11 はじめての家具

11 はじめての家具


 忘我の極地にいるミライをよそに、ミックは「わあっ!」と壁のステータスウインドウに駆け寄った。


「やった、ついに初めての家具が手に入るぞ!」


 シンラが製作したこの移動式宝箱トレジャーニーは、独自で成長する機能を持っている。

 スキルポイントによるパワーアップだけでなく、ミッションという形で経験を得ることにより設備を拡張させることができるのだ。

 ミックはステータスウインドウに表示されている家具一覧を、ワクワクとスクロールさせる。


「どれにしよっかなぁ? やっぱりまずはテーブルかな? それともベッドかな? あ、ソファもいいなぁ」


 ネットショッピングを楽しむようなミックに、「にゃっ!」と横槍が入る。

 ミックの腕に抱かれていたロックが、ある一点を肉球でビシッと示していた。


「ああ、キャットタワーだね。生活に必要な家具が揃ったあとにでも……」


「いーにゃっ!」


「ええっ、初めての家具にキャットタワーなんて……」


「いーにゃ!」


「いやいや、キャットタワーなんて僕には使えないよ? いまは専用のよりも、ふたりで使えるもののほうが……」


「いーにゃ!」


「そんなぁ。じゃ、ソファとかはどう? ふっかふかだよ?」


「いーにゃ!」


 わぁわぁうにゃうにゃ言いあうミックとロック。

 しかしロックは頑として主張を変えず、ミックはキャットタワーを選択するハメになってしまった。

 部屋の片隅に、ニョキニョキとキャットタワーが生えてくる。

 それは天井に届くほどの高さで、爪とぎや猫じゃらし、ボックス型の小部屋やハンモックまで完備したデラックスなものだった。


「にゃっ」


 ロックは満足そうにひと鳴きすると、ミックの腕からひとっ飛びでタワーに飛び移る。

 さっそくハンモックに寝そべり、目を細めてゴロゴロ鳴きはじめた。


「ちぇっ、ロックにはかなわないや」


 頭を掻くミック。

 ふたりのやりとりを見物していたミライはたまらず吹きだしてしまった。


「あはははっ! ふたりはホントに仲良しなんだね!」


「うん、ロックは前世からの友だちだからね」「にゃっ」


「え、前世?」


「あ、いや、なんでもないよ。……あっ、見てみて! またなにか出てる!」


 誤魔化すようにミックが指さしたステータスウインドウには、新たなメッセージが表示されていた。


『ミニマルが寛いだことで、ロックの新しいスキルが解放されました!』


 新スキルは、『ハイド・イン・シャドウ』。

 これはロックが陰や暗がりに入ると、姿が見えなくなるというスキルである。

 盗賊や暗殺者が好んで習得するスキルなのだが、人間の場合だと気配やニオイは残ってしまう。

 しかし黒豹のロックは生まれながらにして隠密のプロなので、このスキルで存在を完全に消すことができる。

 ステータスウインドウの説明文を読んでいたミックは、「そっか!」と声をあげていた。


「そういえばミニマルがこの部屋に馴染むと新しいスキルが得られることを、すっかり忘れてたよ! 家具ひとつを引き換えにしただけあって、すごく役に立ちそうなスキルだ!」


「にゃにゃーん」


 自分はすべて知っていて、新スキルを狙ってキャットタワーをねだったのだ。

 ロックはそう言いたげなドヤ顔で、にゃんにゃん鳴いていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 森の奥深く、木漏れ日の下を歩くミック一行。

 それまで4本だった足は6本に増え、移動速度もアップ。


 ピクシーサイズになったミライは宝箱の真ん中でちょこんと顔を出し、珍しそうにあたりを見回していた。


「なるほどぉ! これならフライングライダーを持って歩かなくていいから楽ちんだね! それに目立たないから、モンスターに襲われることもないし! 宝箱からの景色って、こんなふうなんだー!」


 彼女の両脇には、ちょこん界の先輩であるミックとロックが肩を並べている。


「おもしろいでしょ?」「にゃっにゃっ」


「うん、とっても! それに、なんか不思議と安心するね!」


「この移動式宝箱トレジャーニー移動式住居ハウステップをさらにパワーアップさせたものだからね。家の中の安心感を持ちつつ、外での活動もできるんだよ」


「すごーい! ヤドカリさんってこんな気分なのかなぁ!? これならゴブリンさんに会っても怖くないかも!」


 道中、幾度となくゴブリンに遭遇することがあった。

 ミライは「ひいっ!?」と震えあがっていたが、特に不審に思われることもなく無事に森を抜け、一行は岩山へとたどり着く。


 岩の間をうねるように伸びる傾斜を登っていくと、岩場の向こうに苔むした洞窟が見えた。

 そして、新たなる問題に直面する。


 外から洞窟の天井を見上げていたミライはポニーテールをしおれさせ、「うわぁ……」と嫌そうな声をあげた。


「天井に、コウモリさんがびっしりぶら下がってる……」


 その両脇で、ミックとロックはあんぐりと口を開けていた。


「あれは……チスイコモリだね」「にゃーん」


 『チスイコウモリ』。

 主に洞窟などに棲息し、人間の冒険者やモンスターを襲って生き血を吸うコウモリである。

 その小さな吸血鬼の姿に、ミライはポニーテールと背筋をぞわぞわさせていた。


「このまま入ってったら、襲われちゃうよね?」


「うん。間違いなく襲ってくると思う」


 3人は宝箱の中で三角の陣を組んで、作戦会議をはじめる。

 最初に手を挙げて発言したのはミライだった。


「宝箱のフタを閉めたら襲ってこれないんじゃないかな?」


「フタを閉めたら前が見えなくなっちゃうよ。ちょっとだけ開けて進むとしても、隙間から入ってこられたらおしまいだし」


「にゃっ、にゃにゃっ」


「襲ってきたところをパンチで叩き落とすのはどうかって? 天井にいるのはかなりの数だから、猫の手を借りても足りないんじゃないかなぁ」


「そうだ、コウモリさんって大きな音と光が苦手って聞いたことがあるよ。みんなでわーって叫んだら逃げてっちゃうんじゃないかな?」


「うん、それはひとつの案かもしれないね。ちょうど、僕もいいアイデアを思いついたよ。それは……」


「ミックくん、ちょい待ち! だったらさ、勝負しない?」


「勝負?」「にゃっ?」


「わたしとミックくんの案それぞれやってみて、よりたくさんのコウモリさんを追い払ったほうが勝ち! わたしが勝ったら、ミックくんとロックくんを好きなときにギュッてさせること!」


 ミライはふたりから抱っこ拒否を受けたことがよほど不満だったようで、勝負にかこつけて、いつでも抱っこの権利を主張する。

 ミックとロックはその提案に、双子のようにそっくりな顔で眉根を寄せていた。


「う~ん……」「ふにゃ……」


「ちょ、そんな顔になっちゃうくらい嫌なの!?」


「嫌っていうか……僕が勝ったらなにかいいことあるの?」


「そうねぇ。じゃあひとつだけ、なんでも言うこと聞いてあげる!」


 ミライほどの美少女がなんでも言うことを聞いてくれるというのなら、世の男たちはふたつ返事でオーケーすることだろう。

 しかしミックとロックはまだ子供なので、眉間のシワをさらに深くするのみであった。


 されたことのない反応に思わず、ぐぬぬ……! と握り拳を固めるミライ。

 しかしどんなに塩対応をされても、ギュッとする権利がどうしても欲しかったので、作戦を切り替えることにした。

 ミライはポニーテールをからかうようにパタパタさせ、小馬鹿にするように笑う。


「ふふん、負けるのが怖いんだ。なんでもちょちょいのちょいのミックくんにも、苦手なことがあったんだね」


 そんなわかりやすい挑発に乗るミックではないが、このままでは話が進みそうもなかったので、半ばあきれ気味に折れた。


「うーん、そこまで言うのなら……。わかった、勝負しよう」


 「やったーっ!」と諸手を挙げて喜ぶミライ。

 もはやどちらが大人だかわからないが、ともかく勝負することになった。

 先行はミライ。


「ふふん、実を言うとわたし、大きな声には自信があるんだよね。見てて、ぜんぶ追い払っちゃうから」


 ミライは宝箱のフチに手を付いて身を乗り出すと、すぅーっと息を吸い込み、


「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 腹の底からの大声を放つ。ミックとロックは両手でお互いの耳を塞いでいた。

 声は周囲の山々に響き渡り、洞窟の奥にもこだましていく。


 しかし森の鳥たちは飛び立ったものの、肝心のチスイコウモリたちは1匹たりとも外に出てこない。

 さんざんな結果に、ミライは宝箱のフチに突っ伏してしまった。


「そ……そんなぁ~っ!?」


「じゃあ次は僕の番だね」


 ミライがふと顔をあげると、隣にいたミックは両手で端末のようなものを握りしめていた。


「なにそれ?」


「これは『ワールドコントローラー』っていうんだよ。……ぽちっと」


 ミックがコントローラーのボタンを押すと、ミライは洞窟のある方角から明るさを感じた。

 「えっ?」と視線を奪われると、洞窟の天井や壁がダイヤモンドと化したかのごとく、まばゆい輝きを放ってるのが目に入る。


「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 先ほどの大声よりも数倍の絶叫が、青空に轟いていた。

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