腕相撲で負け続けた俺は

清水らくは

腕相撲で負け続けた俺は

「うぬぬ」

「ふんっ」

 右腕が、机にたたきつけられる。みんなが溜息を吐く音がハモった。

「負けた……」

「何度挑んでもむーだ」

 香奈枝かなえは、胸を張っている。椅子に座っていてもわかる、強そうな体。足も腕も太く、それでいて体は太っていない。この女はきっと、筋肉の塊である。

「明日の俺は今日より強いからな!」

「あたしもだよ」

 香奈枝は、不敵に笑っている。自信満々だ。そりゃそうだ、小学六年生の時から、四年間ずっと俺に勝ち続けているんだから。

 香奈枝とは幼馴染だが、昔から体ががっしりとしていた。俺も小さい方ではなかったが、「保司やすしは弱そう」と言われ続けて、腹が立っていた。俺も男だ、腕相撲で勝負しろ! と言ったところ、受けて立たれたのだ。

 完敗だった。

 次の日も挑んだが、全く歯が立たなかった。なんて強い女なんだ! と思った俺は、筋トレを始めた。毎日、香奈枝に勝つことだけを目標に腕立て、腹筋、ランニング、その他なんか強くなりそうなことを毎日した。

 完敗続きだった。香奈枝はとんでもなく強かった。

 中学生になっても挑み続けた。いい勝負になってきている気がしたが、やっぱり勝てない。香奈枝はいつも笑った。「弱いなー、保司」



 中学二年生の時、香奈枝とは別のクラスになった。放課後勝負を挑みに行こうとすると、教室から何やら深刻そうな声が聞こえてきた。思わず俺は、廊下で立ち止まった。

「好きです、付き合ってください!」

 男子が告白している! ドアの隙間から、教室の中を覗いた。男子の顔は見えなかったが、告白されている長身の女子の顔は、見覚えがあった。

「ごめんね。それはできないな」

「そっか……。理由、聞いていい?」

「私、自分より強い人じゃないと、付き合えないかな」

 急に鼓動が早くなった。誰がふられたのかわからないけれど、俺でも同じことを言われたのかもしれないのだ。そして強い男が現れたら、オッケーするかもしれない? と考えると、とても苦しかった。

 その時俺は初めて、自分の気持ちを意識したのだ。本当に、強くならなきゃ。

 だが、俺はずっと負け続けて、そのまま卒業してしまった。



「で、お父さんはいつ勝ったの?」

 そう言った後、娘が唇を尖らせている。どうも思ったような話の展開になっていないようだ。

「勝ってないよ」

「えっ」

「知ってるだろ? お母さんは今でも筋肉馬鹿だ」

「じゃあ、どうして結婚したの?」

「そりゃあ、お母さんの方から告白してきたのさ。それでしょうがなく俺が付き合ってあげることに……あっ」

 いつから聞いていたのだろう、鬼の形相をした香奈枝が、俺の前に立っていた。

「筋肉馬鹿? 保司が弱っちいから助けてあげたくなっただけよ」

「ひー、こわいこわい」

「負け続けて悔しくないの? 何ならまた勝負する? 負けたら離婚ね」

「え、いやいや、そんな大人だぞ、俺ら」

「お父さん逃げるの?」

 娘のつぶらな瞳が、俺のことを射抜いていた。

「そうよ、逃げるの?」

 香奈枝は、微笑んでいるが目は笑っていない。

「あーわかったよ! でもさ、一分もったら許してくれない?」

 そう言って俺はテーブルに肘を置いた。香奈枝も構える。手を握った瞬間あの頃を思い出し……いや、あの頃より威圧感あるな……

 そして勝負は……瞬殺だった。

「やっぱり弱い。こんな弱いお父さん、私が守ってあげなきゃねー」

 そう言うと香奈枝は、娘に対して笑顔を見せた後、俺に対して思いっきりあっかんベーをした。

「お父さん頑張って。明日のお父さんは今日のお父さんより強いんでしょ?」

「はい……」

 俺の立場は、日に日に弱くなっていく気がする。

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腕相撲で負け続けた俺は 清水らくは @shimizurakuha

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