35 はじめての誘拐

35 はじめての誘拐


 エクレアに鼻を甘噛みされるミック。

 その目は、アクビをしようと大口を開けたら指を突っ込まれた猫みたいに点になっている。


 宝箱からのファンファーレが鳴り終わる頃になって、エクレアはようやく唇を離す。

 何事もなかったかのような表情で、「じゃ、また」とミックに背を向ける。


 エクレアは丸太の上に引き上げてあったサーフィッシュに乗ると、トビウオのように跳ね、川をさかのぼっていった。

 ミックは呆けきった表情で遠ざかる後ろ姿を見送っていたが、隣にいた相棒にぐいっと鼻を押される。


「にゃっ」


「あ……ごめんごめん、ちょっとボーッとしちゃってた。じゃあ、僕らもそろそろ行こっか」


「にゃっ」


 拳を振り上げ振り向くと、ミックたちの乗っていた丸太の群れは滝にさしかかり、次々と滝壺へと落下していく。

 滝を落ちるのはこれで3回目なので、もう慣れっこだった。


「それじゃあ、お嫁さんさがしの旅、さいかーいっ!」


「にゃっ!」


 宝箱に入っていたふたりはすくっと立ち上がった。

 足をちょこまかと動かし、滝めがけて丸太の上を走る。

 はじっこまで来たところで丸太が傾き始めたので、ふたりはジャンプした。


「それーっ!」「にゃーっ!」


 両側の崖がなくなり、視界が一気に開ける。

 スカイダイビングのように両手を広げると、空を飛んでいるみたいな気持ちになった。


「あっ、見て、ロック! 村があるよ!」


 ミックが指さした先は、眼下の中腹に広がる田園と、その麓にある人家の群れ。

 まだミニチュアサイズの距離ではあるが、ふたりはついに人里を見つけたのだ。

 ミックはすでに文明の香りを感じているように、胸いっぱいに空気を吸い込む。


「やっほーっ! みんなーっ! もうすぐそっちに行くからねーっ!」


「にゃにゃーっ!」


「よーし、この調子で、どこまでも飛んでけーっ! ぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」


 滝壺めがけて落下していた宝箱が突如として、気流を受けたパラシュートのように急上昇しはじめる。

 ぐいぐいと引き上げられるような感覚に振り返ると、そこにはなんとハーピィがいた。


 『ハーピィ』とは、人間と鳥を掛け合わせたようなモンスター。

 基本的な身体のつくりはヒート族と同じだが、腕には翼が付いており、はばたきによって自由に空を飛ぶ。

 くるぶしから下は猛禽類のあしゆびのようになっていて、地上にいる獲物などを掴むことができる。


 いまも宝箱のフタにはハーピィの爪が食い込んでいて、ミックはそれを外そうとしたのだが、ふたつの理由であきらめた。

 ひとつは、非力なピクシーの力では到底外せそうになかったこと。

 そしてもうひとつは、宝箱はすでにかなりの高度に達しており、もし外れたら真っ逆さまになってしまうこと。


 ミックは考えた末、抵抗をするのをやめた。

 宝箱から頭を引っ込め、フタをそっと閉じる。


 ようは外敵に遭遇したカメのように、手足を引っ込め籠城する作戦に出たというわけだ。

 ミックは『施錠』スキルを取って宝箱に鍵を掛けようかとも思う。


 しかし、もしハーピィがこれを宝箱だと認識していて、開けようとて開かなかった場合、どうするかと考えてやめた。

 ハーピィは貝殻や木の実、固い甲羅で覆われたモンスターなどを高所から落として割る習性があるからだ。


「この宝箱はそう簡単には壊れないようにできてるけど、落下からの耐久実験はあんまりやらなかったから、この高さから落とされたらどうなるかわからないんだよね……」


 となると望みとしては、これをハーピィが宝箱でなく、食べ物だと認識していることに賭けるしかない。

 外見からして食べ物じゃないとわかったら、ほったらかしにしてくれるかもしれない。


「だからどうか、開けませんように……」


 ミックは部屋の中で両手を合わせた。

 ロックも肉球を合わせ、うにゃうにゃ祈っていた。


 やがて浮遊感はおさまり、宝箱は柔らかい床のような場所に置かれるのを感じる。

 そしてふたりの祈りもむなしく、宝箱はあっさりと開かれてしまった。


 差し込む光、逆行となったシルエット。

 「うっ……!」と目を閉じるミックとロックに、黄色い声が降り注ぐ。


「ヤバっ!? 超かわいいんですけどぉーーーーっ!?」


 ミックがおそるおそる目を開けると、そこにはハーピィの少女がいた。


 ヒート族で例えるなら、年の頃は16~7歳くらいだろうか。

 ふわりと広がるピンクの髪はラメラメで、顔をメイクでバッチリキメている。


 アイシャドウで目はパッチリ、チークでさらに大人っぽく、髪色とお揃いのルージュは色っぽい。

 顔についてはハーピィ特有の、耳のあたりから飛びだしている小さな翼が無ければヒート族と見紛うほど。


 ミックは、前前世にいた女子高生ギャルを思い浮かべていた。

 そして身体つきはギャルどころではないほどに豊満で、前前世で例えるならサンバカーニバルから飛びだしてきたような派手な服を着ている。


 飾り付けはきらびやかなのだが布面積が少ないので水着といったほうがいいかもしれない。

 胸はいまにもこぼれんばかりでヘソは丸出し、鼠径部もギリギリまで見えている。


 ミックは彼女の身体を凝視していることに気づき、とっさに目をそらす。

 前前世ではではギャルと目が合っただけで通報されたり、金を脅し取られたことがあったからだ。

 しかしギャルは向こうからやってくる。


「うわぁ、ヤバいヤバい、超ヤバいんですけどぉーーーーっ!!」


 独特の語彙とともに興奮を抑えきれなくなったギャルは、ミックとロックをまとめて抱き上げ力いっぱいハグする。

 クッションのような胸の弾力がミックとロックの顔を覆い尽くした。


「むぎゅーっ!?」「ふにゃーっ!?」


 非モテのシンラだったら、これほどのギャルに見つめられたら一瞬で恋に落ちていたに違いない。

 こんな風に情熱ハグをされようものなら、ときめき死していてもおかしくはなかった。


 しかし今は子供のミック。

 前世の記憶はあれど精神的にはまだ未熟なので「ギャルなお姉さんだな」くらいの感想しか抱いていない。


 そしてこうやって抱きしめられるのも何度目だろうか。

 生まれ変わった初日にこう何度も抱きしめられるとは想像もしていなかった。


「は、はなして!」「うにゃーっ!?」


 例によってもがいて逃げようとするとも、相手はモンスターのせいかままならない。


「ああん、もう超かわいいんですけどぉーーーーっ! うりうりうりーーーーっ!!」


 しかもその抵抗すらハーピィにとっては愛らしいようで、さらにキツく抱きしめられてしまった。

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