12 はじめてのダンジョン

12 はじめてのダンジョン


 『ワールドコントローラー』とは、ミックの前世であるシンラが、各地に仕掛けておいた機怪を遠隔操作するためのものである。

 ゲームのコントローラーのような形状をしているのだが、それは前々世での記憶が元に、操作しやすい形状を追求した結果であった。


「よかった。ちゃんと動いた」


 久々のコントローラーの使用に動くか不安だったが、ミックはホッとする。

 ミライは宝箱のフチにつかまり立ちし、呆けきった表情で洞窟を見つめていた。


「き……きれい……! まるで……夢……みた……い!」


 洞窟からあふれ出す、太陽がもうひとつ生まれたかのような、この世のものならざる極光。

 チスイコウモリの群れが飛び立ち、黒煙のごとく空に広がり、浄化されていくように消えていく。


 その様はまるで、聖が邪を打ち破った瞬間のよう。

 ミックの作り出した光景は、あまりにも幻想的であった。


「す……すご……い……! すごすぎるよっ……! すごすぎて……た……立ってられないっ……!」


 ついに限界が来てしまったのか、全身をガクガク震えさせるミライ。

 とうとう腰砕けになり、汗びっしょりの太ももを広げ、部屋の床にぺたんと座り込んでしまった。


 その瞳は焦点が合っておらず、頬は紅潮しきり。

 恍惚そのものの表情で、肩をビクビクッと跳ねさせている。


「だ……大丈夫? ミライお姉ちゃん?」「にゃーん?」


「も……もう……ダメぇ……」


 ミライはくてっ、とミックにしなだれかかり、そのまま動かなくなってしまった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 エリクサーでミライの気付けをしたあと、ミックたちは洞窟へと足を踏み入れる。

 本来は光届かぬ洞窟も、今はショッピングモールのような明るさだった。

 ミライの瞳もすっかり輝きを取り戻し、いつもの好奇心であたりをきょろきょろ見回していた。


「こんなに明るい洞窟って初めて! まるでお城の中にいるみたい!」


「これだけ明るいと、地面がごつごつしてても歩きやすいでしょ?」


「うん! でも、さっきまで直視できないくらい明るかったのに、今はちょうどいい明るさになったね!」


「うん、さっきはチスイコウモリを追い出すためだったからね。今は明るさをだいぶ落としてあるよ」


「そうなんだ……でも、なんで洞窟の壁が光るの?」


「魔力で光る機怪ランタンがあるでしょ? あれは輝石っていう、魔力で光る石を使ってるんだけど、この洞窟は魔術で壁全体が輝石になる仕掛けがしてあるんだよ」


「普通の石が輝石になってるってこと!? それって、錬金術じゃない!?」


「うん、技術としては錬金術の応用だね」


「でもそんなすごい錬金術、聞いたことないよ!? ミックくんってどれだけすごければ気がすむの!?」


「あっ」


 とミックが注意を促した先は、洞窟の奥。

 通路の途中が、暗闇で途絶えていた。


「どうやら、ここから先は輝石の効果が切れてるみたいだ」


「えっ? それって、どういうこと?」


「不調で故障してるか、意図的に故障させられたかのどちらかだね。チスイコウモリは群れで行動する生き物で、逃げる時はみんないっしょだから、この先にはいないと思うけど……」


「じゃあ、オイルランタンを使って進む?」


「いや、意図的に故障させられたとしたら、他のモンスターがいるかもしれない。明かりを付けると目立つから、明かりを付けずにこっそり進んでみよう」


「えっ、奥は真っ暗だよ? 明かりがないとなにも見えいよ?」


「うん、だからロック、頼んだよ」


「にゃーん」


 手のひらのように肉球を挙げて返事をするロック。


「あ、そっか! ロックくんは猫ちゃんだから、真っ暗でも見えるんだね!」


 ロックは正確には黒豹なのだが、ミックは訂正しなかった。

 それよりも出発だと歩きはじめる。


「そういうこと。あ、あとここからは声も小さくして、なにかあったら小声でささやくようにしよう」


「うんっ!」


 ミライは、お口チャックの仕草をしてみせた。


 時間はまだ早朝を過ぎたばかりだったが、光の届かぬ洞窟の奥は月のない夜のように暗い。

 一歩足を踏み入れるだけで、一寸先は闇に包まれる。

 自然と無言になっていたので、ブーツの足音がやたらと反響して聞こえた。


「ミライお姉ちゃん、もっとそーっと歩いて。そしたら『忍び足』のスキルが発動して、足音がしなくなるから」


「そーっと歩くって、どうするの?」


「僕のマネをしてみて」


 ミライは暗闇に慣れつつある目をごしごしとこすり、さらに凝らした。

 するとミックが両手をオバケのように前に垂らし、身体を反らし気味にして足をそーっと前に出す姿が目に入る。

 その隣にいるロックは猫なのに二足で立ち、同じように忍び歩きをしていた。


 それはかわいい泥棒のようで、ミライは思わずハートを盗まれてしまいそうになったが、気をしっかり持ってマネをする。


 『忍び足』を開始したことにより、洞窟内は無人かと思われるほどの静寂が戻ってくる。

 たまに天井から垂れてくる水滴が、ぴちょん、ぴちょんと弾ける音がするだけ。

 そして時折、ふたりの声が。


「にゃっ」「右だね」


「にゃっ」「次は左だね」


「にゃっ」「行き止まり? じゃ、引き返そうか」


「すご……ロックくんの言ってること、わたしにはぜんぶ同じように聞こえるんだけど……おっとっと」


 足場が悪くて躓きそうになったことはあったが、それ以外は何事もなく、ミックたちは洞窟のなかをひたすらに進む。

 どれくらい歩き、どれくらい曲がりくねっただろうか。


 ミライが振り返ってみると、光があった通路はすでに見えない。

 もはや光の届かぬ、完全なる暗黒のなかにいることに気づいた。

 そして、もっと大変なことに気づく。



 ――まわりがまったく見えない洞窟にいるのに……ぜんぜん怖くない……。



 その理由は明白。

 ミライはその横顔をちらと盗み見る。



 ――ミックくんがいるからだ……。

 ミックくんはこんなにちっちゃいのに、ぜんぜん物怖じしない……。

 いっしょにいると、すっごく落ち着く……。


 なんだろう、この気持ち……。

 こんな気持ちになったのは、あの人と会った時以来だよ……。



 ミライは憧れの君の姿をミックと重ね合わせ、頬が熱くなるのを感じる。

 思わず見とれてしまったが、足をぐねりそうになって慌てて我に返った。

 すかさず、小声が飛んでくる。


「大丈夫? ミライお姉ちゃん」


「う……うん、大丈夫。なんともないよ」


「この先は道が狭くて、片側が崖っぷちになってるみたいだから気をつけて」


「わ……わかった」



 ――い……いけないいけない!

 こんなちいさな子にときめくなんて!

 それに、心配までされちゃって!


 わたしのほうがずっとお姉さんなんだから、もっとしっかりしないと!



 少女は知らない。目の前にいる子供が、人生3周目であることを。

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