3-9 あら、迷惑じゃないの?

 深淵の谷をしばらく降りていくと、古代遺跡のようなものが見えてきた。

 洞穴のようだったが、壁面には石版が貼り付けられており、人工的に作られたものだ。大人3人が屈まずに、並んで歩けるほどの大きさがある。この先に何かがあるということなのだろうか。

 俺たちは人工のトンネルに入り、谷の中心に向かって歩き続けた。

 しばらく進み、危険は無さそうだと感じ始めたころ、アイリアは歩調を緩め、最後尾のカリサの横へとやってきた。


「さっきはありがとう」

「なんのことかしら」

「毒に侵されていた私に解毒剤を使ってくれただろう。おかげでよくなった」


 アイリアはカリサとコミュニケーションをとろうとしているように見えた。通常、俺たちが隊列を組んで歩く際、アイリアは先頭、カリサが最後尾になることが多い。そのためか、この2人のからみはあまり見たことがない。アイリアも、それを感じ取っているのだろう。

 

「ああ。あのことなら気にしないで。単に実験をしただけだから」

「実験?」

「アイテム合成の実験よ。いろいろな組み合わせを試してみないと、正解がわからないから」

「なるほど、試行錯誤ということか。素晴らしいことじゃないか。みんなの役に立つことだし、どんどん実験してくれ」

「あら、迷惑じゃないの?」

「いやいや迷惑なんて、とんでもない。必要なことじゃないか。遠慮してどうする」

「そう。なら、遠慮なく実験させてもらうわ」


 そう言うとカリサはメインメニューを開き、2つのアイテムを選択すると、自分の腰の前で石臼いしうすをひくように右腕をぐるぐると回してみせた。これがアイテム合成を実行するためのジェスチャーらしい。

 動作が終わると、彼女の右手に薬瓶らしいアイテムがポンッと出現した。


「まずは体力回復薬を合成してみたわ。ロノスの葉とオゲコの羽を6:4の割合で混ぜたものよ」

 カリサは手にした薬瓶を前を歩いているマイラの背中目がけて投げつけた。ビンが割れると紫色の煙がマイラを包む。

 

 おいおい、投げる前にひとこと言えよ!

 

「え、これなんですか?」

 驚いて振り向いたマイラの顔には、どこか違和感があった。

 よく見ると、鼻と口の間にヒゲが生えていたのだ。

 しかし本人は気づいていない。

 カリサはまるで患者を問診する医者のような口調で質問を返した。

「体になにか変化は無いかしら? 体力が回復しているような感覚は?」

「うーん、とくには……何も感じませんね」

 マイラは手足を動かしたり腰を捻ったりしてみるが、相変わらずヒゲには気が付かない。

「そう。それならいいのよ」


 いいんかい!

 カリサは人体実験が失敗したにも関わらず、釈明する気も謝罪する気もないらしい。

 マイラは「そう……ですか」と釈然としないまま、再び前を向いて歩き始めた。


「次は、防御力増強薬よ」


 まだやるのか!

 石臼をぐるぐると回しているカリサの姿を見ながら、アイリアも俺と同様に不安そうな表情を浮かべていたが、好きなだけ実験していいと発言してしまった手前、止めることもできずにいるようだ。


「完熟したエゾスの実を1つとオネロの尻尾1本を燻製したもものを合成したわ」

 カリサは防御力増強薬の入った薬瓶を、今度はチーカの背中に向けて投げつけた。

 薬瓶が砕け、紫色の煙がチーカの体を包む。

 

「痛っ! なんすか?」

 チーカはムッとして振り返った。

 いきなり背中にモノをぶつけられたのだ。怒っても無理はない。

 しかしカリサは相手の気持ちなど気にせず、無感情に質問をぶつける。

 

「チーカ。どんな感じがする?」

「どうって、とくに変わんないっすよ。でもちょっと肩が重いような……」


 そう言って自分の肩を揉んでいるチーカの姿を見て俺は驚きのあまり目を見開いた。バストが大きくなっている! その大きな2つの塊は、彼女が体の向きを変えるたびにゆっさゆさと揺れていた。


「体の具合は変わらないのか?」

「だから、体が重くて、歩きにくくて、いいことなしっすよ」


 チーカは自分の胸の変化に、まったく気づいていない様子だった。アイリアは彼女の胸を凝視しながら、「あ、あ」と言葉にならない声を漏らしている。伝えるべきかどうか迷っているのだろう。


「あの効果、いつまで続くんだ?」

 アイリアはカリサに小声で聞いた。

「数分ってところかしら。問題ないわ」


 そうか。ならば本人が気づいていない以上、放っておくほうがよいだろう。俺も何も見なかったことしようと思った。

 

「ええと、次は……」

「まだやるのか!?」

 カリサが普通に実験を続けようとしたので、さすがのアイリアも驚きの声を上げた。

「あら、あなたは賛成してくれていると思っていたのだけれど……」

「そ、それはそうだが……」

「透明化薬を合成するわ。これが完成すれば、モンスターとの遭遇も避けられるかもしれないでしょ」

「た、確かに、有効だな!」

「乾燥させたアヴェンコの種をひとつかみと……ウオビの卵を1つ……」

 合成が完了すると、すかさずカリサは薬瓶をナルの背中に向けて投げつけた。

 だからせめて、投げる前にひとこと言えって!

 

「え? なに?」

 背中に衝撃を感じたナルが振り返る。紫色の煙に包まれながら、自分の背中に手を当てて何が起きたのかを確認している。


「ナル、体に何か変化は感じる?」

「変化って言われても……」

 カリサが質問してもナルには自覚がないようだったが、彼女のドレスには変化が現れていた。透明になってる!


「え? いやぁっ!」


 ドレスが完全に見えなくなるとナルもそれに気づき、叫び声を上げた。局部を手で押さえてその場にしゃがみ込む。


「なにこれ!?」

 ナルは状況をまったく理解できずに混乱している。無理もない。こんな恐ろしい薬があるだろうか。

 

「ごめんなさい。実験は失敗のようね。体が透明になるはずだったのだけれど」

「そんなぁ……」


 ナルは顔を真赤にして座り込んだままだった。

 さすがの俺も彼女に同情を禁じえない。てゆうかこれ、放送事故では?

 俺がそう思ったとき、赤いワイヤーフレームで描かれたカメラのアイコンが彼女の周囲をぐるぐると回っていることに気づいた。テレビ局のスタッフが、ここぞとばかりにカメラを操作しているのだろう。放送倫理に触れないように、見えそうで見えないギリギリのラインを攻めているのだ。

 はあ。お前らなぁ……。

 俺は呆れながら、ナルのドレスの透明効果が切れるのを待った。

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