腕に抱かれて

脳幹 まこと

今でも私を温めて


 幼馴染だったユウ君。

 彼はずっと私に勝てませんでした。

 でも頑張り屋さんだった彼は、折れることなく体を鍛えたり、野球やサッカーを習って、私に立ち向かってきました。

 少しずつ体つきも成長してきて、とても微笑ましかった。


 まあ、そのたびコテンパンにしちゃってましたが……


 そんな経緯もあって、同い年だったのに「お姉さんと弟くんのようだ」と周りに揶揄われていました。



 時が経って、彼と私はそれぞれ警備員と看護師になりました。


 彼は日頃トレーニングを欠かさず、がっしりした体型を手に入れていました。

 もう子供の頃のように、じゃれあったりはしませんが、私は彼にとって、遥か高みにいる人だと思われていたようです。


「人を守る仕事をするようになってから、より腕が鍛えられている気がするんだ」

「私の腕だって人を守ってるんだけどな」

「ごめん、そうだよね。でも、そろそろ君の足元くらいには辿り着きたくて」


 彼は申し訳なさそうに頷きました。本当に可愛いなと思いました。


「大丈夫だよ。もう私の肩くらいには来てるから」

「じゃあ、背伸びすれば、君をこの腕で守れるんだね!」


 やった! やった! とはしゃぐ彼。


 間違いなく、世界で一番好きな人だった。




 事故が起こったのは式の三日前でした。


 買い物帰りの私たちめがけて、自動車が突っ込んできました。

 信号無視、ブレーキも踏まれておらず、明らかな暴走運転でした。

 

 不意を突かれたのもあって、コンマ数秒判断が遅れました。

 その間に、私は彼にかばわれていました。


 激しい衝突音。

 直撃を受けなかったこともあって、私のダメージはそんなに大きくはありませんでした。

 しかし、ユウ君には死の寸前における兆候が見受けられました。


 この人はもう助からない。


 瞬時に判断できてしまう自分が悔しかった。

 しかし、悲しみに浸っている時間はありませんでした。

 人が集まる前にやらなくてはならないことがあります。


 車は大破していましたが、運転手の男はエアバッグに突っ伏していました。

 近付いてみると息がありました。はっきりとしたアルコールの匂いがしました。

 のうのうと、生きているのです。


 私は男の胸倉を掴むと、鳩尾めがけて貫手ぬきてを繰り出しました。

 腕は男の胸を貫通し、男は速やかに絶命しました。


 戻ってくると、彼はもう息をしていませんでした。

 改めて死を理解し、私の目から涙が零れていきました。


「庇うんだったら、私より強くなってからにしてよ……」


 でも仕方がないか、男の子だもんね。

 とっても嬉しかったよ。


 私はユウ君を抱きかかえて最寄りの病院に向かいました。

 皆さんびっくりしていましたが、すぐに処置が行われました。処置といっても葬儀屋の手配だったわけですが。

 お義母かあさんもお義父とうさんも、私の身ばかり案じていました。ひょっとしたら息子の死を信じたくなかったのかもしれません。



 葬儀がひと段落して、お義母さんがぽつりと呟きました。


優斗ゆうとね、子供の頃から、いつも貴方の話ばかりしてた。話の終わりに『あの子に会えて本当に幸せだ』なんて言って、本当にうれしそうに笑うの。親としては嬉しかったり、ちょっと妬いてたり……ごめんなさいね、年寄りの昔ばなしで」


 その後、二人で声を上げてわんわん泣きました。

 どうして一回でも、想いを伝えなかったんだろう。



 私を庇ってくれた筋肉は、今も私の寝室に置かれています。


 彼がいなくなって、仕事が辛くなることが多くなりました。

 そんな時は、彼の筋肉に寄り添って、幸せを受け取るのです。


「私もずっと幸せだったよ」


 ユウ君、これからも私を温めてね。

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