第3話 無限の迷宮003 プロローグ3

 朝もやの中を歩く。


 まだ夜が明けきらぬ内に起きた俺は二切れのパンとミルクを胃にき込み昨晩周到に整えた装備に身を包んで家を出た。山を背に湖岸に沿ったライナスの街の中心にある丘。足早にそこを目指す。


 迷宮の入り口は丘の上に有る。丘は冒険者協会に管理されており、上にはその建物がいくつか建つ。

 かすかに朝日が差し込みかすむ街並みを抜け丘のふもとに着く。上への道はよく整備されている。装飾された階段を昇る。もはや不要な装飾だ。


 ───かつて丘の上には城があった。


 この地方を数百年治めた公爵家。街を見下ろすその城は一夜のうちに消失した。迷宮の入り口はその跡地に有る。

 城が消失した””の排除。それが迷宮の冒険者の任務であるのだが本気で成し遂げようとする者は少ない。多くは経験と財宝、名声を求めて迷宮へと向かう。


 丘を登ると5人の姿が見えた。どうやら俺が一番最後らしい。


「遅いなザック!」


「そうか」


 ジェストの言葉に俺は悪びれなく答える。朝日はまだ昇りきってはいない。


「揃ったな」


「みんな早いんですよ、ザックさんも早い!」


「ええ、ジェストさんは意地悪ですね」


「まあ俺も今しがた来たんだがな!」


 どうやら皆しっかり眠れたようだ。命を預ける仲間が緊張で眠れなかったり逆にゆるく寝過ごすような者では困る。きっと、良いパーティになるだろう。


詰所つめしょに入ろう」


 迷宮に入るパーティは前日までに協会に申請する。暗く狭い迷宮の中での同士討ちを可能な限り避けるためだ。当日は基本的に詰所でその日入るパーティを相互に確認した後に出発する。

 海に感謝する古い慣習を起源とした祭日の今日は俺達含め二組だった。向こうのメンバーはまだ揃ってないので俺達は詰所で待機する。


「先行って構わないですよ」


 先方のリーダーが俺達の出発を促す。偵察・索敵を担当する互いのメンバーが相手を認識出来ていれば多くの場合同士討ちは避けられるからだ。


「いくか」


 ギルの声で詰所を後にする。


 俺達が迷宮への挑戦を決めて4年経っていた。ここまで各種の問題を解決せねばならず、まず経済的な問題があった。装備はそれなりにかかるし訓練にも金がかかる。

 次にメンバーだ。信用出来る人格、信頼に足る技術を持ち、且つウマが合う者が理想だった。酒場・冒険者協会の紹介から即席で組むこともあるがギルは固定メンバーに拘った。

 メンバーが決まれば次は訓練だ。熟練した者はメリットが無い限り駆け出しとは組まない。駆け出しは駆け出し同士で組む。駆け出しパーティがいきなり迷宮に入っても失敗するだけだ。訓練所で基礎技術を学び協会からの依頼を幾つかこなし経験を積んだ。虎狩り、隊商の護衛、遺跡の探索、国境警備…。それらを経てやっと協会から迷宮探索の許可が下りる。

 迷宮は今日で初めてだが、俺達はこのメンバーでそれなりの経験があるのだ。それでも…。


 "迷宮"は違う。


 この世界で三十数箇所確認されている"迷宮"。

 この世ならざる者が造りし魔の宮殿。


 その深淵には…人が魔王と呼ぶ存在さえ潜む───。


「入るぞ」


「ああ」


 俺はいつものよう簡潔にギルの声に応える。

 そして俺達は、迷宮への階段を踏み降りた。

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