3-3 わたしのこと、どう思うの?

 賢者の部屋を脱出した俺たちは、唐突にフィールドに投げ出された。

 

 いつのまにかゲーム時間が経過していたようで、すでに空は夕暮れに染まっている。

 現在位置を確認しようと思い、俺はメインメニューを開き、全体マップを表示させた。

 ――賢者の部屋に入った場所から大きく北東に進み、大陸の東端にいるようだ。さらに北に進んだところに、町を示すアイコンが表示されている。とりあえずこのアイコンを目指したいところだが、どうしたものか。このまま進むとフィールドの真っ只中で夜を迎えてしまいそうだ。視界が効かない中でモンスターに襲撃されるのは御免被りたい。


「もう夜が近い。今夜はここらで野営するとしようかの」


 俺がキャンプインを提案すると、ナルは嬉しそうに小躍りしてみせた。

「お。キャンプだね。楽しそう!」

 メインメニューからキャンプを選ぶだけでも時間を進めて朝にすることはできるのだが、場所は慎重に選ばなければならない。キャンプ中に襲撃されてしまうと無防備な状態で攻撃を受けることになり、最悪、パーティ全滅の可能性もあるからだ。

 俺たちはしばらく周囲を散策し、切り立った崖に沿って平らになっている好地を発見した。

 

「私は薪になりそうな木を集めてくるとしよう。マイラ、一緒に来てくれるか」

「え? わたし?」

 突然指名されて、マイラは面食らった様子だ。

「ああ。運ぶのを手伝ってくれ。このパーティ一番の力持ちだからな」

 アイリアはロングソードを装備して森の中へと入って行くが、その後に続くマイラは複雑な表情だ。『いちばんの力持ちと』いうパワーワードを素直には受け入れられずにいるのだろう。

 

「ナル、すまぬが乾燥した小枝を集めてくれんかの」

「うん。わかった!」

 ナルは周囲をキョロキョロと見回すと、さっそく目ぼしい枝を見つけては小脇にかかえ、集めはじめた。俺は手助けを頼もうとカリサを見たが、それを予期したのか、彼女は腕を組み、プイと空を見上げて目を合わせないようにしている。誘っても無駄なようなので、俺は諦めて自分でも枯れ枝を集め始めた。しかし、やり始めてみて、あまりの効率の悪さに気付かされることになった。猫は枝を口に咥えて運ぶしかないのだ。しかも、運搬中は口が塞がってしまうので喋ることもできない。このときばかりは人間の体が恋しくなった。

 

 しばらく黙々と枝を集めていると、なんとなくナルの視線を感じたような気がした。彼女を見ると、俺のことを凝視していたようで、思いっきり目が合ってしまった。――何か言いたいことがあるのだろうか。俺は猫らしく、小首をかしげてみせた。

「あの話、なんかいいなって思っちゃった」

「あの話?」

「うん。猫は相手の外見なんて気にしてないって話」

「ほお。なにゆえそう思ったのじゃ?」

 ナルは手に抱えていた小枝を野営地の中央に置くと、パンパンと手を叩いてホコリを落としてから身をかがめ、真正面から俺のことを見つめた。

「わたし今、こうやってデオロンと話してるけど、デオロンの中のひとがどんな外見なのかなんて、全然気にしてないんだよね。これってなんかすごく新鮮だなって思うの」

「ほう」

「見た目に影響されないぶん、なんか相手の本当の部分が見えてくるような気がする。――デオロンって、すごくいいひとなんだなって感じるし、この感覚は間違ってないって思えるの」

 美少女に近距離で見つめられながら褒められると、枯れ果てたおっさんの心も激しく動揺した。だが、落ち着け俺。彼女とは年も離れているし、物理的にも離れている。変な勘違いをしちゃいけない。

「お主にそう思ってもらえるのなら……光栄じゃ」

 俺が大人の対応で無難に礼を述べると、ナルは少し残念そうな顔をした。

 

「デオロンは……わたしのこと、どう思うの?」


 え? どうって言われても……。嫌いじゃないことは確かだが、好きだなんて答えたら誤解されそうだ。かといって興味なしとか何とも思ってないって返答も違う気がする。――どう答えたらいいんだ?

「お、お主の勇気には正直、敬服しておる」

 俺は恋愛感情からできるだけ話を逸らそうと、苦し紛れの返答をした。

「勇気? わたしが?」

「……うむ。相手が凶暴なモンスターでも、内向的な少女でも、心を開いて対話しようとするじゃろ。拒絶されれば自分が傷つくというのに――」

「それは……」

「たくさん傷ついたぶんだけ、きっとお主は人の気持がわかる優しい人間になっていくじゃろうて」


 とっさに恋愛感情を超越した老人らしいセリフをひねくりだしたのだが、これは俺の本音でもあった。彼女はまだ若いが、対人コミュニケーションに関しては、俺よりも経験を積んでいるように思う。

「……ありがとう。そんなふうに言ってもらったの初めてだな」

 ナルは照れくさそうに頬を赤らめると、俺から目線を外したまま独り言のように話した。


 「あのさ、デオロン。わたし……」


 俺は言葉の続きを待ったが、彼女にしては珍しく口ごもっている。

 

「ん? なんじゃ」

「え、と……」


 ナルは無言のまま俺の体を抱えあげると、目を閉じてぎゅっと抱きしめた。

 彼女からの情愛の念が、ボディスーツを通じて俺の全身へと伝わった。

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