もしギャルゲーに第三の選択肢、『筋トレ』があったら

かみさん

筋肉エンド




 ————……


 ——……


 ……貴方の趣味は?


 ➡体を動かしたいからスポーツ

  静かに読書

  漢は黙って筋トレ


  体を動かしたいからスポーツ

 ➡静かに読書

  漢は黙って筋トレ


  体を動かしたいからスポーツ

  静かに読書

 ➡漢は黙って筋トレ



 ➡『男は黙って筋トレ』






 ダッダッダッ……。


 晴れ渡る空に白い雲。

 肌を焼く日の光は無情にも体力を奪い、俺の気力を焼き尽くそうとする。


 なんでこんなことになったんだろう?


 いや、分かってる。

 ただ、寝坊しただけ。


 慌ててパンを腹に収め、大急ぎで住宅街を走り抜ける。

 額から流れる汗がうっとしいが、遅刻しないためには仕方がない。


 ダッダッダッ……!


 息が切れ、背中は汗でぐっしょりだ。

 だけど、それもあと少し。


 見えてきた曲がり角。

 それを越えれば、すぐに学校にたどり着く。


 ダッダッダッ!


「もう少しだ……!」

 

 近づいていくゴールに自然と笑みが漏れる。

 あと少し……あと少し……。


 必死に足を動かし、曲がり角へ。


 ——遅刻、ちこぐふっ!?


「ん?」


 今何か当たったような……?


 いや、気のせいだろう。

 これも暑さのせいだ。

 きっと、そのせいで変な音が聞こえたに違いない。


 一度止めかけた足を再び動かし、学校への道のりへと戻る。

 曲がり角の先に見えた学校。

 その上に広がる空も、やっぱり青かった。


(倒れ伏すヒロインのカットイン)



 🍖  🍖  🍖



「ここで転校生を紹介します。さ、入ってきて」


「初めまして、○○学園からきま……し……ああ!? あんたは!」


 ————……


(少し時が流れて)


 ……————


「ちょっとあんた! この後付き合いなさいよ!」


 ➡わかった

  約束がある

  筋トレがある


  わかった

 ➡約束がある

  筋トレがある


  わかった

  約束がある

 ➡筋トレがある



 ➡『筋トレがある』



「は? ふざけてんの!? いいから来なさい!」


 転校生が手をのばし、去り際の手を掴む。


「う、動かない……! あんた! どんな力してんのよ!?」


 ズルズル……(ヒロインが主人公の手を掴み、引きずられるカットイン)


「ちょっと!? なに引きずってんのよ!? 待ちなさい! ああ! 待って!?」


 パッ!


 転校生が手を放す。


「ようやくこっちを見たわね! 私は青山 彩夏! あんたは?」


 ➡竹月 力……

  …………

  筋トレの邪魔をするな


  竹月 力……

 ➡…………

  筋トレの邪魔をするな


  竹月 力……

  …………

 ➡筋トレの邪魔をするな



 ➡『筋トレの邪魔をするな』



「は? なに言って……ちょっと!? 待ちなさいよぉぉぉ!!!」



   🍖  🍖  🍖



 青山はずぶ濡れになっていた。

 雨は降っていない。

 それどころか、さっきまでは濡れてはいなかった。

 なのに、教室に出て、帰ってきたらこのありさまだ。


「ちょっとね……あんたは気にしなくていいのよ……こっちの話なんだから」


 ➡そういうわけにはいかない

  そうか……

  (今日はどこを鍛えようか……?)


  そういうわけにはいかない

 ➡そうか……

  (今日はどこを鍛えようか……?)


  そういうわけにはいかない

  そうか……

 ➡(今日はどこを鍛えようか……?)




 ➡『(今日はどこを鍛えようか……?)』



 「…………ぐすん……」



  🍖  🍖  🍖



「なんで来たのよ! 来なくていいって言ったのに! なんで……なんで……」


 ➡ほっとけないだろ!

  じゃあ帰る……

  あっ、筋トレの途中なんで


  ほっとけないだろ!

 ➡じゃあ帰る……

  あっ、筋トレの途中なんで


  ほっとけないだろ!

  じゃあ帰る……

 ➡あっ、筋トレの途中なんで

 


 ➡『あっ、筋トレの途中なんで』



「え? いっちゃうの? 待って! 待ってよぉ……」


 青山が何か騒いでいるがどうでもいい。

 それよりも、足回りの強化だ。

 幸い、今は土砂降りの雨。

 ぬかるんだ足元は、足腰を鍛えるのに最適なのだ。



 🍖  🍖  🍖



「あんたは……私の事をどう思ってるの?」


 上目づかいで見つめられる。

 瞳は潤み、零れてしまいそうな雫を堪えて、青山は俺を見つめていた。


 ➡好き、なのかもしれない……

  分からない……

  筋肉は……裏切らない……!


  好き、なのかもしれない……

 ➡分からない……

  筋肉は……裏切らない……!


  好き、なのかもしれない……

  分からない……

 ➡筋肉は……裏切らない……!

 


 ➡『筋肉は……裏切らない……!』



「そう、そうなのね……」


 踵を返し、青山は俺の元を去る。

 その背中は小さく、震えているように見えた。


(去っていくヒロインのカットイン)



  🍖  🍖  🍖



 ——————


 ————


 ——


 いーち!!!!


 にーい!!!!


 さーん!!!!


 汗が零れ落ちる。

 熱を宿した身体からは湯気が揺らめき立ち、酷使した筋肉は悲鳴を上げている。

 

 しかし、それがいい。


 酷使した分、筋肉は答えてくれる。

 酷使した分、肉体は応えてくれる。


「兄弟! 今度はどこを鍛えるんだっ!?」


 黒く、大きく、厳ついブラザー。


 筋肉を見つめ——


 筋肉と生き——


 筋肉を鍛え続けた結果——


 かけがえのない友を得た。


 代わりに無くしてしまったのは、ちっぽけな存在。

 儚げに去っていった彼女は、今何をしているのだろうか?


「どうした兄弟?」


 心配そうにこちらを伺うブラザーに心配ないと告げる。


 そうだ、どうでもいい。

 全ては筋肉だ。

 筋肉は全てを裏切らない。


 そして俺は、今日も筋肉と対話を続ける。


 よし! この後はどこを鍛えようか……!


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