筋肉浪人

ケーエス

筋肉×浪人

 俺は浪人だ。筋肉が足りなくて試験に落ちた。



 ――数か月前


 学歴だけで人を評価するのはやめよう。幾度も続いた不況で就職が困難になる中、多様性を重視する動きもでてきた。その流れで受験においても変化の時が訪れた。


 共通テストの新科目に 『筋肉』 決まる


 この記事を見た時、俺は頭の中に鮮烈な映像を浮かべた。


 審査員を前に青空の元、光り輝く筋肉! その手には合格通知!


 間違いない。『情報』か『筋肉』かと言われれば間違いなく『筋肉』を選ぶだろう。推薦に出せるほどスポーツができるわけではなく、誇れるほど勉強ができるわけでもない。そんな俺が輝けるのは筋肉だった。


 筋トレといったら人並みの野郎はどうせ女の子にモテるためとかなんだろう。だが俺にとって筋肉は相棒、盟友、それ以上の何か! なのだ。人はどんな関係でも裏切ることはある。テスト勉強してないって言ってるやつに限ってテスト勉強をしている。俺絶対彼女できねえわと言っているやつに限って彼女を作っている。もううんざりだ。しかし筋肉は裏切らない。鍛えれば確実に応えてくれるのだ。


 筋肉は俺を熱くさせる! 筋肉こそ正義! 筋肉は裏切らない! さあやるぞ!


「共通テストあと100日だぜ」

「やっべ」

 周りは共通テストに向けて勉強しているようだが、俺には秘策があった。新しく来年度からモリモリ筋肉大学というのが開設される。F・キン・キタエヨーカーというツルッパゲ筋トレ廃人が「世界にスクワット」をスローガンに掲げ、筋肉の研究専門の大学を作りだしたのである。その大学は「サンダップ」など筋肉関連企業と連携している。つまりそこに行けば将来の安定までもが約束されるというわけなのだ。


 しかもモリ大は共通テストの「筋肉」の成績だけで入学を認めるという大胸筋振る舞い、これは勉強している場合ではない。Let's筋トレ!


「1……2……3……」

 腹筋、背筋、胸筋、大腿四頭筋、あらゆるところをいじめぬく。朝起きれば筋トレ。昼飯を食えばひそかに校舎裏に隠れて筋トレ。学校から帰ってきても筋トレ。それはそれは起きている間ずっと筋トレしているようなものだった。


「お前最近どう?」

 ある日、学校の帰りに友人が聞いてきた。

「そりゃあ頑張ってるよ」

と答えると、友人はにやっとした顔で、

「いつも勉強しないくせに、珍しいな」

と言った。

「そんな言い方するなよ。共通テストだぜ」

「まあ。そうだな。よし」

 友人が拳を突き出した。

「志望校第一志望、一発合格。約束な」

「ああ」

 俺も拳を合わせた。最高の笑顔だ。



 テスト当日、俺は試験会場にやってきた。『筋肉』だけを受けるため、みんなとは違う会場だ。不安もあるけど、ワクワクもしている。大胸筋もピクピクしている。そうか、お前も楽しみか。そうだよな。俺たちが認められる日が遂にやってきたんだからな。精一杯見せつけてやろうぜ!


 だが教室に入り、俺は唖然とした。そこには1つの机と椅子しかなかった。真ん中にポツンと置かれてある。しかし筋トレで培ったポジティブシンキングがドーパミンを分泌した。つまりライバルはいない。スポットライトは俺のみに当たっている。監督に直にアピールができるのだ。


「はい席についてー」

 最後の追いトレを行っていると、監督が入ってきた。そして少しむっとした顔をした。ここはモリ大ではないため、当然監督はマッチョというわけではない。ただのメガネをかけた中年女性である。しかも教卓を見下げてふらふら揺れている。とても筋肉に興味があるとは思えない。このばあさんに俺の筋肉を審査することなどできるのだろうか。大腿四頭筋がうねりを上げた。


「えーでは、卓上のものを片付けてください」

 俺が卓上に置いているのは受験票のみ。だってそうだろう? この場では筋肉しかいらない。しかしまたもや監督がまゆをしかめるのだった。なんでだ? まさかもう見限っている? 制服の上からでは判断なんてつかないぞ。

「試験問題を配ります」

 監督は2枚の紙を持って近くまでやってきた。そして立ち止まる。俺の顔をチラチラ見ながら紙を置いていく。気味が悪いが何かの罠かもしれない。気をそらしてはならないぞ。


  裏返しになった紙をじっと見る。なるほど、きっとこの紙にポージングの指示が書かれているんだな。いろいろあったが俺は意外にも冷静だった。各々の筋肉のコンディションを確かめる。僧帽筋、腹直筋。よし、大丈夫だ。あとはやるしかない。


――数分後。


 チャイムが鳴った。

「はじめてください!」

 始まった! 俺は立ち上がり、すぐさまブレザーを脱ぎ、ネクタイを外し、シャツを脱いだ。鍛え上げた己の肉体が露わになる。すばらしい、今日の大胸筋も輝いているぞ!


「え?」

 監督が目を見開いた。どうやら彼女は俺の筋肉に見惚れてしまったらしい。声も出なくなっている。よし、では早速最初のポージングといこうか。カモン!

 ぺらっとひっくり返した。問題文だ。期待に胸が高まる。さあ、どんなポーズだ?


 Q1、つぎの()に入る単語を語群から選びなさい。

 多核で横紋のある筋線維からなる随意筋を()という。


 俺は直立不動のままポージングしてしまった。


「なにやってるんですかあなた!」

 監督の声が響く。監督は廊下にいた教員を呼び寄せる。

 教員は教室に入るなり、

「うわっ!」

 と声を上げた。

 そしてどんどん人が集まっていった。口々に喋り始める。なんだこいつ、どういうこと? 筋肉に対する声援は一切なく、そのまま俺は意識を失った。




 『筋肉』は筋肉についての知識を問う問題だったのだ。国語、数学、生物学、歴史、倫理といった幅広い分野から構成される筋肉クエスチョンはむしろ難問。受験者の筋肉を評価する実技試験は筆記の本試験通過者のみであった。俺は当然、勉強は一切していない。今から間に合う入試などない。



 つまり俺は浪人になったのだ。頭の筋肉が足りなくて試験に落ちたのだった。

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