、士気を上げようと考えていたようでス。当時の記録でも、はっきりと『デモンストレーション』と記されていましタ。お祭りの最後にハ、当時の兵士長が抜くための偽の聖剣も用意していたくらいでス。
しかシ、我々錬金術師は違いましタ!
古びた聖剣ニ、細かな暗号が記されていることに気づいたのでス!
必死に解読を任された錬金術師は、暗号の解読に成功しましタ!
そこには、とある薬品の製造方法ト、薬品に適合するのはこの聖剣を引き抜くことができる聖女のミ、と記されていたのでス!
実際にその薬品は製造されましたガ、服用すると一人を除き死に至りましタ!
もちろん、生き残った一人とハ、先ほどの『デモンストレーション』で聖剣を引き抜くことができた聖女でス!
彼女は特殊な遺伝子を持っておリ、それが薬品を克服させたのでしタ!
聖剣ハ、技術を伝える文献かつ特殊な遺伝子の判別装置だったのでス!
素晴らしイ!
世界の錬金術師は感動しましタ!
こぞって過去の天才の英知を得ようト、聖剣と聖剣の示す薬の研究に走りましタ!
あるものは特殊な遺伝子がなくとも使えるよう薬を改良しようとシ、
またある者は薬の効用に注目し、魔獣を生み出そうとしましタ!
そのいずれも失敗しましたガ、副産物として多くの医薬品や義体が生み出されたのでス! これほど錬金術に影響を与えた文献は過去にもないでしょウ!
現在、聖剣そのものは資料的価値しかなく、この学園の展示室に収められていますが、私モ実物を見たときは震えたものでス!
この学校に赴任したのモ――」
脱線し始めた授業に、アリスはノートを取る手を止めた。
アリスは貴族の令息令嬢が通う学園の生徒である。
貴族、といっても下級貴族。
聖女がどうこうとは無縁の家柄の出である。
当然のごとく、授業へのモチベーションも低い。
なにより、昨日の夜更かしが辛い。
一緒に遊んだ同じ下級貴族のアーティアも、前の席でぐっすり眠っている。
一緒に遊んだ上級貴族のラティは、気合で起きていた。
必死に手を動かして、眠気と戦っている!
見栄を張らねばならいない上級貴族は大変だ。
後でノート見せてもらおう。
そう思ったアリスは、そっと目を閉じ――
「起きなさいっ!」
わずか数分で、ラティの肘に突かれた。
慌てて前を見ると、先生が、深々と台座に刺さった剣と、気色悪い触手の塊のような生物の入った水槽を教壇の上に並べている。
厄介な問題を当てられたわけではないと分かり、ほっとすると同時に、嫌な予感を抱いたアリス。そっと、ラティに問いかけた。
「起こしてくれてありがと。で、何あれ?」
「展示室から無許可でパクってきた聖剣と、生物兵器の失敗作らしいですわ。
アレを使って戦時中の野蛮な薬の実演をするみたいですわよ?
あの先生の事ですから、寝てたら助手に指定されていたところですわ。
ありがたくも起こして差し上げたワタクシに感謝なさい」
そんな小物みたいなこと言ってるから、アンタは上級生の取り巻きなのよ。
口まで出かかった感想を押さえ、小声をつづける。
「はいはい、二回目だけどありがと。
ついでに前のアーティアも起こしてくれると、もっと嬉しかったんだけど?」
「それが、あの子、何をやっても起きませんの。
突っついたり、声をかけたり、蹴っ飛ばしたりしたんですけど、下品な笑い声を出すばっかりですわ」
言いながら、アーティアの座っている椅子を軽く足でけり上げるラティ。
アーティアはどんな夢を見ているのか、ぐへへ、お嬢様のおみ足が、などと声を出している。
「ああもう、こうなるとやるだけ無駄ね。
耳もとで憧れのお姉さまが来てるわよくらいのことを言わないと起きないわ」
「ちょっとアナタ、どういう教育してますの!?」
いや、私のせいじゃないわよ。
そう反論しようとする前に、先生の声が教室に響く。
「――というわけデ、このキメラ触手開発コード星の精3号、ペットネームてぃびちゃんに薬物を投与したいと思いまス!
誰か助手ヲ――はイ! そこで寝ているアーティアお嬢様!」
「ふぁい!?」
「ちょっと教卓まで来てくださイ!」
ああ、遅かった。
哀れ、先生にあてられたアーティアは、周囲の笑い声に恥ずかしそうにしながら、教卓へと歩いていく。
「ええっと、先生?」
「アーティアお嬢様にはこのてぃびちゃんに薬品を与えてもらいまス!
ア、性別はメスだから安心していいですヨ?」
なにをどう安心しろというのだろう?
なにか宇宙的な動きをするてぃびちゃんに、受け取った薬ビンをそっと差し出すアーティア。
てぃびちゃんは形容しがたい叫びとともに触手を伸ばすと、アーティアの手からビンを奪い取り、中の薬品ごと食べ始めた。
「先ほどご説明した通リ、この薬品は筋肉を増強する効果がありまス!
聖女に選ばれた少女ガ、重い鎧や聖剣を軽々振り回していたのを考えるト当たり前の生理作用ですネ! 冒頭でご説明した聖女の薬を改良シ、人間への毒性は消えないものノ、こうした錬金術で召喚した生物であれば効果が出るようにしたものでス!
ちなみに開発者は私ですス!」
なんてもの造ってんのよあの先生は!
アリスが叫ぶ間もない。
てぃびちゃんはまるでパンプアップしたボディビル選手のように膨れ上がり、水槽を突き破った!
阿鼻叫喚となる教室!
周囲の騒ぎに興奮したのか、てぃびちゃんが飛び上がる!
それも、あろうことか、アリスの方へ――!
「皆様! 大丈夫ですヨ! この制御呪文があれば――」
やけに遠くから、先生の声が聞こえる!
ああもう、やるなら早くして!
杖を振り下ろす先生を視界に捉えたと同時だっただろうか?
「ワタシノありすニナニシテルノ?」
地獄のような声を上げたアーティアが、なんと聖剣を引き抜いて、てぃびちゃんに切りかかった!
慌てて空中で身をひねって
着地点はアリスから微妙にずれ、
「ちょっと! なんでこっちに来るんですのぉおおおお!?」
隣のラティを押しつぶした!
慌てて先生の方を見ると、
「ナ、なんト! アーティアお嬢様ハ! あの聖女の遺伝子をおもちなのですカ!
なんという幸運! ぜひとも研究にご協力ヲ!」
なにか興奮していた!
振り上げた杖も放り出し、アーティアに詰め寄って、
「先生、サッキノオ薬、チョウダイ?」
「ア! はイッ!」
再び地獄のような声を上げたアーティアに、慌てて薬を差し出した!
一気にビンの中身をあおるアーティア!
「ア、飲みすギ……」
先生から、小さな声が漏れる!
が、聞こえていないのか、アーティアは、
「師匠! ごめんなさい! アーティアは! お薬に頼る悪い子です!
でも、ちゃんと守る義務は! 果たして見せます!
む ぅ ん な ら ば ぁ あ ア 亜 唖 ! ! ! 」
決意とともに 筋 肉 爆 発 ! !
そこには、彫像もかくやという、肉体美を超越した筋肉の鎧を身に着けたアーティアが!
いや、師匠って誰だよ!
そんなアリスの呟きをよそに、触手を掴んで強引に引き寄せるアーティア!
すさまじい勢いで引き戻されるてぃびちゃん!
そのまま、黒板に叩きつけられた!
ズルズルと床に沈み込んでいく、てぃびちゃん!
が、失敗作とはいえ生物兵器!
動いたかと思うと、触手を動かし人間のような姿へと変貌!
目のない顔をアーティアへと向けた!
やる気だ!
伝説の聖女と怪物、まるで神話のような構図に、先生がそっと聖剣を差し出す。
「 墳 ッ ! ! 」
が、受け取ったアーティア、聖剣を素手でたたき折った!
「あア!? なんという事ヲ!?」
「圧倒的肉体があれば!
歴史的資料を踏みつぶし、触手に指を突きつける!
「いくよっ! てぃびちゃんっ!!」
「かかってこいっ!」
え? お前喋れたの?
そんなアリスの心の声を置いて、両者は激突!
「はい! どーんっ!」フロントダブルバイセップス!
「仕上がっているヨ!」フロントラットスプレット!!
「ばりばりっ!」 サイドチェスト!!!
「キれてマス!」 バックダブルバイセップス!!!!
「いい血管!」 バックラットスプレット!!!!!
「ナーイスバルク!」 サイドトライセップス!!!!!!
「言葉は不要!」 アブノミナル&サイ!!!!!!!
掛け声とともに、ポーズ!
教室は、フリーズ!
闘争心むき出しの笑顔で、睨み合う一人と一匹っ!!
先に握手を求めたのは――てぃびちゃんっ!!!
「参りました!」
「いい勝負だったよ!」
握り返すアーティア!
そこには、お互いに健闘を称えあう、種族を超越した、美しい姿がっ!
あまりの感動で、涙を流す先生!
あまりの意味不明さに、ドン引きする生徒たち!
「……あの、ワタクシのこと、忘れてません?」
「大丈夫、アンタの無念は私が晴らしてあげるわ。安心して逝きなさい」
「死んでませんわよ!?」
ひとりラティを助け起こすアリスの目は、死んだ!
聖女に目覚めた幼馴染の筋肉に、アリスの目は死んだ! すらなりとな @roulusu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます