50 はじめての砦破壊

50 はじめての砦破壊


 イオカル自慢の砦は、一部とはいえウエハースのように砕かれてしまう。

 自室の窓からその光景を見上げていたイオカルは、アゴが外れんばかりに驚愕していた。


「ゲコッ!? なっ……なんで……!? なんで……ただのストーン・ゴーレムに……!?」


 石でできたゴーレムのことを『ストーン・ゴーレム』という。

 しかしシンラのゴーレムは、ただの石ではなかった。


「ストーンでもただのストーンじゃないよ、アダマント系鉱石だよ!」


 瓦礫とともに降り注いだミックの一言に、開きっぱなしのイオカルの口から舌が飛びだす。


「なっ……なにぃぃぃぃぃーーーーっ!? う……ウソをつくなっ! アダマント鉱石といえば伝説の石だぞ! 世界に一本しかない聖剣に使われるような鉱石が、こんなにあってたまるかぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!」


「あるんだな、これが」「にゃっ」


 ミックはカップルがゲームで遊ぶように、ワールドコントローラーをロックと2人で構えた。


「まわりに村の人はいないから、暴れ放題だ! ロック、一気にいくよっ!」「にゃーん!」


 ミックはボタンにあてがった人さし指を小刻みに震わせて連射。

 ロックは両手で暴れ太鼓のようにボタンを殴打する。


 右と左、ふたつの連打が合わさって、ゴーレムは連続パンチを繰り出した。

 右・左・右・左。上半身が左右にツイストするたび、暴風が起こる。

 パンチが砦にヒットすると、隕石が直撃したような大穴が開く。


 ウエハースのように砕かれていく砦に、イオカルは正気を失ったように叫んでいた。


「お……俺様の砦が……! 俺様の夢の城が……! う……うそだ……うそだうそだうそだっ! うそだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 砦の中にいた手下の賊たちは逃げだそうとしていたが、崩落する天井に巻き込まれていく。

 次々と生き埋めになっていき、運良く外に逃げのびた者も力尽きて倒れていた。


 砦はあっという間に崩壊し、瓦礫の山と化󠄀す。

 もうもうとあがる噴煙によって視界が塞がれてしまったせいで、発見が遅れた。


 「にゃっ!」とロックが肉球で示した先。

 目で追うと、イオカルが四つん這いにしたカカシゴーレムにまたがり、段々畑の道を駆け上がっていた。


「俺様の夢をブチ壊しやがって! こうなったら山に火を付けて、村ごと焼き尽くしてやるっ! 俺様を怒らせたものがどうなるか、思い知るがいい!」


 ミックは「させるか!」とパチンコを撃つ。

 鉛玉は背中に命中したが、落馬させるには到らなかった。


「この距離でパチンコを撃っても、威力が足りない! このままじゃ逃げられちゃう! なにか、いい手は……!」


 ミックは困った時は、なにか使えるものがないかあたりを見回すクセがある。

 それはダメ元の行為であるのだが、今回はすぐに見つけられた。

 真顔のまま佇んでいるイナホ、その背中に注目する。


「イナホお姉ちゃん、その弓でイオカルを撃って!」


 揺さぶられ、「えっ」と正気を取り戻すイナホ。

 目の前に広がる光景に、薄ら笑いを浮かべていた。


「村にあった砦が、なくなってる……。モンスターに襲われても傷ひとつ付かなかった頑丈な砦が、粉々になるなんて……。まだ、夢の途中なのですね……」


「夢でもいいから、弓をお願い! イオカルが逃げてるんだ!」


「あ、はい。かしこまりました、でも、この場所だと弓が構えられません」


 ミックはワールドコントローラーを操作し、ゴーレムの片手を操作。

 手を額に当てて、ひさしのようにするポーズを取らせる。

 すると宝箱の前に、ゴーレムの手の甲を使った平らな足場ができた。


「ここなら大丈夫だよね!?」


「はい、大丈夫です。ではちょっと、失礼して……よっこらしょ、っと」


「急いで!」「にゃっ!」


 おっとりした動作で宝箱から出ようとするイナホのお尻を、ミックとロックは押し上げる。

 宝箱から出たことで、イナホの身体のサイズも元通りになった。


 イナホは背中に携えていた弓を構えると、キリリとした表情で矢をつがえようとする。

 しかしその途中で「うっ」と肩を押さえてしまった。


「儀式の時に突き飛ばされて肩を強く打ってしまったのですが、その痛みが残っているようです。『引分け』はなんとかできると思うのですが、これでは『会』ができません……」


 『引分け』とは弓の弦を引く動作で、『会』とは弦を引いた状態で維持して狙いを定めることをいう。

 ミックは、ならエリクサーをと思ったが、取りだして飲ませる時間も惜しい。


「なら……! 僕もいっしょにやる!」「にゃっ!」


 ふたりはまったく同じタイミングで宝箱の中からぴょーんと跳躍。

 イナホの身体に飛びつき、飼い主の身体を這い上がる猫のようにイナホの身体をよじのぼった。

 そのままミックはイナホの背中におぶさり、ロックはイナホの後頭部にしがみつく。

 それがまるで子猫に甘えられているような感触だったので、まだ夢の中にいると思っているイナホの顔はほころんだ。


「うふふ、お手伝いしてくださるんですね。ありがとうございます。では、みなさんでいっしょにいたしましょうか」


 イナホはふたたび弦を引き絞る。

 彼女の手にミックは後ろから手を添え、いっしょに引っ張った。


 それはイナホに不思議な感覚を与える。

 まるで、以前にも同じことをしたことがあるような既視感を。

 しかし気のせいだと思い直し、遠ざかっていくイオカルの背中に集中する。


「だいぶ、距離が離れてますね……届きはすると思いますが、当てるのは無理だと思います……」


「大丈夫、イナホお姉ちゃんならやれるよ、絶対に……!」


 鼓膜をやさしくくすぐるような耳元のささやきに、ハッと目を見開くイナホ。

 その瞳には忘れもしない光景が映し出され、胸には甘く切ない思い出が蘇っていた。

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