3-8 き、気持ちいい……

 エデラのポータルへと瞬間移動すると、4人の仲間たちが待っていた。

 アイリアも復活したようだ。顔色も良くなっている。


「アイリア、具合はどうじゃ?」

「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です。酔い止め薬も飲みました」

「よいどめ?」


 事情を知らないチーカが聞き返したが、俺は聞こえない振りをした。

 

               ※


 エデラの町を出ると、俺たちは深淵の谷を目指して西へと歩き始めた。

 先頭を行くアイリアの歩調は軽やかで、どうやら完全復活したようだ。ありがたい。彼女が敵に目を光らせながら歩いてくれることで、俺たち全員が安心していられるのだ。


「あの……デオロン様、ちょっとうかがいたいのですが……」

 マイラが近づいてきて、もじもじと小声で話し掛けてきた。


「5人の中で、誰が人気あると思いますか?」

 人気って……視聴者による「推しドル」投票のことか?

 俺は大場の話を思い出した。投票数ランキングは、まだ公開されていないのだ。マイラは、俺なら知っているのかと思って探りを入れているのだろう。さすがは目ざとい。


「なぜそんなことを知りたいのじゃ?」

 俺が問い返すと、マイラは恥ずかしそうに頬を赤らめながら答えた。

「わたし、自分に自信がなくて……自分を変えていきたいんです。そのためには、人気のあるひとを見習うのがよいのかと思って……」


 俺に聞かれることを想定していたらしく、彼女は反論しにくい理由をつけてきた。俺は大場から途中経過を聞いているので今のところナルが一番人気であることを知っているが、そんなことを伝えたら、こいつ何をしでかすかわからない。それに、そもそも不公平で、情報漏えいはルール違反だ。


「他人と同じようにすればよいということではないじゃろう。お主ならではの方法で、活躍するのがよいのではないかな?」

「活躍……ですか」

「うむ。やはりモンスターとの戦闘で成果を上げることが基本ではないかな」


 本当は、『お前はすぐ死ぬし、回復魔法も遠隔で使えないダメキャラだからな!』と付け加えたかったが、こんな本音をぶちまけてしまっては、奥ゆかしいデオロンのキャラクターが崩れてしまう。俺はぐっと言葉を飲み込んだ。

 マイラは無言だったが、何か考えているような表情だったので、多少は効果があったかもしれない。

 その時、先頭を行くアイリアが武器を構える音がした。敵襲だ!

 敵は5体。ジャラシ系の「ドクジャラシ」だ。

 フサフサの体毛には緑色の液体が滴っており、いかにも毒攻撃を放ってきそうだ。

 いつものようにアイリアが先陣を切って敵に攻撃を加えようとしたとき……


「えーいっ!」


 真っ先に攻撃を仕掛けたのは、マイラだった。

 柄の先に鉄球がぶらさがった武器「モーニングスター」をぶるんぶるんと力まかせに振り回している。

 無茶しやがって、死ぬぞ!

 しかし「きゅん!」と可愛い音を立てて消滅したのはドクジャラシのほうだった。


「やった!」

 マイラは満面の笑みを浮かべた。よほど嬉しかったようで、そのまま次のドクジャラシのほうへと走り出した。こいつ、もしかして攻撃向きのキャラクターだったのか?

 そんな様子を呆気にとられて見ていたアイリアとチーカも、ようやく気を取り直して攻撃を始めた。


「痛っ!」

 アイリアがうめき声を上げる。見ると、体から緑色の煙が立ち上っている。ドクジャラシの体毛に触れてしまったらしい。ライフゲージがじわりじわりと減っている。それを見て、チーカは敵に近づくのを諦めて、忍術魔法の印を組み始めた。そうだ。敵に触れないよう、遠隔攻撃を使うほうが得策だ。ナルも後方でダンスを始めていた。時間を稼げば勝てそうだが、それまでアイリアが持つかどうか……。

 その時、アイリアの体にガラスの小瓶がぶつかった。ガラスは砕け散って消失し、紫色の煙が立ち上った。なんだ?

 小瓶が飛んだ放物線を逆にたどってみると、そこに立っていたのはカリサだった。そうか、錬金術師のスキルで毒消し薬を合成したのだ。

 ふたたびアイリアを見やると、緑色の煙は消え失せ、ライフゲージの減少も止まっていた。

 カリサが初めて戦闘に参加したのだ。

 俺がカリサを見ると、照れくさそうにそっぽを向いている。本当は嬉しいくせに、まったく素直じゃないやつだ。


 チーカのボルトバレットとナルのファイヤーボムが炸裂したことで戦況は逆転した。残るドクジャラシは1匹だけだったが、マイラが突撃し、大きく振り上げた鉄球を叩きつけると、ドシュッと潰れるような音とともに吹き飛んだ。

 ファンファーレが鳴った。

 

 戦闘は終わったのだが、マイラは前かがみになって地面を見つめたまま、はぁはぁと荒い息をしている。足元に近づいて見上げてみると、彼女は恍惚こうこつとした表情でつぶやいていた。

 「き、気持ちいい……」

 あらら。どうやらモンスターを殺す気持ちよさに目覚めてしまったようだ。

 俺がしばらく凝視していると、マイラはようやく視線に気づいたようで、はっとした表情をすると、身をよじらせながら泣きそうな声を出した。

 

「――こ、怖かったですぅ」


 いや、モンスター3匹倒したあとに言われましても……

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