34 はじめてのパートナー

34 はじめてのパートナー


 伝説のオオカミ、ヒル・キルとの戦いは決着。

 相手の弱点を見抜き、最大の効果を発揮する仕掛けを施し、サプライズで相手を驚かせる。

 それらを最後まであきらめずに追求した、ミックたちの勝利であった。


 ミックたちは溺れるヒル・キルをタコ足で救出し、イカダのように連なって流れている丸太のほうまで連れていく。

 ヒル・キルはびしょ濡れで体毛がしおれ、針金のように細い身体のラインが露わになっている。

 それでミックは、伝説のオオカミの素早さの理由を知った。

 うなだれるその姿は気の毒にも感じたが、心を鬼にして説教をはじめる。


「どうして、あんなにたくさんお魚を獲ったりしたの?」


 「きゅーん」と鳴き返すヒル・キル。


「え? たくさん獲れるから面白くて? それに、手下にいいところを見せたくて? あきれた!」


「きゅーん」


「キミが座ってた魚の山、ぜんぶ腐ってたよね!? ダメだよ、食べないのに獲ったりしちゃ!」


「きゅーん」


「エクレアお姉ちゃんもだけじゃなく、この川のお魚を食べて生きているモンスターや動物が他にもいるんだよ? 知ってたよね?」


「きゅーん」


「だったら、もう二度とひとりじめはしないって約束して! 食べるぶんだけ獲って、あとはみんなと分け合うこと! いい?」


「きゅーん」


「絶対だよ! じゃあもう行ってよし!」


「きゅーん」


 こってり絞られたシーウルフ軍団はトボトボと崖の上を這い上り、最後にミックに向かってひと鳴きして、崖の向こうに消えていく。

 この時、エクレアは宝箱の外に出て通常サイズに戻り、隣で一部始終を隣で眺めていた。

 しかし事が終わったとわかるや、エクレアはうずうずした様子でミックに尋ねる。


「オオカミの言葉がわかるの?」


「うん、ちょっとね」


 ミックがシーウルフたちと意思疎通できていたのは他でもない。

 ヒル・キルを倒した際のレベアップで得たスキルポイントを用い、オーナーツリーの『オオカミ語』を取得していたのだ。

 ちなみに、この世界では動物の言葉がわかる人間はそうそういない。

 なのでミックはとんでもスキルの使い手ということになるのだが、エクレアはもう驚かなかった。


「そう」


「それより、めでたしめでたしだね! これからはお魚に困ることもなくなるよ、よかったね!」


 ニッコリするミック。その頭上に帽子のように腹ばいになっていたロックも「にゃっ」と笑う。

 しかしエクレアはどこか浮かない顔をしている。

 それは傍から見れば無表情なのだが、ミックはこれまでの付き合いを経て、彼女の微妙な表情の変化を読み取れるようになっていた。


「どうしたの? エクレアお姉ちゃんは、この山で修行を続けるんでしょ?」


「そう、だけど……」


 ずっとそのつもりでいた。

 シンラと再会できるその日まで、シンラがいるというこの山で、魔術の腕を磨き続けるつもりでいた。

 なぜならば、シンラにもらった最後の一言を、彼女の生きるための目標としていたから。


『……困ったな……僕は……ひとりが好きなので……。……でもまぁ……立派な魔術師になったら……『パートナー』として考えなくもないですが……。……まぁ、それはおいおい……ということで……』


 実はシンラはこの時『パートナー』という単語を、『魔法研究のパートナー』という意味で使っていた。

 しかしエクレアは『生涯のパートナー』という意味で受け取ってしまう。



 ――この山で、立派な魔術師になれば……。

 先生はきっと、自分を迎えに来てくれる……。



 ずっとそう思って生き続け、この夢は自分の中で一生変わらないと思っていた。

 しかし、ミックとシンラを重ね合わせてしまった彼女は、ミックと一緒にいたいと思いはじめる。


 ずっと貫き続けてきた夢なのに、わずか数時間いっしょに過ごしただけの少年によって揺らいでしまった。

 その事実がよりいっそう、エクレアを戸惑わせていたのだ。


 しかしミックはは、彼女のそんな想いに気づいていない。

 自分に匹敵するくらいの魔術師がいたら、研究のパートナーにするのもいいかな、くらいの感覚でいる。

 ミックは宝箱から取り出した子供用リュックサックをあさり、黄金の杖を差し出す。


「はい、これあげる」


「これは……」


「それは『サンダースイッチ』っていって、掛け声とともに先端に付いてるボタンを押し込むと、山のてっぺんから雷を落とせるんだ」


 ミックは「それを使えば誰でも、ね」と照れ笑い。


「テヘヘ、実は僕、魔術を使えないんだ」


「そうだったの」


 エクレアはしてやられたというわけだったが、特に怒ったりはしなかった。


「そのサンダースイッチは強力だけど、1回使うと魔力のチャージのためにしばらく使えなくなるから注意してね」


 しかしエクレアは使用上の注意よりも、別の箇所に注意を奪われてしまう。

 彼女の視線は、リュックサックのサイドポケットからはみ出ている指輪に向いていた。

 その熱視線に気づいたミックは、その指輪をひょいとつまむ。


「そうだ、これをあげるのを忘れてた」



 ――!



 エクレアの瞳の奥に、光がともった。


「いい……の……?」



 ――やっぱり代理先生は、本当の先生だった。

 あの時の約束を、覚えててくれた……。


 自分が立派な魔術師になったから、迎えに来てくれたんだ……。

 どうして子供の姿をしてるのか、わからないけど……。



 両手で受け取ったそれを、しっかりと胸に抱くエクレア。

 涙を知らないはずのその瞳は、初めて潤んでいた。


「ありがとう……。本当にありがとう、先生……」


「どういたしまして、その指輪は魔力アップの効果があるからね。魔術師のエクレアお姉ちゃんにピッタリだよ」


「えっ」


 急速に引っ込んでいく涙。

 よく見ると、リュックサックのポケットには指輪が山盛りで入っていた。


「どうして……そんなに指輪がたくさんあるの……?」


「実は僕、パートナーを探すための旅をしてるんだ」


「えっ」


「ずっとひとりぼっちだったから、この宝箱にいっしょに住んでくれるパートナーが欲しいんだ。それで、旅先にいい人がいたら、とりあえずこの指輪を渡そうと思って。あ、エクレアお姉ちゃんの場合はそういう意味で渡したわけじゃないから安心して。エクレアお姉ちゃんにはまだ早いもんね」


 自分よりも遥かに歳下なはずの幼ピクシーに「まだ早い」などと言われてしまった。


「いいお金で売れるから、新しい杖とかローブを買うのもいいかもね」


 そしてこのウインク。

 エクレアはこの指輪が、魔術師の生徒として渡されたものなのか、それともパートナー候補として渡されたものなのか、判別しきれずにいた。


 しかし今は、それでもいいかなと思う。



 ――自分はずっと、先生のパートナーになりたいと思っていた。

 先生のそばにいたら、こんな自分でも、いつか泣いたり笑ったり、驚いたりできる日が来るんじゃないかと思ったから。


 その夢は今日、半分だけ叶った。

 先生と再会してから、胸の高鳴りが止まらなかった。


 もしかして……先生は、自分にこう言いたいのかもしれない。



 エクレアは指輪を握り締めると、深い森に囲まれた湖のように暗い、しかし澄みきった瞳で応える。


「もっと修行して、一流の魔術師になる。……そしたら今度こそ、迎えにきてくれる?」


 ミックはエクレアの言葉の意味をまた勘違いしていた。


「うん! そうなったら、こっちから探してでもパートナーをお願いするよ!」


 微笑み返すと、音もなく抱きしめられる。

 少年の鼻には、少女の乾燥したような表情とは真逆の、しっとりとした唇が吸い付いていた。

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