42 ゴールド・ドラゴンの秘密

42 ゴールド・ドラゴンの秘密


 もはやウイリーの瞳には、あれほど欲していた財宝も、あれほど恐れていたドラゴンも、映ってはいなかった。

 暗い水底に閉じ込められていた人魚が、遥か頭上で揺らぐ光を求め、必死にもがくように。

 目の前にいる、ちいさな太陽のような少年だけが、彼女のすべてとなっていた。


「パパ……パパ……! やっと……やっと、見つけた……!」


 しかしミックはガルドラと対峙している真っ最中だったので、その呼び声には気づいていない。


「僕の頭の中は、ちょっと人より思い出がいっぱいなんだ。おかげで忘れちゃってたこともあったけど、思い出せたよ。ガルドラ、いや、カラミン……!」


 ガルドラは自分の小指の先くらいしかない少年に、すっかり気圧されていた。


「うっ……ううっ……! な、なぜ、そ、その名を知っておる!? お……お前……! い、いや、あなた様は、まさかっ……!?」


「他にもいろいろ知ってるよ。キミは黄金なんかじゃなくて、真ちゅ……」


「おわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!? い、言わないで! 言わないでくだされぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」


 縮こまるガルドラことカラミンに、ミックは「やれやれ」と肩をすくめる。


「どうして、ビックリしたら財宝をあげるなんてウソをついたりしたの?」


「う、ウソをつくつもりはなかったんじゃ! 絶対にビックリしない、自信があったから……!」


「でも僕らが驚かせたら、ビックリしてたよね? なんで、僕らに財宝をくれなかったの?」


「そ……それは……その……こんな小さな子供にビックリさせられたなんてわかったら、ドラゴン仲間にバカにされると思って……」


「まったく、カラミンは昔からそうだよね。まわりの目ばっかり気にして、強がって。キミの身体には黄金なんてひと欠片もないのに、真ちゅ……」


「おわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!? だからそれだけは! それだけはバラさないでぇぇぇぇぇーーーーっ! もしドラゴン仲間にバレたら、また何十年もバカにされるんですぅぅぅぅーーーーっ!!」


 カラミンにおいおいと泣きすがられ、ミックは「しょうがないなぁ」とため息をついた。


「バラされたくなかったら誓って、これからは約束したことは絶対に守るって」


「ち……誓いますじゃ! 誓いますったら誓います!」


「それならよし。あと、ここの財宝はぜんぶウイリーお姉ちゃんにあげてね」


「そ、そんなぁ!? この財宝を貯めるのに何十年もかかったんじゃぞ!?」


「嫌ならいいよ。おーい、みんなーっ! ここにいるドラゴンは、真ちゅ……」


「おわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!? ぜんぶさしあげますぅぅぅぅーーーーーっ!!」


 ミックはまだレベル17の子供でしかないので、口封じをするのは実は簡単である。

 しかしカラミンは、ミックがシンラだとわかった時点で、ミックの能力もシンラと同義だと誤解していた。


 シンラはドラゴン程度のモンスターであれば、鼻息くらいの魔術だけで殺せる。

 カラミンはそのことを身に染みて知っていたので、ここまで恐れおののいているのである。


 ちなみにミック自身は、自分がシンラであることをバラしたくなかった。

 しかしこの窮地を脱出するために、仕方なくシンラであることをほのめしたのだ。


 ミックのハッタリは功を奏し、カラミンは借りてきた猫同然に大人しくなる。

 宝箱から飛びだしたロックから、鼻先をバシバシと猫パンチされてもされるがままになっていた。


 そしてミックはようやく、ウイリーのうわごとに気づく。


「……パパ……パパぁ……」


「もう大丈夫だよ、ウイリーお姉ちゃん」


 ウイリーはショック状態に陥っていたが、ミックの一言で元通りになる。

 アイシャドウが瞬いた瞬間、大粒の真珠のような涙があふれた。

 頬に伝う熱いものに気づいたウイリーは、腕でぐしっと拭った。


「……な……泣いてなんかねーし! あ……あーし、泣かなかったし! そ……そんなことより、今はゴールド・ドラゴンを……!」


「それならもう終わったよ」


「えっ……?」


 おそるおそる宝箱から顔を出したウイリーは、生まれて初めてドラゴンの土下座というのを目撃した。

 閻魔のように恐ろしかったドラゴンは、今や裁きを受けた亡者のようにさめざめと泣いている。


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 涙もすっかり吹き飛んだどんぐりまなこがミックをに向けられた。


「まっ……マジ!? マジマジマジっ!? ガチのマジで!? あーしが見てない間に、なにがあったの!? いったいなにをどうしたら、あそこまでマジギレしてたドラゴンを、ここまでぴえんさせられるし!?」


 再会の喜びと生還の安堵、そしていくつもの驚きがないまぜとなって、ウイリーは目をグルグル回してしている。

 ミックは、ゴールド・ドラゴンとのやりとりをウイリーが聞いていなかったとわかり、内心ホッとしていた。

 深く突っ込まれたくなかったので、さっさと話題を変える。


「それよりも、やったよ! ゴールド・ドラゴンが、ここの財宝をぜんぶくれるってさ!」


 「え、マジ?」と我に返るウイリー。

 しかしこのあとに続いた言葉は、ミックにとっては信じられないものであった。


「そっか。でも、もういらねーし」


「え……ええっ、なにそれ!? あんなに欲しがってたのに!? すんごく危険な目に遭ったのに!?」


「うん、だってもう、見つけちゃったし」


「そっか……なんだかよくわかんないけど、見つかってよかったね」


「うんっ!」


 太陽とひとつになったかのように、にぱーっと笑うウイリー。

 それが心の底から湧き出たような笑顔だったので、ミックも嬉しくなった。


「んじゃ……帰ろっか」


「うんっ!」


 ミックとロックは宝箱に入ると、ウイリーの手によって上層する。


「じゃあね、カラ……じゃなかった、ゴールド・ドラゴン!」「にゃっ!」


「ヒマなときはまた遊びに来るし、ジー・ドラゴン!」


「な……なんじゃ? そのジー・ドラゴンって……? ああ、ゴールド・ドラゴンのことじゃな。最近の若い者は、なんでも略したがるのう……」


「ちげーし、ジジイ・ドラゴンの略だし!」


「じ、ジジイ!? ワシはジジイなどではないぞ!」


「まあまあ落ち着いて! ウイリーお姉ちゃんはここの財宝はいらないそうだよ!」


「えっ!? ほ……本当か!?」


「マジだし! そのかわり、あーしの言うことなんでも聞くし!」


「も……もちろんです! ウイリー様! ありがとうございます、ありがとうございます! おーいおーい!」


「あはははは! ドラゴンのくせに、ぴえんしすぎだし!」


「そんなに泣くとサビちゃうよ。キミは黄金じゃなくて、真ちゅ……」


「おわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」


 ドラゴンの泣き声に見送られ、ミックたちは火山をあとにした。

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