第2話「今はまだ…」

♦︎♦︎♦︎


「透華ー!今日遊ぼー!!」

「俺も混ぜてーー!」


 元気の良い少年たちがあたしを囲んでいる。


「う〜ん、今日は香織ちゃんたちと遊ぶから香織ちゃんたちがいいって言ったらいいよ」


 あたしがそう言うと、少年たちが教室の後ろで固まっていた少女たちに向かって声をかけた。


「香織ー!今日俺らも透華と遊んでいい?」


 すると香織、と呼ばれた少女は少し声を張って言う。


「えー、今日は私たちと遊ぶから!」

「俺らが一緒にいたっていいじゃん」

「いっつもそう言ってついてくるじゃん、たまには女子たちだけで遊ばせてよ!」


 香織が少し怒ったように言う。


「なんだよ、そんなに俺たちが気に入らないのかよ!」


 香織の態度が気に入らなかったのか男の子は少し声を荒げた。


「なんでそうなるわけ?ただ女子たちだけで遊ぶ日も欲しいって言っただけじゃん」

「嫌なら嫌ってはっきり言えよ!」

「わかった。じゃあはっきり言うけど嫌だ!」

「あーそうか、気に食わねぇやつらだな」


 そうしてクラスが完全に二分に分かれた。


 男の子たちが女の子たちの悪口を言い、逆に女の子たちも男の子たちの悪口を言っている。


 あたしはどうすればいいのかわからず、ただその光景を見つめていた。


 あぁ、あたしせいでクラスの雰囲気が悪くなる……


 あたしは、何かすごく嫌な予感がして不安な気持ちでいっぱいになった。


♢♢♢


 その後も男女のギスギスとした雰囲気は続いている。


 あたしは男の子の方につくわけでも、女の子の方につくわけでもなく、ただただ男女の仲が悪くなっていくのを見つめていることしか出来なかった。


 そんな自分自身に嫌気がさした。


 そうだ、今日香織ちゃんたちに謝りに行こう。


 そう考えていると、反対方向から廊下を歩いてきた香織ちゃんたちとすれ違った。


「ね、ねぇ香織ちゃん!」


 あたしは、通り過ぎようとしていた香織ちゃんたちに声をかけた。


「ずっと言いたかったんだ、私のせいでごめんねって」


 あたしが頭を下げながらそう言うと、「あぁ、そっか」と香織ちゃんは言った。


「元を言えば透華が元凶だったんだ。私忘れてた。全部透華が悪いんだ。ねぇ、そうだよね、みんな」

「え?ちょ…ちょっと……」


 突然の悪口に戸惑っているあたしを他所に、みんな頷き、「たしかに…」「悪いのは透華じゃん」と口を揃えて言った。


「えっと…ごめんなさい……」


 尻すぼみに声が小さくなった。香織ちゃんたちと目を合わせるのが、怖かった。


「謝ったってことは自分が悪いこと自覚してるってことだよね?」

「え、えっと……」

「あ!そうだ透華ー!いいこと思いついた!今日、一緒に遊ばない?」


 声は務めて明るくしているが、雰囲気は全然明るくない。あたしは、怖かった。でも、ここで断った方が、もっと怖い。


「い…いいよ」

「やった!久しぶりだから楽しみだなー」


 さっきまで下を向いていたが、ちらっと香織ちゃんたちの方を見た。


 やっぱり、目が笑ってない。


 怖い、怖い、怖い!!誰かに助けを求めたかった。でも、助けを求められる人なんて、そこにはいなかった。


♢♢♢


「はぁ、はぁ、はぁ」


 あたしの荒い呼吸の音が、夕焼けと静寂に包まれた辺りに響く。


 あれ?…あたし、なんでここにいるんだっけ、なんでこんな疲れてるんだっけ、なんで、なんで…………………






 あれ?あたしって、なんで生きてるんだっけ






 自分自身がわからない。何をすべきなのか、どうあるべきなのか、何もわからない。


 助けを求めてた人も、いなくなった。いや、助けを求めていた人も、あたしを恨むようになった。


 あー、そっか。悪いのは全部あたしなんだ。今初めて気づいた。


 あたしがあの時もっと上手く立ち回れていれば、もっと周りを見ることができたら、もっと…もっと……!!



 あぁ、あたし、自分のこと嫌いだ。



 もうあたしのことを好んでる人なんてこの世に誰1人としていない。


 じゃあ、あたしの生きる意味は??


 そんなものなんてない、でも……でも!見返してやりたい、どんな形でもいい、あたしを捨てた奴らに後悔させてやりたい!星宮透華はすごい奴なんだって、完璧な奴なんだって、認めさせたい!


 だから、強く生きてやる。


 あたしが完璧を演じるのに疲れたら、いつものあたしに戻ればいい。


 そうやって、生きていこうーーー


♦︎♦︎♦︎


「ざっくり話すとこんな感じですね」


 あたしは、自分自身が経験した過去をざっと説明した。


 今思えば、見返してやりたいっていう理由は、ただ普通に生きていたいという思いを覆い隠すためだけのものだったのかもしれない。


 あたしが、あたし自身に生きる理由を与えただけなのかもしれない。


「なるほどね、だから疲れた時は七瀬陽菜として学校に来てた訳か」


 目の前でやさしい眼差しで話を聞いてくれていた東雲くんが言った。


「そういうことです」

「星宮さん…いや透華、今までよく頑張ったな」


 そう言って、東雲くんは頭をぽんぽんと撫でてくれた。


「また辛くなったりしたら俺ならいくらでも頼っていいからな?」


 さっき自殺しようとしたあたしを救ってくれた時もそうだけど、どうして東雲くんは今あたしが1番欲しがっている言葉をかけてくれるんだろう。


「うん…ありがと」


 こんなにも真っ直ぐな優しい言葉を"あたし"にかけてくれた人は何年ぶりだろうか。


 あたたかく、あたしのすべてを包み込んでくれるような、そんな優しさだった。


 なんだろう、この感じ。


 こんな経験は初めて。


 心がふわふわするような、締め付けられるような、よくわからない。




 あたしは、この感情を知らない。


 でも、知らなくてもいい。


 この感情に名前をつけるには、まだ早い気がするから。





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学年一の美少女の星宮さんとクラスの陰キャの七瀬さんが同一人物だという事に気付いた俺はいつの間にか美少女と同棲生活することになっていた 星宮 亜玖愛 @Akua_kaku

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