第6話 僕はひとり

アキバのざわざわの雑音の中ご飯を食べて、みんなと別れる。「じゃ、また。」「会社で。」僕は流れるように電車に乗り込んだ。電車のドアが開く。閉まる。僕の脳が切り替わる。入口近くに立ち外を眺める。朝と違い。窓が鏡になり。表情が露出する。グレーのフィールターを顔にかけ、僕は窓の外のなるべく暗い箇所を目で追いながら、電車に揺られる。みずすは”菜”を知らない。なずなが嘘をついていたのは明らかだ。なずなは悪者か。違う気がする。僕の脳内の目が判断する。しかし何らかの嘘はついている。これは確かだ。しかし、なずなが別れ際に僕に言った、”もしも境界線の人にあったら本当の名前は言っちゃだめよ。悪い境界線の人につれてかれるわよ。ワタルで通しなさい。”あの言葉は本当だ。なまえか。僕には、名前が二つある。普段は”灘渡”ナダ ワタル。で通している。もう一つの名は”京と書いてキョウ” と読む。 ”ナダ キョウ”が本当の名前だ。僕が生まれた時に額に”京”の文字が一瞬浮かんだらしい。それを見た母が「キョウが本当の名前です。が渡、ワタルで通してください。本当の名は、時が来るまで呼ばないように。」と言い残し僕を生んで亡くなった。だから僕は母の顔を知らない。僕の実家は代々長崎で手広く商売を営んでいた。江戸時代の全盛期には長崎の砂糖を大量に取り扱い九州最大のシュガーロードの元となった。しかし母が無くなったのを機に祖父母も含め父たちは長崎を離れた。長崎郊外、大村でひっそり商店を営むことにしたらしい。僕は大村で育った。しかし実家はそのままだが、父も祖父母も、もうこの世にいない。僕が大学に入った春。相次いで亡くなってしまった。僕は一人だ。遠く親戚はいるものの葬式以来、あったことが無い。お金は、なんとか父たちが残してくれた財で生活できた。僕は早く大人になりたかった。一人の人間として普通に生きて行きたかった。そんなわけで大学生活は何とか学生らいし生活を送れた。特段寂しくもなく、一人には慣れていた。はたから見ると僕も普通の人間にしか見えない。今はできるだけ普通の人間でいたい。電車が「キーッ」ブレーキだ。「痛っ。」足を踏まれた。「ごめんなさい。」小さな声が聞こえた。僕は、小さな声に免じてその踏んだ相手の顔を見ることをしなかった。「ガタン。」ドアが開く。飯田橋。こんな時間なのに降りる人、乗る人も結構多い。人込みにまぎれて”黄色の春草野の匂い”がした。僕は振り向き探した。人、人、ひと。いない。”菜”こんな日は、君にとても、とても会いたいよ。

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