第4話 無限の迷宮004 プロローグ4


 丘の上から迷宮へ降りる階段を一歩一歩踏み進める。


 迷宮は丘の中にあるはずではあるが、内部の広さは優に丘を超える。実際誰かが確認証明したわけではないが、迷宮の中はある種の異空間であると知られている。

 誰一人声を発さず黙々と降りる。こういう時は大概ジェストが軽口を叩き場をなごませるのだが、さすがに緊張しているのか。


 階段を降りきり"エントランス"に着く。

 ライナスの迷宮に降りる冒険者はまず地下一階にある広間のような空間に辿り着く。上方数十エールの巨大な空間で、エントランスと呼ばれている。横の広さは左程でもないと聞いていたが、来てみるとやはり広く感じる。こうした構造の迷宮は珍しいらしい。

 エントランスには冒険者協会から派遣されるパーティと記録係が常駐している。以前は初めて降りるパーティがこの広場で待ち受ける魔物の群れに蹂躙じゅうりんされるような事がしばしば起こったらしい。そこで協会が中級者を常駐させることにより駆け出しの生存・冒険者の定着率が飛躍的に上がった。

 以後、エントランスは言わば迷宮攻略の橋頭保きょうとうほとして機能している。駆け出しが魔物に追われてもここに逃げ込めば常駐パーティが問題無く処理してくれる。入り口が街の中心というアクセスと併せ、"ライナスの迷宮は初心者に優しい"と言われる所以だ。


「城をしてるのか」


 ギルの言葉は、抑えてはいるが怒りをはらんでいる。


「すまない」


 場のわずかな緊張を感じたのか続けて呟く。ギルを知る者ならばその怒りを察せぬ者は居ない。


「よう、いよいよだな!」


 確かゼスと言ったか、常駐パーティの男が声をかける。今日の常駐は3人、見知った顔だ。冒険者は情報交換を目的に酒場を出入りするため顔見知りも多い。一階の魔物程度なら3~4人で難なく一掃出来る、我々冒険者の先輩だ。

 ジェストとゼスが談笑する。


「今日レインは?」


「あいつは謹慎だ、エントランス出た通路で駆け出し助けちまいやがった」

「なぁにが規則だ、上は現場をわかっちゃいねえ」

「そりゃ規則も大事だがよ、目の前で倒れて犬ッコロコボルドに首切られそうな奴を見捨てられるかってんだ!」


 そう言ってゼスは書記官…とは名ばかりのお目付け役に目をやる。今日常駐してるのがこの見知った気のいい男なのは幸先さいさきが良い。ギルは向こうのリーダーと、レノスは書記官と話をしている。

 階段を降りる時感じた固さが顔見知りと話す事で解けた幸運に、俺は僅かばかり安堵あんどした。迷宮に入る前に固定メンバーで十分に経験を積んできた俺達には、既に二階に降りるだけの力量がある。迷宮に降りる初回で想定される最大の敵は俺達自身の緊張だったのだ。


「そろそろ」


 ガイがギルに声をかける。


「そうだな」


 ジェストがエントランス中央にある簡易な古机に地図を広げる。迷宮の構造はパーティが個々で記録するのが基本だが、地下1~2階程度なら比較的安く手に入る。深部の地図も出回ってないことも無いが値が張る上に、信頼度も高くないため自分達の目と足で確認し記録することになる。

 今回の探索ルートと方針は既に決まっている。東にある玄室回廊げんしつかいろうを回りどんな相手であれ1戦すれば即座に引き上げる。まず迷宮に慣れる、慎重に慎重を期す方針だ。


 ルート確認を終えジェストが地図をしまう。ガイが角灯ランタンを点け通路の扉へ皆が目を向けたその時───。


 一陣の風が吹く。いや、毒のこもった熱波と言うべきか。否応なく毛を逆立たせる、凶悪な空気が広場に満たされる。


 ───が、そこに居る。


 広場を照らす、松明に反した闇が。比喩ではなく、文字通り闇がうごめく。


 リナが小さくつぶやく。


影の悪魔シャドウデーモン…」


 蠢く巨影は既に広場の側壁を満たしていた。





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近況ノートに無限の迷宮挿絵1 影の悪魔の挿絵があります。


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