ぼくは筋装技士

凍龍(とうりゅう)

筋肉は美しい

 ぼくが筋装技士になったのは、やはり祖父の影響が大きかったように思う。

 祖父は超がつくほどのトレーニングマニアで、いくつもの大会で受賞歴のあるボディビルダーだ。果ては好きが高じてみずからトレーニングジムを経営するほどの筋肉好きだった。

 ぼくも高校生になる頃には祖父のジムでウェイトトレーニングを日課にするようになった。祖父の〝鍛え上げられた筋肉は裏切らない〟発言には百パーセント同意する。

 だが、一方でぼくは幼い頃から人体の筋肉が効率的な配置とは思えなかった。もっと美しい筋肉の配置があるものだと常に思っていた。

 意味がわからない?

 じゃあさ、骨格の構造に対して、最適な場所に適切な筋肉が付いていない気がする……って言えばわかるかな?

 あるいは、人間の筋肉はいまだ進化の途上にあって、今の姿が最善ではない、っていうのは?

 そうだな、たとえば、手のひらを上に向けて、親指と小指の先をくっつけてみる。年配の人だとその時手首の内側に筋が浮き出てくるんだ。これを長掌筋っていう。

 でも、僕らの世代でそんな筋を持つ者はほとんどいない。もはや使われていない筋肉で、退化していずれはなくなってしまうだろうと言われている。

 耳の周りの筋肉なんかもそうだ。遙かな太古、まだ人類の祖先が狩られる側だった頃には周りの音を広く聞き取るために耳を細かく動かす必要があったけど、今では耳を動かせる人なんてほとんどいない。その必要だってないし。

 かわりに、もう少し効率的に腕を動かしたり、もっとパワフルに腿を駆動するために筋肉を再配置できないか、と、ぼくは年中そんなことばかり考えていた。


 

 その頃、ロボット技術に新しい波が沸き起こっていた。

 これまでの、アルミやカーボンの骨格とサーボモーターを使った電気駆動系に代わって、発泡セラミック強化骨格と生体筋組織を使った生化学駆動系が開発されたんだ。

 生化学駆動系は反応が早く、電気をバカ食いする重いサーボモーターを関節ごとに配置しなくていいからロボット全体を格段に軽量化できる。

 それにともなって、生体筋組織をロボットの骨格にあわせてうまく配置する筋装技士という仕事が生まれた。ぼくは、これは天職だと確信した。

 だが、ほとんどの筋装技士が既存の人体をダビデ像やビーナス像のように美しく模倣するだけで、筋肉の最適配置を模索し異形の二足歩行ロボットばかり試作するぼくの考えはなかなか受け入れられなかった。

 結局、ぼくは業界の花形である二足歩行ロボットのメーカーや、より人体に近いアンドロイドの工房から軒並みつまはじきにされた。

 失意のまま、ぼくは汎用の四足や六足ロボットを手がける零細建機メーカーの非常勤技士として細々と生計を立てるしかなかった。



 そんなぼくのもとに、ある日車椅子の男性がたずねてきた。

 彼は消防のハイパーレスキューチームに所属するエースだったが、筋繊維が萎縮する治療法のない難病「筋萎縮症候群」を発病し、レスキューの仕事を諦めざるをえなかった。

 彼は天職と信じて取り組んでいた仕事から外され、生きる希望を失って鬱々としていたところ、異形の筋装ロボットばかりを生み出すぼくの噂を耳にしたらしい。

 その頃、ぼくは独特の筋肉配置を売り物にした高出力筋装ロボットの産みの親として、極限作業ロボット業界の一角でいわばキワモノとして名前が売れはじめていた。


「俺は、どんな異形になったとしても、もう一度レスキューの現場に立ちたいんだ!」


 最初は大手のアンドロイドメーカーに相談を持ちかけたものの、けんもほろろに断られたと苦笑していた。


「いずれ心筋や内臓もダメになる。目や口を動かすこともできなくなる。生き続けるためには、骨格と脳みそ以外の自分の身体を全て人造部品に置き換えざるを得なくなるんだよ」


 つまり、彼が望んでいるのは、やまいで衰えた肉体を捨て去り、世界初の全身サイボーグになるというリスクの大きなカケだった。

 大手のアンドロイドメーカーが二の足を踏むのも良くわかる。

 彼の病は進行性で、病状は一刻ごとに変化する。つまり、一時的にうまくいったとしても、いつどこでつまづくか判らない。そんなリスクの大きなカケにつきあうのは、もはや失うもののないぼくしかいないだろう。

 結局、彼の願いをぼくは受け入れた。

 天職と信じた仕事を諦めないといけないつらさは、誰よりぼくが一番良くわかっていたから。



 幸いにも、彼の入院する病院は人造筋肉義手や義足の執刀例が多く、主治医はその道のスペシャリストだった。ぼくらチームを組み、まずは前例のある義手や義足を発展させる研究開発からスタートした。

 その後ほどなく、筋繊維が壊死し動かせなくなった彼の腕を、肩甲骨から先の人造腕に置き換えた。さらに骨盤から先の人造脚を開発して彼に装着した。

 ぼくの設計した腕や足は普通の人体とは大きく異なる筋配置だったけど、彼はすぐになじんだ。むしろ、今までより速く、力強くなったと喜んでくれた。

 彼はレスキューの現場に復帰し、その強大なパワーを生かして大事故の現場で困難な救助をいくつも成功させた。

 ネットマガジンのトップページを、まるで建機のような彼の異形の肉体が飾るようになり、病気の進行にともなって彼は全身の臓器を次々と人造臓器に置き換えていく。

 そんな綱渡りにも似た日々が何年も続き、ついにぼくらは全身の人工臓器化を成し遂げた。

 身長は二メートル。脚や腕の筋肉は常人とは比べ物にならないほど太く盛り上がり、肩や骨盤も幅広い。人間とは明らかに異なるプロポーションの異形の二足歩行強化サイボーグ。それが彼だ。



 だが、彼はそれでも人間だ。

 どんな異形と成り果てようと、その鍛え上げられた筋肉は美しい。


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