3-2 なにもわかってないのね

 しばらく地下の斜面を滑り落ちた後、俺は硬い床の上にシュタっと着地した。

 猫の優れた平衡感覚と、衝撃を吸収してくれる柔軟な四肢のおかげだ。


「痛っ!」

 

 続いて他の4人も落ちてきたが、みな床に腰を打ちつけて悲鳴を上げた。

 床の上に折り重なって醜態をさらしている人間たちを後目に、俺は周囲を見渡した。

 そこは石の壁で囲まれた小さな部屋だった。

 窓は無かったが、天井が鈍く光っており、室内を照らしている。

 石碑に書かれていた「賢者の部屋」とは、この場所の名称なのだろう。


「なんなのだ、この部屋は……」

 

 真っ先に立ち上がったアイリアが室内を見回しながらつぶやいた。


「これは、なんだ?」


 彼女は床に何かを見つけたようだ。低い視点のままでは見にくいので、俺はアイリアの肩に駆け上がり、床全体を見下ろした。

 そこには4つのパネルが置かれていた。

 パネルにはそれぞれ動物の絵が描かれている。


「ここは賢者の部屋。提示された謎を解けば、脱出できるはずじゃ」


 俺はそう言いうと改めてじっくりとパネルを見下ろした。

 仲間たちも4枚のパネルを取り囲むようにして集まる。

 パネルに描かれた絵のうち、ライオンとトラはすぐに判別できた。残りの2枚はヒョウのように見えたが、よく見ると片方の絵には目の下に黒い線が描かれている。――チーターだ。

 この中から仲間外れを選ぶことが問題なのだとしたら、答えはチーターだろう。他の3つはいずれもヒョウの仲間だからだ。ただ、ここで俺が答えてしまうと、番組としては盛り上がらない。アイドル候補者たちに考えてもらうべきだろう。


「この4枚から仲間外れを選ぶとしたら、どれかな?」

 俺が誘導するように問いかけると、真っ先に答えたのはナルだ。

「ライオン? 百獣の王だし」

「曖昧な理由じゃな。ライオンよりトラのほうが強いとも聞くぞ」

 ナルがぎゃふんと黙ると、カリサが「ふんっ」とバカにしたような笑い声を上げた。

「なにもわかってないのね。絶対的な基準で一番と言えるのはチーターよ。チーターが走る速度は地上最速。時速100キロを上回ると言われているわ」

 そう言ってカリサはチーターのパネルに足を乗せ、体重をかけた。

 するとどこからかピンピロリーンという効果音が聞こえた。

 走る速度が一番速いことは仲間外れとは言えないので理由としては間違いだが、回答としては合っていたので正解とみなされたようだ。

 次第に周囲が暗くなったかと思うと、体がふわりと浮かぶような感覚に襲われた。

 俺たちは再びドスンと床の上に落下した。

 

 そこは先程までいた部屋と似たような場所だったが、床のパネルの絵は違っていた。

 今度の絵は、魚、イカ、玉ねぎ、ブドウだ。

 最初の関門をクリアしたことで、次のステージへと進んだということだろう。

 改めてパネルを見比べてみる。

 イカ、玉ねぎ、ブドウは、猫の健康を損なうため与えるべきではないと言われている食物だ。いっぽう魚は大好物。仲間はずれは魚だろう。

 今思えば、さっきの部屋も猫科の動物に関する問だった。俺たちは猫に関する理解の深さを試されているのだ。

 

「ブドウだけ、フルーツだから仲間はずれ……とか?」

「バカなの? 魚とイカと玉ねぎは仲間じゃないでしょう」

「す、すみません」

 マイラが自信なげに発言したが、カリサに一刀両断にされてしまった。どうやらカリサは一問目を正解したことで自信をつけてしまったようだ。


「答えは明白。仲間はずれはブドウよ」

 

 え? どうゆう理由だ?


「魚、イカ、玉ねぎ、ブドウを英語にしてみればすぐわかるわ。Fish, Squid, Onion, Grape。そう。ブドウにだけ『i』が含まれていない」


 そう言うとカリサはブドウのパネルに向かって歩き出した。

 確かにそうなのかもしれないが、多言語対応のリヴァティで特定の言語に限定した問題が出されるわけがない。出題者の意図を読み取らなきゃだめだ。

 俺はしゅたっとカリサを追い抜くと、魚のパネルの上に乗っかった。


「あーっ!」


 不意をつかれたカリサは抗議の声を上げたが、正解のチャイムが鳴ったことで、自分のほうが間違っていたことに気付かされた。


「あ、すまんすまん、猫は魚が好物なんでな。思わず選んでしまったわ」

 俺が苦しい言い訳すると、再び風景が暗転を始め、俺たちの体はふわりと空中に持ち上げられた。

 

 3番目のステージは、やはり似たような部屋だった。

 俺はアイリアの肩の上に乗せてもらうと、4枚のパネルを見下ろす。

 今度の絵柄はすべて同じだった。猫の眼だ。ただし、色はすべて異なり、青、緑、黄、赤に塗られている。猫に関する理解を問うための問題なのだとしたら、正解は赤だろう。猫は赤い色を認識することができないからだ。


「色の三原色ならば緑が仲間はずれだが、光の三原色だとしたら黄色が仲間外れになってしまうな」

 アイリアは三原色に着目したようだが、自分で断念してしまった。ナルとマイラは降参したようで、正解を求めるようにカリサへ視線を向けた。

「簡単よ。これはそのまま、猫の目の色を表しているわ。その中から仲間外れを探せばいいだけのこと」

「なるほど! じゃ、答えは?」

「……」

 ナルが感心したように聞いたが、カリサは答えようとしない。代わりにチラチラと俺のことを見ている。


 正解がわからないのだろう。俺はヒントを出してやることにした。

「そういえば……人間の眼には色を認識する細胞が3種類あるのに対し、猫には2種類しかないそうじゃ」

「そうよ。常識とはいえ、よく知っていたわね。褒めてあげる」

「……」

 カリサは尊大な態度を続けていたが、何も言わないので再び沈黙が訪れてしまった。


「つまり答えはどれなの?」

 ナルが素朴な疑問をぶつける。

「つまり、答えは……」

「答えは!?」

「デオロン、あんたに選ばせてあげるわ」


 ずこーっ!

 あやうく俺はアイリアの肩からずり落ちそうになった。

 これ以上のヒントを出すわけにもいかないし、不正解になって元に戻されても困るので、俺は礼を言うとアイリアから飛び降り、しぶしぶと赤い目のパネルに乗った。


 正解のチャイムが鳴り、俺たちは無事、賢者の部屋からの脱出に成功した。

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