機械仕掛けの筋繊維②

笑顔は筋肉で造られている

 ガイノイド。

 アンドロイドの女性型を指す言葉である。

 それが、私。

 

 私は人形であった頃とはかけ離れ、人間同様の言葉の応酬もかわせるようになった。

 しかし、未だ足りないものがある。


「博士、先月の約束覚えていますか?」


 私は、無表情で博士を壁に追いやり詰め寄る。正確に言えば、その顔しか出来ないと言った方が正しい。

 

「……待って!もう少し待って!」

「知ってますよ?先週、私の新しい頭髪を買いましたね?必要も無いのに。しかも、人工とは言え上物ですよね。幾らしたんですか?」

「ええーとねぇ……」


 真顔で詰め寄る私に博士は挙動不審に目線を逸らし、しどろもどろに答える。


「私を金髪にする必要あります?ていうか、金髪が良いなら染めれば良いだけですよ?」


 私が言葉を吐き捨てると、博士は目を逸らしながら乙女同然に指同士をツンツンと突いている。何かの、アニメで見たかのようなその動作。そうか、実在したのかと一応メモリーの重要フォルダに保存していると、博士がぼそりと呟く。

  

「だって、手触りも見た目も今より良いんだもん」

「三十越えた男が、だもんなんて言ったって可愛くもなんとも無いんですよ?で、いくらしたんですか?」


 博士は決して私と目を合わせようとはせず、指の動作はそのままに口はモゴモゴと動き始めた。


「三十万……」


 その瞬間、私は右の拳を高々と掲げた。

 どこぞの漫画のキャラクターの如く、無い筋肉を唸らせて博士の眼前に向けて振り下ろした。

 

 が、その手は、博士の鼻先十ミリ手前で止まった。

 こういう時、博士は臆することなくビビりもしないのが腹が立つ。

 私に怒りの感情を植え付けた所で、ロボット三原則の一つである、『ロボットは人間に危害を加えてはならない』に反する行為は出来ないと、機械的なまでに理解しているからだ。


「なんで、私に喜怒哀楽をプログラムしたんです?腹たつんですけど、それをぶちまけられないってどうかしていると思いますけど?」

「だって、ちゃんと会話したかったし」

「だったら!!表情が必要だと思うのは私だけなんでしょうか!?」


 私は溜まった鬱憤を大声に乗せて曝け出した。怒った所で、声を荒げた所で、一切表情が変化しない。

 会話に伴って、出来れば笑いたい。怒った時は、怒りたい。

 動作だけでは物足りなくて、博士にずう〜〜〜〜っと、お願いしているのに一向に願いを聞き届けてはくれないのだ。


 涙の代わりにオイルも出ないその目は、潤む事も出来ないというのに。

  

「今の顔で十分可愛いと思うよ?僕好みだし、今更切開したく無いんだよね」


 あはは、と相変わらずあっけらかんに笑っている顔。博士は自由に表情が作れるというのに、私は――

  

「もういいです」

「えっ」

「感情プログラム、抹消します。そうしたら、気にもなりませんし」

「待って!」

「ああ、会話用に、おしゃべりテディベアでも注文しておきますね。さっき、動画サイト見てみたんですけど、おしゃべりだけなら私と同じ程度じゃ無いですかね。ジョークも言えます」


 じゃあ、と言って私は施術室へと向かう。博士はどうせ私のプログラムコードを そこら辺にメモしたままになっているだろうから、簡単に変更できる。


「待って!!」


 博士の手が、がっしりと私の体を拘束していた。色白でヒョロヒョロのその体は、拘束してもなお私にずるずると引きずられる形になっているが。

 博士を引き摺ったまま、私は気にせず歩き続けた。


「ごめん、謝る!お願いだから、そのプログラムは捨てないで〜。僕の傑作なんだ!来月の学会で論文と一緒にお前を連れて行く予定なんだ!それが無くなったら、またジリ貧生活にぃ」

「じゃあ、それが終わったら次こそは必ず表情筋、造ってくれますか?」

「……うん」


 渋々と頷く博士。いやいや、此処まできてまだお願いきかないとか。

 私は歩き続けたが、ふっと博士の体重分の負荷が消える。足を止め背後を振り返れば、博士は俯き加減で目を逸らして縮こまっていた。


「サイレントフォレストって会社がね、僕のプログラムを買ってくれるかもしれないんだ。だからね、その後だったら、より機微な表情の動きを作れると思うんだ。だからね、それまで待って欲しいな……なんて」


 と言って、モゴモゴとした口調は徐々にが小さくなっていく。

 また指をツンツンと合わせて、乙女かっというツッコミでも待っているかのように、背まで丸待っていくばかりだ。


「要は、共同開発の声が掛かるまで待てって事ですよね」

「うん」

「なんで、言ってくれなかったんですか」

「だって、内緒にしておきたかったんだもん」


 また、だもん、だ。可愛く言ったって、この怒りはまだ続けてやる。とりあえず、今日の夕食はトースト一枚にしてやるつもりだ。


「その方が、喜んでくれるかなって思ってさ」


 えへへ、と照れくさそうに笑う。ああ、私もそんな風に……博士と一緒に表情を造って笑いたい。

 創造主はかせの笑った顔を見ていると、ほんのちょっぴりとだが怒りが薄れ始める。

 次こそは、私の願いは叶うかもしれないと感じて。

 仕方ない。ピーナッツサンドにしておいてあげよう。


「分かりました、待ちます」


 私が無表情で従順に答える姿に、博士はニコニコと笑っていた。


 ◆


 喜怒哀楽が完璧になったあたりから、彼女に物欲が出てきた。

 面白い進歩だと思う。

 はっきり言って表情なんて必要ないけれど、彼女が喜ぶその瞬間。

  

 それが記録できるなら、まあ仕方がないか。

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