悪魔の鍛錬

柏木 維音

八角橋高校卓球部の怪事件

 高校に入学して半年。

 学校生活にも大分慣れて来た頃、僕はとある事件に遭遇した。





「あれ、イツキ。部活は?」

「今日は人が全然集まらなかったから解散だってさ。ただ待つだけなのは退屈だからカズフミの部活動っぷりを見学しようかなって」

「おお、今ノリにノっている八角橋高校卓球部の部活動を存分に堪能していってくれ」



 親友であるカズフミが所属している卓球部は、以前は市内では下から数えた方が早いくらいの強さだった。しかし、今ではベスト8に入れるか入れないかぐらいまでレベルアップしており、かなりやる気に満ち溢れているらしい。


 そんなレベルアップの立役者は、顧問の岡崎先生である。

 

 二年前退職した先生に代わって顧問に選ばれた岡崎先生は卓球未経験だった。しかし、『何事も全力』がモットーの先生は市内にある有名クラブチームのコーチに頼み込み、生徒と一緒に週二で指導を受けるようにしたらしい。しかも料金は全て自腹。

その甲斐あって、卓球部はメキメキと力をつけていった──


(なんて話をカズフミから聞いていたんだけど)


 卓球部の練習風景は、僕の想像していたものとはかけ離れていた。決してダラダラしている訳では無いのだが、覇気が無いというか、元気が無いというか。普通のラリーでさえ途切れ途切れで、いまいち集中できていないように見える。噂の岡崎先生の顔には、疲労の色が浮かんでいた。


 そんな事を考えていると、「失礼するよ!」という大きな声が体育館に響き渡った。入口には、一人の女子生徒が立っていた。


 それを見た卓球部員達は、「うわっ、会長だ」「なんで生徒会長が……」とぼそぼそと口にする。


 そう。彼女は八角橋高校の名物生徒会長、沙田さたアンである。

 すらっとしたスタイルに綺麗な黒いロングヘア、キリッとした目つきに銀縁メガネと一見すると『絵に描いたような優等生』なのだが、年中ブレザーに袖を通さず肩に羽織っていたり、少しでも気にくわない事があるとすぐに「退学させるぞ」と凄んできたり、いつも真っ黒いカバーが掛かった四六判サイズの本を持っていたりと、つまるところ、ちょっと変わった人だった。



「部活動中失礼します。岡崎先生と卓球部員にいくつかお聞きしたい事が」

「……例の件かな? じゃあ私から……部長、頼んだよ」

「はい。みんな十分間休憩! そのあと多球練習の準備!」


 部長の指示を受け、部員たちは各々休憩をとり始める。そんな中、僕は気になった事をカズフミに聞く事にした。



「カズフミ、岡崎先生が言ってた『例の件』って?」

「ああ……実はな、夜遅くに卓球部員が通学路で倒れているのが発見されるっていう事件があったんだ。それも三日連続、計三人だ」

「え!? そんな事件、初めて聞いたよ」

「倒れていた人たちはまだ目を覚ましていないらしくてさ。詳しい事が全然わからない状態だから、言いふらさないようにって指示されていたんだ。イツキも他の人に言わないでくれよ」

「わかったよ。でも、倒れていた人たちはどうして目を覚まさないのかな」

「さぁね。検査の結果身体に異常は見つからなかったらしいんだけどな」



 そんな感じで、カズフミは事件に関することをぽつりぽつりと話してくれた。それを聞いていた僕は、他の部員同様彼の顔に疲労の色が浮かんでいるのに気が付いた。もしかしたら、カズフミも……と不安になった時、沙田会長が僕らに話しかけてくる。


「橋本カズフミはどっちだ?」

「あ、俺っす」

「いくつか聞きたい事があるんだが」

「なんでしょう?」

「最近体の調子はどうだ?」

「え? ええと……あんまり良くはないですね。いくら寝ても疲れがとれない感じで……そういえば、寝付きも悪くて」

「食欲は?」

「無いですね。熱とか風邪の症状はないんですけど」

「最近の部活動はきつくなった?」

「いえ、練習内容はずっと変わっていません」

「そうか。わかった、ありがとう」

「あ、あの! 会長は何を調べているんですか?」

「気にしなくていい。それより、休憩時間は終わったんじゃないか?」


 見ると、他の部員達は捕球ネットやボールを倉庫から取り出して多球練習の準備をしていた。


「いけね! じゃあ、俺行きますんで!」

「…………さて、君は? 卓球部員ではないようだが」

「あ、カズフミの友達で、一年A組の白森です」

「一年A組の白森……白森イツキか。たしか文芸部・ミステリー研究会所属だったな。今日はどうしてここにいる?」

「部活は人が集まらなかったのでなくなりました。カズフミとは一緒に帰る約束をしていて」

「………………」

「……? あの、何か?」

「何でもない。寄り道せずに帰れよ」



 そう言って沙田会長は体育館を出ていってしまった。

 その後は特に何も起きないまま部活動終了の時間になる。帰り道にカズフミと本屋に寄るつもりだったのだが、彼の体調を気遣い寄り道せずに帰ることにして途中で別れた。


 そして夜、家でゆっくりしているとカズフミのお母さんから「息子が帰ってこない、何か知らないか?」といった内容の電話があった。僕はすぐに親に頼んで車を出してもらい、通学路を捜索する。



 捜索を開始して十分後、僕は倒れているカズフミを発見した。





 ※※※





 次の日の昼休み。

 昨日の出来事を考えつつ昼飯を食べていると、二人の女の子がお弁当片手に近づいてくる。小学校からの付き合いの鹿島ユリと田中ラミアだった。


「二人ともカズフミ君の事聞いた?」

「ああ、聞いた聞いた! 怖くない? 卓球部が何人も……」


 例の事件は卓球部内で秘密にしているはずなのだが、さすがに四日連続となると色んな所に話が漏れているみたいだった。


「ああ、僕も聞いたよ。今入院しているけど、とりあえず命に別状はないらしいね」

「何かの病気なのかしら?」

「うちの体育館呪われているんじゃないの? 卓球部の事件だけじゃなくて、『幽霊』の噂もあるし……」


 サンドイッチをぱくつきながら発したラミアの言葉に、僕は疑問を抱いた。


「は? 何だって? ?」

「うん。部活動の時間が過ぎて鍵が掛かった体育館の中からね、「びょん」「びょん」っていう不気味な声が聞こえてくるの」

「何で「びょん」? 幽霊なら普通「うらめしや」とかだと思うんだけど」

「知らないわよ! けど、私の他に何人も聞いた子がいるんだから」

「私も聞いたことあるよ。でも、「びょん」じゃなくて「みう」だったけどね」

「へぇ~色んなバリエーションがあるのかしら?」

「体育館から聞こえてくる不気味な声か……」





※※※





 放課後。

 昼休みに二人から聞いた話が気になった僕は体育館を調査することにした。部活動終了の時間まで文芸部の部室で時間を潰し(文芸部は今日も活動休みだった)、頃合いを見計らって体育館までやってきた。


 扉の辺りには重苦しく、嫌な雰囲気が漂っている。ゆっくりと近づき扉を開けようとしたのだが、鍵はしっかりと掛けられているみたいだった。耳を当ると、よく聞き取れないのだが声が聞こえてくる。


(噂の通りだな。じゃあ、体育館に忘れ物をしたと言って鍵を借りて……いや、先生に一緒に来てもらった方が良いか)


 そんな風に考えていた時、後ろから「何をしている?」と声を掛けられる。振り向くと、そこには沙田会長が立っていた。



「君は……文芸部の人間が、こんな時間に体育館の前で何をしている?」

「あ、えっと……」

「怪しい奴だな、退学にしてやろうか?」

「違うんです! 聞いてください!」


 僕は友人の為に卓球部の事件を調べようと思った事、体育館の奇妙な噂が何か関係しているんじゃないかと思いやってきた事を必死になって説明した。


「ふん、やはり君も気になったか」

「え、それはどういう……」

「うるさい。電話を掛けるから黙れ。退学になりたいのか」


 僕の言葉をぴしゃりと遮り、沙田会長はスマホを取り出した。


「……アルか? これから突入する……いや、一人でいい。そっちは入院している生徒の様子を見ていてくれ。ああ、じゃあな」

「突入……」

「君も来るか? 邪魔をしないというのであればついてきても構わんぞ」

「それじゃあ……あ、待ってください、扉には鍵が」



 鍵が掛かっていると言おうとしたのだが、沙田会長が頑丈なシャトルドアに手を掛け、『メギン』という重く鈍い音がしたかと思うと体育館の入口は開かれた。



「え、いや、どうして」

「ん? 鍵なんか掛かっていなかったぞ? この学校も古いからな……建付けが悪かったのだろう」

「いや、嘘ですよね。絶対掛かってましたよ」

「うるさいな、退学にさせるぞ。それよりほら」


 沙田会長はフラッシュライトを僕に手渡し、暗い体育館の奥へと進んでく。僕もライトを点灯させ彼女についていくと、その先には異様な光景が広がっていた。



 「ぴょん、びょん、びょおんぴょんびょん」と呻きうさぎ跳びをしている部員。

 「みず、みず、すいうんほぎゅう、みずみずみうみうみう」と呻きペットボトルの水を浴びている部員。

 「いち、よん、よん、はち、よん、ろく、よん」と呻き腹筋をしている部員。

 「あし、あしこしあしこしがだいじあし」と呻き犬の様に走り回っている部員。


 卓球部員たちはトレーニングの様な行動をとりつつ、時折ゲラゲラと不気味な笑い声をあげている。



「あ、あの……これは一体……」

「んー? 説明してやってもいいが、うるさいから先に黙らせるか。さて、親玉は、と……」


 沙田会長がは辺りを見まわした後、歪んだ顔つきで必死にスクワットをしている一人の人物にフラッシュライトを向けてカチカチと点滅させた。その人物は、岡崎先生だった。先生はライトに照らされているのに気が付くと、大声をあげつつこちらに向かってばたばたと走ってきた。


「おまえあー! アキレス腱をのばしアキレス腱を伸ばアキエのばあアキ」

「うるさい!」


 勢いよく向かってきた岡崎先生に対し、沙田会長は羽織っていたブレザーを投げつけてひるませ、右手に持っていた黒い本の角で『ガツン!』と頭を殴りつける。先生が倒れると他の部員達もぱたりぱたりと倒れ、体育館は静寂に包まれた。

 


「先生! いや、大丈夫なんですか!? えぐい音しましたけど」

「ん? 大丈夫だろ。人間の頭蓋骨は、えっと、何番目に硬いんだっけ……まあ、大丈夫だ。それより、今回の事件だがな……」


 特に気にする様子もなく話を進め出した。今更だけどこの人絶対おかしいよ。



「岡崎先生と卓球部員に話を聞きに行った時、とある事が判明した。それは、全員が全く同じ症状にかかっているという事だ」

「症状?」

「とれない疲労感や倦怠感、食欲不振、集中力の低下、不眠……これらはオーバートレーニング症候群の症状だな」


 オーバートレーニング症候群……確か、トレーニングのやり過ぎで筋肉に疲労が蓄積し、トレーニングの効果が減少したり疲れがとれなくなる状態になることだったっけ。


「なので、最初私は部員達が顧問の岡崎先生に過度なトレーニングを強いられているのでは、と考えた。しかしそれはすぐに違うと判明する」

「そうですね。先生にもオーバートレーニングの症状が出ていたようですし、部内に何かを強いられているような雰囲気は無かったように思います」

「そこで卓球部の問題はひとまず保留にし、他にこの高校で事件が起きていないか調査してみた。そこで見つかったのがこの体育館の怪現象だ。卓球部はいつも体育館で活動をしていたわけだから、なんらかの関係があるのではと考えるのが自然だろう。ま、結果はご覧の通りというわけだ」

「そこまではわかりました。じゃあ、卓球部に何が起きたんですか? 何かに憑かれているように見えましたが」

「その通り。これは所謂悪魔憑き、悪霊憑きと言われる現象だろう」

「悪魔……そいつらは卓球部に何か恨みがあったんですか?」

「いいや、無いと思うぞ? たまたま目を付けられたんだろう。『いっつもトレーニングご苦労さんじゃねぇか。どれ、俺らも手伝ってやるよ、ゲハハ』ってな具合にな」


 沙田会長は丁寧に声色を変えつつ説明してくれた。


「白森、岡崎先生はどんな人だ?」

「え? えーとですね……今まで関りが無かったから詳しくは知りませんが、すごい真面目な人って聞いています。それでいて弱かった卓球部をここまで成長させてすごいなって……」

「そう、真面目な人間。部活の顧問としての仕事に真摯に取り組み、最近その結果も表れ始めてくる。結構なプレッシャーを感じ、心の方にも疲労が溜まっていったのだろうな。そんな時、悪魔に憑かれたってわけだ」

「ああ、真面目な人ほど思いつめやすいって話、ありますもんね」

「そうだな。最悪の行動をとってしまう人間は、そういう悪いモノに取り憑かれていたのかもしれないな…………話を戻そうか。先生に取り憑いた悪魔は、自分よりも格下の悪霊を部員達に取り憑かせた。校舎に人が少なくなる頃再び卓球部を招集させ、こうやってみんなを弄び、遊んでいたわけだな」

「そんな風に体に負担を掛けられた結果、オーバートレーニング症候群が発症したというわけですか?」

「そう。そうしてひとしきり楽しんだ後部員たちは悪霊から解放され、朦朧とした意識の中家路につく。しかし日に日にオーバートレーニング症候群の影響が大きくなり、ついには家に着く前に通学路で倒れる者が出始める……これが、今回の事件の真相だよ」

「はあ、なるほどです。じゃあ、これで事件は解決というわけですね……ああ、この後どうするんですか?」

「この後か」

「みんなを介抱するんですよね。僕手伝いますよ」

「いや、いい」

「でも」

「いいから、君はもう帰りなさい」


 沙田会長は僕の額にピシッと、軽いデコピンをした。





 ※※※





 気が付くと、僕は下駄箱の前に立っていた。スマホの時計を確認すると時刻は既に午後八時を過ぎている。はて、部活が休みの日に僕は何をしていたんだろう。そんな事を考えていると、渡り廊下の方からがやがやと話し声が聞こえて来た。


 渡り廊下から歩いて来るのは岡崎先生と数名の卓球部員、それにうちの高校の名物生徒会長、沙田アンさんだった。


「困りますよ先生、部活動の時間は守っていただかないと」

「いや、申し訳ない。まさかこんな時間になっているとは」

「……そうそう、先程病院から連絡があったんです。入院していた生徒がみんな目を覚ましたと」

「え、本当ですか!? いや、よかったぁ」

「検査の結果異常も無いみたいですし、明日一日様子を見た後退院するそうです。いいリフレッシュになるでしょう……先生も、もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないですか?」

「いや、まあ、そうですね……」


 そんな一行を眺めていると、僕は沙田会長と目があった。


「ん、何だ君は? こんな時間に一人で何をしている?」

「あ、いえ、えっと、何してたんだっけ」

「まあいい、寄り道せずに帰れよ」



 そんな言葉を投げかけ、沙田会長は行ってしまった。

 僕はなんとなく、その姿が見えなくなるまで眺めていた。





 高校に入学して半年。

 学校生活にも大分慣れて来た頃、僕はとある事件に遭遇した。


 …………ような気がしたんだけど、どうしても思い出すことが出来なかった。

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