第2話 浮世闊歩の始まり

「よいしょっと」


「嬢ちゃん。おつり忘れてるよ!」


「あぁ、それならあげます。どうせ小さなお金ですし」


 そういうと女性は重たそうな荷物を背負って人でごった返した街路を通り抜けようとした。彼女が抱える荷物は1か月分の食料。一見沢山あるように見えるが彼女は若いうちに両親を亡くしており兄弟が自分を含め4人いる。そのことを考えるとあまり多くはない。


しかも身寄りもなく周囲の人間も自分の明日を見据えることさえもできない状況で誰一人として身内の亡くした子供たちを引き取ろうとはしなかった。長女である彼女は11歳という若さで労働の義務が生じてしまった。身分階級も商人階級から労働階級にまで堕ちた。この世は7つの階級制度によって社会的地位が表せられる。上から順に

神権  国王

王権  政権を持つ

貴族  大富豪

兵権  選挙の投票権を持つ最低ライン

商人  商いの活動許可

労働  労働のみ許される

不可触  最低階級 接触不可


この7つに分けられ不可触の民は家を持つことも仕事を持つこともできずそして海外渡航の禁止を言い渡される。基本的には重大犯罪者などが堕ちる階級であるが、例外もある。実質上の最下級は労働。


家族を持つことと家を持つことが許される。しかし、自営業や高収入の仕事はできず1日の賃金の限度は10エルク。この値段で買えるものはこの国には存在せず一番安い草を買おうにも最低3日労働する必要がある。


 その労働階級で彼女は5年間もの間自給自足で食糧費を稼ぎ副業をしながら体の限界まで働き詰めやっとの思いで買えたのが米30㎏。しかし、彼女の体にもとうとう限界が来たのか。


「ただい……」


バタン! 


「姉ちゃん!!」


 彼女は頭から重力が消えたと思うと意識を失い、ドアを開けると同時にその場に倒れこんでしまった。家にいた兄弟姉妹が彼女に近づき安否を確認するが声掛けはなくとりあえずの応急処置でベッドに寝かせた。


しかし、その後彼女が病院に行くことは無かった。労働階級では病院に行くだけで数万エルク掛かる。彼らは必至の看護で彼女の目を覚まさせようとしたが夜になっても目を覚ますことは無かった。


夜も深まりまだ子供であった彼らは慣れない作業の疲労で彼女のベッドに寄りかかりながら寝てしまっていた。そして次に彼女が目を開けると彼女はベットの上におり、窓が全開に空いており目の前には艶のある黒色の機関車であった。窓には入り口となる乗り場があった。


「??????」


 彼女の頭は相当に混乱していた。


(なんでここに、汽車がいるの? というかなんで私生きてるの? あの時絶対死んだって思ったのに。あの時みたいに体が全然痛くない。むしろ絶好調よ。本当に何なのこれ)


 完全に混乱状態に陥っていると汽車の中から白髪で杖を持った少し老いた人物が出てきて混乱状態の彼女に向かってこう言った。


「どうも。今日はとても星がきれいに見える日ですね。非常に突然ですがあなたは死期が近い。そしてこの汽車は幻想汽車。形はありますが実態をなしません。この汽車はあなたの願いを叶える機会を与えるものです。そこで、あなたには今二つの選択があります。この場でこの汽車に乗り願いを叶えるか、このまま死ぬか、選んでください。選択権はあなたが持っています」


 彼女はいったん思考停止したかと思うと男の言ったことを理解しようとした。しかし、あまりにも突然で身勝手すぎる言動は彼女をより困惑に陥れた。普段窓から見えるのは暗闇だけ。


しかし、今見えるのは光輝いている汽車とそれに反射して見える人間。そしてこの汽車は今彼女にしか見えていないようであった。こんなに明るいのならば地域住民がクレームを言いに来るに違いない。


そして何よりもベッドのそばに寄りかかって寝ている兄弟姉妹が一切気づくことなく深い眠りについていること。それでも、彼女は必死に頭の中でかみ砕き男の言っていることを理解した。


 


「あなたは何者か。この汽車は何だ。この汽車は本物か。なぜ私の死期が近いとわかるのか」


「おやおや、ずいぶんと堂々としていますね。労働階級でこれほどまでのものは珍しい。ですが質問に答える時間はありません。あと2分。このまま浮世に長居するのも我々からすると危険ですから。さあ、選んでください。このまま死ぬか、願いを叶えるか」


「選択の自由があると言っておきながら質問の自由はないんですね」


「手厳しいお言葉だ。ならば一つだけお答えしましょう。あなたは我々に必要な人物ですから。あなたはこのまま死ぬと非常に勿体ない。それだけです。あぁそれと、そこの兄弟方に関しては大丈夫です。あなたの旅路が終えるまで我々の浮世の貴族階級にいる仲間が保護してくれます。今よりも良い生活ができることを約束しましょう」


「…………」


 彼女は一幕置いた後、ベッドの上で立ち上がり男の方へ近づき言った。


「このまま死ぬのは私も嫌です。連れて行きなさい」


「契約成立。ではここからお入りください」


 男がそういうと、男は彼女が中に入り席に着いたことを確認すると外側からドアを閉め男は最後にニヤリと笑いこう言い残して霧のように消えた。


「長い旅路になりますよ。あなたは何を変えてくれるのでしょうか」


 それと同時に汽車が汽笛をあげるとゆっくりと走り始めた。汽車はどんどんと高度を上げていき街が一望できるほどの高さまで来ると外側からの姿を消した。その姿は満月によく似ていた。

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