第3話 浮世闊歩〜元凶〜

 彼女は17の子供には耐え難いほどの重圧の中に常にいた。階級制度の掟で、階級が異なる者同士が交わることは禁じられており、話すことはおろか、顔を見せるのでさえ固く禁じられていた。それを破れば民衆の前で見せしめにされることになっていた。


 かつて、階級制度が作られてから、一度だけ貴族階級の人間と不可触の人間が恋に落ち隠れて結婚し子供まで授かったことが過去に一度あった。恋に落ちた二人はこのまま全て上手くいくと思った矢先、二人でいるところが貴族階級の民にバレてしまい、恋に落ちた二人は捉えられ、国王の命により、国の中心部にの広場に金属製の棒を設置しそこに二人を括り付けた。


国王は二人の前に近づき何も言わずに二人の子供を目の前に出した。そうすると国王は剣を出し二人の目の前で子供を殺した。その後、二人に火を放ち二人は苦しみながらこの世を去った。


このことはあっという間に国全土、すべての階級の民に広がった。国王はこれを見せしめにし、民への警告を促した。階級が異なる者同士が交わることが何を意味するのかを、国王は残酷な方法で示した。故に余裕のある貴族の人たちが労働階級の彼女に救いの手を差し伸べてくれるなどもとから存在しなかった。そして上の階級制度にいる民は下にいる民を軽蔑する傾向が強かった。


 労働階級にいる民は常に困窮生活を強いられており他人の生活に手を差し伸べる余裕なんてなかった。そんな中彼女は12歳からずっと家族を養うために、慣れない自給自足の生活に徹した。彼女の両親は彼女が幼いときに死別していて最初は地獄の日々だった。


 畑を耕そうにも労働階級に与えられた土地は非常に痩せておりとても植物が育てる環境ではなかった。それでも、彼女は一から土を耕し始めて作物が育つことのできる最低水準まで持ってきた。そしてやっとの思いで、野菜の種を植え月日が立ち、収穫の時期になりワクワクしながら畑に向かったが、そこで待っていたのは土だけ。野菜はどこにもなかった。


 土をよく見てみると明らかに掘り返された跡があった。当然のことだった。労働階級では今日を生き延びるために精一杯の人で溢れかえっている。泥棒など日常茶飯事であった。彼女は落胆したが諦めずにまた一から野菜を育て始めた。来る日も来る日も泥棒対策をしながら育てやっとの思いで採れた野菜を兄弟姉妹に食べさせて美味しいと言ってくれ自分が泣いてしまったことは未だに鮮明に覚えていた。


 労働も決して簡単ではなかった。労働階級で仕事を探そうとなるとかなり厳しく周囲からは女性というだけでろくでもない仕事ばかり勧られてきた。そんな中でも、必死に粘りでやっとの思いで見つけた普通の仕事。それでも給料はまだまだ安く到底4人家族を養えるほどではなかった。 彼女は今までの人生で何回この階級制度がなくなればいいと、思ったことか。これが消えるのならば、家族らが階級制度から開放されるのなら、どれほど願ったことか。


 12歳から始まった地獄。この地獄はこの世界の仕組み自体、故、階級制度そのものが崩壊でもしない限り永遠と続く。














「っは!!」


 彼女は汗だくの状態で飛び上がった。呼吸が荒くなり焦ったような状態になっていた。その時男が近づいてきた。


「おやおや、その様子。悪夢でも見たのですかな」


 男は紳士風の格好をしており杖を突きながら向かい合いになっている彼女の目の前の座席に腰を下ろした。


「さて、私がここに来た理由ですが。あなたは今私に質問したいことが山のようにあるでしょう。そのために来ました。疑問に塗れたままでは良き旅路はできませんから。ささっ、どうぞアッサムティーです。甘くて美味しいですよ」


 男は足を組みいつの間にか用意された紅茶を飲みながら話した。


「あなたは誰」


「話がお早い方だ。それもまた良き。完全にはまだ話せませんが我々は人間です」


「我々とは」


「言葉通りです。私以外にも複数人の仲間がいるということです」


「この汽車は一体何なんです。走っているのに全く揺れていない。」


「それはまだ言えません。強いて言うなら目的地へと送り届けてくれるあなたの仲間です」


「あなた達の目的は」


「あなたの能力を開花させることです。あなたはこの世界の仕組みを変えられる力を持っている。しかし、あなたは今のままでは到底変えることはできません。故に、これからこの汽車であらゆる場所に行きこの世界を理解してもらいます。話はそこからです」


「世界の仕組みを変えるとは」


 核心をついた質問に男はニヤリと笑い一幕置いたあと口を開いた。


「わかりませんか? 階級制度です。古くより存在する階級制度。事の発端は今から40年前。当時は絶対王政で動いていましたことをあなたはご存知ですかな?」


「聞いたことあります。私の父がよく話していました」彼女は少し寂しく話した。


「よろしい。当時の絶対王政は一見最悪の政治制度でしたが国民の選挙で王を決めていたためこれと言って文句を言う人もおらず国王も全員有能でした。しかし、40年前。当時は異常気象と天変地異によりこの国では混乱が巻き起こっていた。当時の国王もそれを収拾しようと尽力を注ぎましたが失敗に終わった」


「王政制度の完全撤廃があった時期ですね」


「然り。その失敗で国民の不安と疑念は最高潮に高まっていました。その時にとある伯爵が名乗りを上げて自らの全財産と人脈を持ってして国民を救済した。そのことで当時の王はその地位を奪われその伯爵が新たな王となった。それが今のローレン国の国王アイリッシュ・アールグレイ。アールは伯爵家のみが冠することのできる名前」


「階級制度を設立したクソ野郎ですね。そんなものが無くせたらどれほどの人が幸せになったのでしょう」


「即位当時はそこまでひどくはなく逆に最高であった、と言われてますね。若くして最高傑作であると。天変地異を収め国民の給料や生活品質を上げて最も信頼されていた人物で国民を第一に動いていた人物であったらしいですね。しかし即位2年後。この時又もや天変地異に見舞われて作物などは一切取れず飢餓状態に陥り国民の大半は職を失った。アイリッシュ・アールグレイはこの天変地異は人災だと発言した。その人災を消滅させるために隔離措置を取る、と意味不明な発言をした」


「でも実際はそれはアイリッシュ・アールグレイがわざと起こした人災らしいですね」少し怒りを含んだ声で彼女は言った。


「えぇ、ローレン国は多民族国家でした。それを彼は不快に思い自分の嫌いな民族を隔離しようとしたんです。その発言は正常な思考判断ができていればおかしいと思うはずでしたがアイリッシュ・アールグレイはローレン国を救済した英雄であったがためか誰一人として疑いはしなかった。最初は少しずつ隔離措置が行われてきた。最初は地域隔離で民族ごとに居住を区画分けしただけでした。しかし時がたつに連れてそれは少しずつではありますがどんどん過激になっていきました。しかし、あまりにも少しずつであったため民衆の大部分はアイリッシュ・アールグレイの本当の狙いに気づかず、彼の計画は誰にも邪魔されることなく進んでいきました」


「……なぜ、彼の側近はこの横暴に気づかなかったのでしょうか?」


 彼女が話の腰を折ると不思議そうに言った。今までの情報は彼女の亡き父からもらった情報ではあったが自然と疑問が浮かんできた。


「いいえ、アイリッシュの側近は気づいていましたよ。ですが彼は口を出す側近を全員殺し自分の意見に賛同する者だけ集めたのです。その結果金と権力に塗れた政治集団が誕生したのです。アイリッシュは区画分けした境界線上に大きな壁を設立した。民は反発したが王は一時的なもので行き来は自由であると言った。


しかし、アイリッシュの目的は分断ではなく敵対意識を芽生えさせること。アイリッシュは自分の嫌いな民族が凶悪集団であると権力者から一般の民、すべての民に流した。もちろん嫌いな民族にはこの情報は行き届いていません。これにより民族間同士の対立が激しくなったんです。


アイリッシュはその状況で表向きで民族対立を収めようとした。しかし、実際は民族ごとに優劣をつけ階級分け。その結果今の階級制度が誕生した。アイリッシュは自らの階級を神権と呼び絶対的な決定権を持つ階級だと称した。その後自らの嫌いな民族を労働もしくは不可触にし、それ以外の民は己の実力でそれぞれの階級を勝ち取った。これがこの40年間に起こった大まかな内容ですね」


 彼が言い終わると彼女は一息おいて発言した。


「………私の知らない情報がたくさん。でも、こんなにたくさんの情報。あなたは本当に何者なんですか。詳しすぎます。私の父から聞いた情報以上にこの出来事の裏側まで知っている」


「ふふ。疑うのも無理ありませんね。正常な反応です。急にこんな汽車に乗らされ急に大量の情報を与えられるなんて、ふつうは信じられません。でも、まだ私達に関することは言えません、があなたと私達の目的は一致しています。それだけです」


 何回も質問攻めをしたが結局曖昧にしか答えが返ってこなかった。彼女は少し諦めた様子を見せながらも、一息置き、最後に質問した。


「………じゃあ、今から私が聞くことが当たればあなたのことをいったん信じるわ」


「一旦ですか。まあ、私たちのことを信じてもらえるのは大きな一歩ですね。いいでしょう」


彼はくすくすと手を口元に置き、笑いながら答えた。そして彼女は言った。


「私の目標は何」


男は深いため息をついた後彼女の顔を見つめなおし、男はさっきまでの少し高い声のトーンが変わり少し真剣な声で答えた


「階級制度の撤廃、そして手段は問わない。でしょうか」


 彼女は少し驚いた様子を見せたが、すぐに冷静になった。


「当たりです。しかも、手段を問わないってことまであってます」


 彼の推察能力が高すぎて少しあきれながらも彼女は答えた。そして、少し悔しそうに「はぁ、約束です。あなたのことを一旦は信じます」といった。彼は彼女の言ったことを聞くとさっきまで真剣だった顔が元に戻り優しそうな顔に戻った。彼女は彼のことを信用し、親睦を深めようと彼に尋問風の質問ではなく、仲間としての質問をした。


 

「名前を教えて下さい。あなたのことをなんと呼べばいいのかわかりません。とても不便です」


彼は少し驚いたがその後口元がニヤリと笑い、口を開けた。


「なるほど。名前を呼ばれたことは今まで一度もありませんでしたね。それではあなたがお決めください」


 彼女はとても驚いた。何しろ名前がない人など今まで見たことがなかった。


「名前、無いの?」


「……いえ……ただ、思い出せないのです」


 優しそうな顔に少し悲しげな様子が浮かび、詰まりながら言った。彼女は少し考えた後口元を笑わせながら彼に言った。


「そう、じゃあ……テリル。今日からあなたをテリルと呼ばせてもらいますね」


「ほう、テリル。テリルですか。いい名前です! ちなみにですが由来はどこから」


 テリルは歓喜の声を上げながら訪ねた。


「テリブルからブを取っただけです。やべえ人っていう意味からブを取っただけです」(大事なことなので2回言いました)


 彼はちょっと引いたような感じになった。


「Oh……」


テリルはちょっと絶望した様子になると彼女は急に笑いだした。


「ぷ、はははは!」


 彼女はさっきまで剣幕な表情で話していたが我慢できずに吹き出して笑っていた。テリルは親の如く「おやまあ」といった様子で見ていた。今さっきまで流れていた固くなった空気が一気に柔らかくなり二人とも笑っていた。


「私もまだ名前を言っていなかったわね。エリル。エリル・カウント」


「!!」


 テリルは驚いたように目を見開き口を開けようとしたがためらい結局口を開けようとはしなかった。


「どうしたの?」


「いえ、お気になさらず」


「それはそうと旅路の最初の目的地が見えてきましたよ。敵を知るにはまず外の世界を知り、協力者を得ましょう一人でアイリッシュに立ち向かうには無謀すぎますから」


(それはそうとなぜ彼女が伯爵の爵位を冠している名前なのでしょうか。カウントは伯爵家の者にのみ名づけられるのが許される名前。あのアイリッシュと同じ階級。伯爵であれば王権に属しているはず。彼女の家庭が労働階級にいた理由も気になりますね)


夜明けが近づいていて建物がない空の上での日の出を彼女ははっきりと覚えていた。日の出と共に汽車は徐々に高度を下げ目的地へと近づいていった。雷電 恭二が治める東最大国家。これから彼女はどのような物語を紡ぐのか。



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