3-10 間違えてしまったようね。ごめんなさい

 洞穴をしばらく進むと、大きな広間に出た。

 壁には石版が敷き詰められており、上空には青空が見えている。

 ここは深淵の谷の地下に作られた遺跡なのだ。

 

 さらに広間の中心へと進むと、象ほどもある巨大な灰色の球体が浮いているのが見えた。そしてその前には1人の男が立ち、球体に向けて念仏のようなものを唱えていた。

 その服装には見覚えがあった。あの男だ。

 坑道から宝石を持ち出した男。

 そしてエデラの町の司祭を監禁した張本人。

 近づくと、男は俺たちに気づき、踵を返した。

 金髪の前髪が澄んだ青色の瞳の前で優雅に揺れる。白くきめ細やかな肌の美青年だが、警備隊の制服に身を包んでいても、その肉体が鍛え抜かれていることがわかる。

 頭上には緑色のネームタグで「ヴィルフレド」と表示されていた。


「これはこれは……マヌル猫様のお出ましか……」

 ヴィルフレドは俺の姿を見て、その特殊性に気づいたようだった。

「だが手遅れだ。封印は既に解いた。安穏とした時代はこれで終わりを告げるのだ」

 彼はそう言うと甲高い笑い声を上げた。異常性を感じる不気味な笑いかただ。


「封印とは何のことじゃ」

 俺が聞くと、ヴィルフレドは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「愚かな。何も知らぬのか。はるか昔、猫神によって封印されていた恐猫族の長。それが彼だ」

「彼?」


 その時、灰色の球体にピシピシとヒビが入り始めた。

 ヒビの間から黒い光が吹き出すと、爆音とともに球体は弾け飛んだ。

 たちこめる黒煙がしだいに薄れると、その奥に巨大な黒い影が姿を現した。

 猫? いや違う。恐竜のように大きく、両肩にはコウモリのような羽がはえている。

 頭上には「恐猫王ディドロ」と表示されていた。


 ギギャーッ!


 そいつは耳をつんざくような叫び声を上げると羽を広げ、上空へと羽ばたいた。凄まじい風圧に俺たちの体は吹き飛ばされた。


「――私の仕事は終わった。そろそろ帰るとするが、お前たちを生かしておくべきではなさそうだな」

 ヴィルフレドが身を翻すと、その背後から咆哮を上げながら巨大なトラのようなモンスターが現れた。赤いネームタグには「スパインタイガー」と表示されている。大きく開いた口には鋭い牙が並んでおり、体中にはハリネズミのような緑色のトゲが並んでいる。どう見てもやばい奴だ。

 チーカとナルは魔法の発動準備に入った。

 アイリアとマイラは突撃し、スパインタイガーに打撃を加える。ロングソードとモーニングスターが命中し、怪物の悲鳴が響き渡った。

 しかしスパインタイガーはすかさずアイリアに反撃を加えた。アイリアは苦痛にうめき声を上げる。見ると、体から緑色の煙が上がっていた。怪物のトゲに触れてしまったマイラも同じく毒に侵されており、ヒットポイントゲージが徐々に減り始めている。このトラの全身を覆っているのは毒針なのだ!

 となると魔法攻撃に期待したいところだが、チーカの忍術魔法は未だに発動していなかった。見ると、彼女の頭上には赤いバツ印が表示されていた。

 魔法無効エリア!?

 ナルも同様だった。頭上にバツ印が浮いており、実際いつものノリのよい音楽が流れていない。なんてこった!

「ここでは魔法は使えん! 物理攻撃で倒すのじゃ!」

 俺が叫ぶと、チーカはクナイを抜いてスパインタイガーへと駆け出した。

 カリサを見ると、なにやらメインメニューを操作しているようだった。解毒薬を合成しているのだろう。それに気づいたナルが叫ぶ。

「カリサ、私が投げる。ビンを渡して!」

 ナルはカリサの手から薬瓶をもぎとると、マイラに向けて投げつけた。ビンが砕け散り、紫色の煙が上がる。マイラの体から毒が消失した。

 その後もアイリア、マイラ、チーカの3人で物理攻撃を与えつつ、カリサとナルの連携によって毒効果を打ち消していくことで、スパインタイガーの体力は確実に減少していった。

 やがてトラの怪物はバタリと倒れ、全身が光の粒に分解して消えていった。

 勝利のファンファーレが鳴り、財布に2000RIVが入金された。

 マイラとナルの頭上には、新しいスキルの習得を示すマークが浮いている。


 俺たちはほっと安堵のため息をついた。

 とはいえ、長きに渡って封印されてた恐猫王ディドロが開放されてしまった。

 奴を倒さない限り、この旅は終わらないだろう。


 仲間たちを見ると、前衛の3人は毒に侵されたままで、ヒットポイントが減り続けていた。

 俺が目配せすると、カリサは3人に薬瓶を投げつけた。

 当初はまったく協力的な態度を示さなかったカリサだったが、ここにきてパーティに貢献するようになっている。いいチームだ。

 俺が少し感動して目元を潤わせていると、ナルが異常に気づいた。


「服が、消えて……」


 前衛の3人が自分たちの体を見ると……すでに全員が全裸だった。

 ワイヤーフレームのカメラが赤く点灯し、少女たちの周囲をぐるぐると回り始めた。


「薬を間違えてしまったようね。ごめんなさい」


 カリサは謝ったが、口元が笑っているような気がした。

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