カッコイイし、かわいい

浅葱

脈が全くないなんてことはなかった【完結】

「いてててて……」


 腰、というか背中が痛い。

 腹筋をつけるにはコロコロがいいという話を聞き、コロコロを買ってきて三週間程励んだところ……何故か背中がものすごく痛くなった。

 身体を鍛えている友人に恥をしのんで尋ねたところ、コロコロは確かに腹筋が鍛えられるが、下手なやり方をすると背筋を傷めたりするらしい。それをもっと早く聞きたかった。

 そんなわけで俺はしばらくコロコロを中止することにした。痛みがなくなったら今度こそきちんとしたやり方を聞いてやってみるつもりである。


「ケータ、身体傷めたんだって? 大丈夫?」


 いきなり部屋のドアが開き、幼なじみの由香が入ってきた。そしてベッドに伏せている俺を見て目を丸くした。


「そんなに重傷なワケ?」

「……部屋に入る時はノックをしろといつも言っているだろう。誰に聞いた?」

「アツシから聞いたよ?」

「アイツめ……」


 いくら幼なじみだからって由香に言ってしまうとは何事だ。俺は身体を鍛えている友人の顔を思い浮かべ、明日はシメてやろうと思った。


「アツシなりに心配してるんじゃないの? で、どうしたのよ」


 由香は俺の椅子に足を組んで座った。制服の短いスカートからちらちらと白が見える。俺はそっと目をそらした。思いっきり目に毒である。


「……由香、パンツが見えるから足を組むのはやめろ」

「パンツ! なんかケータっぽい言い方だね~」


 何がおかしいのか、由香はそう言って笑い足を組むのを止めた。


「誰が見ているかわからないんだから気をつけてくれよ」

「ここで見てるのはケータだけじゃん。それで?」


 話を逸らしたつもりはなかったが、結果的にそうなってしまったようだ。俺はため息をついた。


「……筋肉をつけようと思ってな」


 そう言って棚に置いたコロコロを指さした。


「え? なんで?」

「……ヒョロでガリよりは逞しい方がいいと」

「誰が?」

「クラスの女子たちが」

「ああそう……」


 由香の目が座った。

 嘘はついていない。たまたま部活を終えて教室に戻ろうとした際、教室にいた女子たちの会話を聞いてしまったのだ。


「下山ってよくユイのこと見てるよね~」

「ええー? あんなヒョロガリやだー」

「新島君鍛えててカッコイイよねー」

「新島君の体つきはいいよね」

「ユイのえっちー」


 俺は確かに見た目ヒョロでガリである。(苗字は下山という)食べても肉がつきにくい体質らしい。そして別に沢野さん(下の名前はユイらしい)を見ていたわけではなく、沢野さんが持っていたマスコットが気になっただけである。とんだ濡れ衣だ。しかしそれを弁解するのもアレなのでほっておくことにした。

 問題は、やはり男は身体を鍛えた方がいいのではないかということだ。

 由香を眺める。

 由香は背が俺ぐらいあり、筋肉がつきやすい家系らしく身体がしっかりしているのがわかる。彼女は自分のスタイルを維持するのに努力をしているからか、身体は全体に引き締まっていてカッコイイ。髪型はセミロング。どちらかといえばかわいい顔をしているのだが、身体つきのせいで男女と呼ばれることも多いようだ。

 かわいいのにな。


「……ケータはその子たちのこと、好きなの?」

「いや?」


 何故かしばらく黙ってしまった由香が、おそるおそるというように口を開いた。即否定する。


「じゃあなんで筋肉をつけたいと思ったのよ」


 どうしてそこまで追及されなければならないのか。

 まぁいい。この際玉砕してもかまわないから言っておこう。


「俺が好きな女を抱き上げたいと思ったからだ」

「……は?」


 由香はぽかんとした。


「現実はこんな情けない状況だが……俺はお姫様だっこをすることに憧れていてな」

「待って」

「できれば由香を抱き上げられるぐらい筋肉をつけたいと」

「待てって言ってんでしょおっ!?」


 怒られた。由香の顔は真っ赤になっている。これは少しぐらい脈はあるのではないだろうか。


「そ、そそそそんなの私がケータを抱き上げればいいじゃん!」

「はい?」


 まさかそうくるとは思ってなかった。なんと由香はバッと立ち上がり、俺を仰向けに転がすといきなり抱き上げた。


「待って」


 そう言ったのは俺だった。

 情けないことこの上ない。そして背中が痛い。


「……ケータが私を抱き上げるのを待ってたら、私おばあちゃんになっちゃうわよ……」

「それはひどいな」


 由香の顔はまだ真っ赤だ。抱き上げられているのは俺なのに、由香がすごくかわいく見える。って元からかわいいんだけど。


「私、男女って呼ばれてるんだけど」

「そうみたいだな。失礼な話だ」

「女子にもよく告白されるし」

「それは聞き捨てならん。ちゃんと断ったか?」

「……断ってるわよ。私、カッコイイってよく言われるの……」


 それは俺も同意する。


「確かに由香はカッコよく見えるが、俺はそんな由香がかわいい」

「ぎゃーーー!」

「わぁっ! ~~~~~~~っっ!?」

「あっ、ごめん、ケータ! 大丈夫!?」


 俺がかわいいと言った途端、由香は俺をベッドに放り投げた。その衝撃で背を打ってしまい、俺は悶絶することになった。

 やはり筋肉は付けた方がいいかもしれない。

 かわいい彼女の為にも。



おしまい。

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カッコイイし、かわいい 浅葱 @asagi

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