2-10 へ? わたしですか?

 映像に映っていたのは、緑色のコートを着た初老の男だった。

 金色の文様に縁取られた帽子には、狼をあしらった紋章が描かれており、彼が何らかの権威ある組織に属していることをうかがわせた。

 男は石造りの舞台の中央にある穴から、拳ほどもある巨大な宝石を取り出し、持ち去って行った。


 水晶玉に表示された映像はそれだけだったが、目の前にある石舞台には、映像で見たのと同様に穴が空いている。まさにここから宝石が持ち去られたのだ。

 あの宝石が何なのかはわからないが、猫を凶暴化させ、鉱夫たちを追い出してまで手に入れたかったものなのだろう。


「オリゴン村に戻ろう。この猫を連れ帰らなければならんしな」


 俺はメインメニューを開き、ポータルのリストから、オリゴン村を選択した。

 フォンフォンフォンという風を切るような効果音とともに、俺たちを囲むように地面から光の帯が立ち上った。

 体が浮くような感覚のあと、周囲の風景が白く変わって行く。ゲームサーバーからオリゴン村のデータがダウンロードされると、風景が蘇るとともに、様々な音が耳に入ってくる。小川のせせらぎ、小鳥のさえずり、そして村人たちの喧騒。訪問も3回目ともなると、まるで故郷に帰ってきたかのような安心感を覚える。


「どーもー」

 

 ポータルを出ると、ばつの悪そうな表情で手を振っているナルと再会した。

 空間移動中にゲーム内時間が進行したため復活したようだ。

 すっかり普通の猫に戻ったテイタスの姿に気づくと、はーいと小さく手を振った。

 テイタスは「にゃー」と鳴くと、ナルの元に歩み寄って足首のあたりに体をすりつけた。

 さっきはごめんと謝っているのだろうか。

 ナルはテイタスを抱き上げると、ぎゅっと抱きしめた。

 両者の和解が成立したようだ。


「死んでしまって、すみませんでした」


 ナルの後ろからマイラが現れ、ペコリと頭を下げた。

 マイラは茨の森で死んだので、だいぶ久しぶりな感じがする。

 能力値の振り分けを失敗したうえに、革の鎧を嫌ってメイド服を買ったために死んだのだから、完全に自業自得で同情の余地はまったくない。それはきっと本人も理解しているだろう。――そう信じたい。

 

「復活おめでとう。またよろしくな!」


 アイリアが男気のあるセリフで再開を歓迎すると、ナルとマイラは安堵の表情を浮かべた。

 もっと慎重な行動をするようにと説教したいのはやまやまだったのだが、俺は衝動をぐっとこらえた。

 クエストが終わった直後は、心地よい達成感を共有するべきだろう。

 

 俺たちはパーティを組んで歩き始めた。

 よくよく考えれば、フルメンバーで歩くのは今回が初めてだ。

 1匹の猫と5人の人間。

 傍から見ると、なかなかシュールな光景かもしれない。


 教会に近づくと、1匹の猫がトコトコと近づいてきた。

 雌猫のエザーだ。

 テイタスもエザーに気づき、2匹は互いの周りをぐるぐると回りながら、互いの体毛をこすり合わせた。

 言葉はなくとも、喜びは伝わってくる。

 二匹の戯れる様子を見ていると、ようやくクエストを完了したという実感が湧いてきた。

 

 今後にそなえて買い物でもしておくか。

「金もたまったことだし、少し買い物をしておくかの」

 俺はそう言って装備屋へと歩き始めた。パーティ全体の生存率を上げるには、マイラの死亡率を下げることが最優先だ。しかし革の鎧は絶対に着ようとしないだろう。だとすれば……

 装備屋につくなり、俺は店主に尋ねた。


「モーニングスターはあるかな?」

「はい。ございますとも。1,000RIVになります」

 店主は店の壁の棚から、ズシリと重い金属製の武器を取り出した。拳ぐらいの棘のついた鉄球が、金属の鎖で棒の先に取りつけられている。悪くない。俺は金を渡した。

「どなた様が装備されますか?」

「むろん、そこにいる神官じゃ」

「へ? わたしですか?」

 きょとんとしているマイラに、店主は武器を手渡した。

「わたし、こんな重い武器、扱えるかどうか……」

「マイラ。お前の体力は1しかないが、筋力は16もある。これを振り回すだけで、自分の身を守ることができるじゃろう」

「なんというか、わたしのキャラクターと合わないような気が……」

 マイラは不服そうな顔をしていたが、俺が「これが嫌なら、革の鎧を着てもらうかの」と脅すと、「わかりました」と笑顔で即答した。


 さて、これで旅の準備も整ったが、問題は次の目的地だ。

 例の男の特徴的な服装はしっかりと記憶したが、それだけでは干し草の山から針を探すようなものだ。

 俺が考えあぐねていると、「にゃあ」と泣く声が聞こえた。

 振り向くと、エザーがこちらを見ている。

 彼女は村の出口に向けて歩き出し、しばらく進むとまた振り返って、「にゃあ」と鳴いた。

 どうやら「ついてこい」と言っているようだ。

 

「エザーは次の目的地を知っているようじゃ。わしらを案内してくれるのじゃろう」

 俺は仲間たちを見回した。

 アイリアは大きく頷き、マイラも「もちろんデオロン様に従いますわ」と後に続く。ナルはいつのまにかテイタスを抱きかかえていたが、別れを告げると、エザーのもとへと歩きだした。

「カリサ、お主はどうする?」

 俺は、関心無さそうにそっぽを向いているカリサに声をかけた。

「興味深い事象に遭遇してしまった以上、ここで離脱するなどありえないことよ」

 

 そう言って彼女はスタスタと歩きはじめた。

 後に残ったのはチーカのみ。

 彼女は大きく息を吸い込むと、カメラに向かって大声で叫んだ。


「それじゃあ、CMいってみよー!」

 

 タリラリラーンという脳天気なファンファーレが鳴り響くと、視野の中央に「Intermission」と書かれたダイアログが出現した。

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