第6話 避けられない未来

 時計の針が時を刻む。


 いつもは気にならない音が、今はやけに騒がしい。


「どうぞ、入ってください」


 僕は看護師に呼ばれるまま病室に入った。


 有栖の身体が心電図に繋げられ、心臓の鼓動に合わせて心電図のピッ、ピッと言う電子音が鳴り響く。


 まだ、有栖は生きている。・・・・・・・・・・・


 どうしようもない無力さを感じながら、僕は目の前の有栖を見た。


 呼吸器に繋げられた有栖は今、生と死の狭間にいる。


 生きて欲しいと言う願いは、もはや叶うことがない。


 今、僕がここにいるのは、死に行く有栖を看取るためなのだから……。


 今日の朝、有栖の母親から危篤状態になったと連絡を受けた。


 一度、危篤になってしまえば、もう回復の見込みはない。


 有栖の意識はもう戻ることはない。


 有栖は呼吸器に繋がれてやっと呼吸をしているが、それも長くは持たない。僕は有栖の顔を見ていられなくて、思わず目を逸らした。


「篤史くん……そこに……いる、の」


 喋るはずのない有栖の声がハッキリと病室に響いた。


 有栖の父親は驚いて僕の方を向く。


「話してあげて欲しい」


 僕は迷うことなく、ベッドに近づく。


「ここにいるよ」


「そっか、……良かっ、た」


 有栖は手をゆっくりと伸ばして、僕の手を握ろうとする。


 僕と有紗の手が触れる瞬間。


 突然、その手がすとんと落ちた。


「有栖!!」


 有栖の手が落ちていくのと、心電図のグラフが動かなくなるのが重なる。


 僕はベッドに落ちた有栖の手を慌てて握った。


 それと同時にピーっと言う電子音だけが警笛のように病室内に鳴り響く。


 あまりにもあっけない最期だった。


 有栖はきっと最後の力を振り絞って、手を上げたのだろう。僕の手の中に冷たくなった有栖の手がただそこにあった。


 年配の看護師が僕に近づいきて、肩を叩く。その手は涙で濡れていた。


「有栖ちゃん、頑張ったんだよ。本当にね……」


「ありがとうございました」


 僕は頭を大きく下げる。有栖の家族もそれに従ったように見えた。


――――――

 

「今までありがとうね」


「有栖も、あなたのおかげで救われたよ」


「篤史くん、ありがとう」


 有栖が息を引き取ったのは花火大会から三日後だった。お泊まりデートの後、すぐに体調を崩した有栖はその日のうちに入院して、次の日には危篤状態になった。死に顔は眠っているようにさえ見えた。


 有栖がなくなると、慌ただしく葬儀の手配から霊柩車の手配まで、まるで用意されてたかのように話が進んでいく。これが亡くなると言うことなんだ、と僕はその光景を見ながら感じた。


 悲しいのだけれども、有栖が死んだという実感が湧かなくて、なぜだか涙が出てこなかった。


 その日は一度家に戻り、次の日のお通夜で最後の別れをした。そのまま残ることもできたけれども、家族葬をすると言うことだったので、葬儀には参列しなかった。


 いや、頼めば参列できただろう。僕には有栖と向き合う勇気がなかったのだ。


 家に帰ってベッドに横になっていると手紙のことを思い出す。机の二段目に入れたままだった、思い出し慌てて机から取り出しハサミで封を開けた。


『篤史くんへ。この手紙を読んでいると言うことは、わたしはもうこの世にはいない、と言うことですね。悲しんでくれてますか……』


 あたりまえじゃないか。この日を回避するために、何かしようと思い何もできなかった。


『あたりまえじゃないか、と言ってくれてるかな。篤史くん優しいから。だからこそ、篤史くんには前を向いて歩いて欲しい。でも、わたしのこと忘れてって言っても聞いてくれないよね……』


 一生、有栖しか愛さない、と決めたんだ。


『きっと、篤史くんはわたししか愛せないと思ってると思います』


 僕は手紙を読みながら、本当に有栖は僕のことだけを心配してたと気づく。


『だからね、ふたりが上手くいくいい方法を探しました。今度こそ幸せになろうね。篤史くんには言っていることは、分からないと思いますが。試しにわたしが亡くなる今日のことでも言ってみようかな?』


 何を言ってるんだ。有栖からこの手紙を受け取ったのは亡くなる三日前。書いたのはそれよりも前だろう。今日のことなど分かるはずは無い。


『分かるわけないよね。書いたのは三日前だもの。だから、わたしが最後に力を振り絞って、手を伸ばすなんて分かるわけがないよ』


 えっ……。そうだ、有栖はこの手紙と同じことをしようとしたのだ。あり得ない話だが、そうとしか考えられない。ただ、それだと三日前と知っていることの説明がつかない。ただの偶然だろうか。


『篤史くんの感想はどうかな? 驚いた? それとも偶然かな。でもね。それは残念だけど違うんだよ。まあ、そこら辺は今後分かってくると思うから……』


 待っててね。有栖の手紙は、その文で終わっていた。僕は有栖がどこかにいるように思えて辺りを見渡す。霊になってでも会いに来たのなら、それは嬉しいことだ。


 ただ、待っててね、と言う言葉がずっと頭に残って離れなかった。


 有栖からもらった時計には、有栖の亡くなった翌日と表示されていた。



――――


どう言うことでしょうか。


遅くなりまして、ごめんなさい。


今後ともよろしくお願いします。


いいね、フォロー待ってます。


予告にも書きましたが、本編と分けます。

毛色がかなり違うためです。

土曜日には本編をあげていきたいと思います。

そちらもよろしくお願いします。

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君がいない世界で生きている僕と、遺された手紙の真相(プロローグ) 楽園 @rakuen3

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