48 はじめてのゴーレム

48 はじめてのゴーレム


 村人たちはようやくこれが祭であることを思いだし、大騒ぎをはじめる。


「し……シンラ様が、料理をうまいとおっしゃったぞ!」


「こ……こんなことは、初めてのことじゃ!」


「すげぇ!? よっぽど、あの『おやこどん』とやらが、うまかったに違いねぇ!」


「お……オラも食ってみてぇだ!」


「バカ、今はそれどころじゃねぇだろ! この村の巫女は引き続きイナホ様ということだ!」


「ってことは……あの村長に嫁に取られることはなくなったのか!」


「やった、ざまあみろっ! ばんざーい、ばんざーいっ!」


 村人たちは大喜び。

 どうやら村長の暴政にはみな、嫌気が差していたようだった。


 ミックは村長の身体から降り、まだ事態が飲み込めていない様子のイナホとハイタッチを交わす。

 村長は死にかけのカエルように蠢いてが、突如として立ち上がった。


「ゲコォォォォォォォーーーーーーッ! もう、茶番はやめだぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ! シンラなんぞ、クソくらぇだぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」


 闇迫る夜に吠える村長。その姿はまるで正体を暴かれた人狼のようであった。


「今日からこの村は、このイオカル様のものだ! シンラではなく、このイオカル様を崇めろっ!」


 「な……なんだって!?」と村人たち。

 彼らのまわりをいつのまにか取り囲んでいた、いかにもガラの悪そうな村人たちが、バッと服の袖をめくる。

 その肩口には、プリンをモチーフにしたイレズミがあった。

 この村はプリンなどないので、村人たちはそのイレズミがなにを模しているのかわからない。


 唯一知っていたミックが「なにあれ、プリン?」とつぶやくと、「違う!」とイオカルから突っ込まれた。


「俺様たちは『ババロア団』だっ!」


 イオカルがボロボロになった装束に引き裂くと、胸には同じイレズミがあった。


「それ、プリンじゃなくてババロアだったんだ。どっちにしても盗賊団らしくないね」「にゃっ」


「余裕をかましてられるのもいまのうちだ! この村はババロア団が乗っ取った!」


 親子丼の余韻から戻ったイナホが、村人たちを代表するように抗議した。


「あなたたちは、盗賊に追われた商人さんたちでは無かったのですか!?」


「まだ気づいていないとは、本当におめでたいヤツらだな! 俺様たちこそが悪名高き盗賊『ババロア団』よ!」


 イオカルは激白する。

 盗賊に襲われたフリをしてこの村に入り込んだこと、この村の守り神とされているシンラを利用して村長になったこと。

 村長の立場を利用して、私腹を肥やしていたことを。


「神託はぜんぶ、俺様のカカシゴーレムに命じて書かせたものだ! 誰も自作自演を疑いもしないから、楽だったぜぇ! おっとイナホ、お前の父親だけは気づいてたようだがなぁ! ゲココココココ!」


「ま……まさか……!? あなたが、わたくしの父を……!?」


 初めて他人の『悪意』というものに触れたイナホは、冷害にあった稲穂のように今にも倒れそうになっている。

 しかし亡き父の教えを思いだし、村人を守るために気丈に言い返していた。


「シンラ様を利用するなんて、許されることではありません! ましてや、人を殺めるなんて……!」


「騙されるお前らが悪いんだよぉ! でも、そんなお情けも今日で終わりだ! 村のヤツらは全員、ババロア団の奴隷にしてやるっ! まずはお前からだっ!」


 イオカルはイナホを指さしたが、その間にミックとロックが割って入った。


「そんなことはさせない!」「にゃっ!」


「ゲコッ! そういえばこんなチビもいたなぁ! だったらお前もまとめて、たっぷりねぶりまわしてくれる! 野郎ども、コイツらを捕まえろっ!」


 イオカルの号令一下、盗賊団の手下や、イオカルの操るカカシゴーレムが櫓の上にあがる。

 イナホはミックとロックをかばうように両手を広げていた。


「なりません! 罪なき人を傷つけることは、シンラ様がお許しになりませんよ!」


「ゲココココココ! まぁだそんなことを言ってるのか! お前らがどんな目に遭っても、シンラは助けてくれねぇんだよ!」


 イオカルは櫓の後ろにそびえるゴーレムを見上げる。


「コイツはなぁ、人間には攻撃しねぇんだ! どんなに俺様たちが悪さをしたところで、モンスターから守ってくれるんだ!」


「そ……そんな……!?」


「これでわかっただろう、コイツは神様なんかじゃねぇって! だが安心しな、これからは俺様を崇めればいいんだからよ!」


「そんなことはしません! わたくしたちの守り神は、シンラ様だけです!」


 「そうだそうだ!」と村人たち。

 この絶望的な状況でも信仰を崩そうとはしないイナホに、イオカルはついにキレてしまう。

 部下が持っていた蛮刀を奪うと、イナホに向かって振り上げる。


「なら祈りな! お前の首が跳ね飛ばされねぇようになっ! ゲココココココ!」


 サディスティックな嘲笑とともに、振り下ろされる蛮刀。

 イナホは最後の一瞬まで、祈ることをやめなかった。


「シンラ様……! どうか、この村をお救いください……!」


「ハリボテの神様はなにもしちゃくれねぇなぁ! ゲココココ……ゲコォォォォォォーーーーーーーーッ!?!?」


 突然、櫓の一部がちゃぶ台をひっくり返したよう横転。

 その上に立っていたイオカルもろとも吹っ飛ばしていた。


 飛び散る木片と、もうもうとあがる土煙。

 その場にいた誰もが、なにが起こったのかわからず呆然自失となっていた。


 やがて土煙が晴れ、事態の正体が明るみに出る。

 ステージの背後にいたゴーレムがなんと、キックのように足を突きだしていたのだ。


 広場に投げ出されていたイオカルは、ひとりで喚き散らしていた。


「クソがっ! なんで人間を襲いやがるんだ!? このクソゴーレムがっ! もう構わねぇ、ゴーレムごとブッ壊しちまえっ!」


 そして始まる大乱闘。

 ゴーレムはウォーミングアップが終わったかのように本格的に動きはじめ、ババロア団とカカシゴーレを蹴散らしていく。

 悲鳴と怒号が飛び交う中、イナホは最前線にいるというのにその場を動かず、うるうるとゴーレムを見上げていた。


「や……やはり、シンラ様は正しき者の味方でした……! それどころか、普段魔物と戦うよりも、動きのキレがあります……!」


 うっとりと見とれていたイナホだったが、ふとミックたちのことを思い出す。

 視線を落とすと、宝箱に入ったままのミックがレバーやボタンが付いた装置みたいなのを、なにやらカチャカチャとやっていた。

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