第22話 主役は誰のもの?(8)反省会

「あぁ〜〜〜! どうしましょう!」


 オルダーソン公爵邸の令嬢の私室。今日もエリシャは狼のぬいぐるみを抱きしめ、広いベッドの上を無尽に転げ回っていた。

 ……舞台の後、テオドールは「ゆっくり芝居の余韻に浸りたいだろうから」と泣き止まないエリシャをそのまま家まで送り届けてくれたのだが……。


「満足にお礼の言葉も言えなかったわ。テオドール様に礼儀知らずな娘と思われたらどうしよう!」


「そーですね」


「チケットのお返しにディナーにお誘いしたかったのに、残念だわ」


「そーですね」


「でも、お芝居はほんっとサイコーだったの! 今度何か感謝のプレゼントを贈らなきゃ。アミ、一緒に考えてくれる?」


「そーですね」


「アクセサリーは重いかしら? やっぱり消えものの方が……」


 ジタバタぬいぐるみを抱き潰しながら大騒ぎするエリシャの横で、アミはぼんやりとティースプーンを動かし、溢れているのも気づかず缶から茶葉を掬ってはティーポットに入れ続けていた。



 一方、ライクス侯爵邸では。

 机に頬杖をついたテオドールが、上目遣いに今日の出来事を思い返していた。


「エリシャ嬢、可愛かったなぁ……」


 うっとりため息をつく令息に、執事が紅茶を差し出す。


「本日は、ディナーの予約がキャンセルになり残念でしたね」


 舞台後の予定のことを話すと、


「エリシャ嬢があんなに芝居を楽しんでくれたのなら、それでいいよ」


 このおおらかさはテオドールの長所だなとケントは密かに感心する。


「ところで、お芝居はどのような内容だったのですか?」


 あれだけ令嬢を号泣させるストーリーが気になって聞いてみたが、テオドールは少し考えて、


「泣いたり笑ったりハラハラしたりほっとしたりするエリシャ嬢の顔ばかり見てて、あんまり覚えてない」


 相変わらずのぽんこつぶりだ。


「たしか、主人公の裕福な貴族の青年が親を殺され貧民街に堕とされ、色々な犯罪に手を染めながら成り上がって親を陥れた黒幕を殺して、最後は黒幕の娘に殺されて終わった」


 ……随分と殺伐とした内容だった。エリシャは恐怖で泣いていたのだろうか?


「パンフレットのあらすじには、悲恋と書いてありましたが」


 ケントが一応確認してみると、


「そういえば、途中黒幕の娘と主人公の青年が恋仲になってた気がする」


 きっとそれが主題だ。


「とにかく、今日はエリシャ嬢が可愛かったからそれで完璧」


 感無量とばかりに紅茶を啜ったテオドールは、一息つくと執事に向き直る。


「ケントも今日はご苦労だったな。待機時間が長くて退屈だったろう?」


 訊かれた執事は、ちょっとだけ左斜め上に視線を動かしてから、にっこり微笑んだ。


「いえ、私もとても楽しゅうございましたよ」

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片思いをこじらせた令嬢と令息は、目の前の両思いに気づかない 灯倉日鈴 @nenenerin

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