愛の三角筋

にわ冬莉

第1話

 ここはマッチョ帝国…


 老いも若きも男も女も、皆、マッチョ。

 マッチョたらんことを何よりも重視し、マッチョこそが正義と国を挙げて推奨しているマッチョの、マッチョによる、マッチョのための帝国。



「いいか、ダンベルだ! まずは5kgから始めて、最終的には両腕50kgまでいくぞ!」


 とある施設で熱弁を振るうのは、この施設の教官、ザビエル・デ・マッチョ。マッチョ育成のための総指揮を任されていた。

「最近の余所者は貧弱でならん。一刻も早く我が国に染まってもらわねば」

 半ば溜息交じりに呟く。


 というのも、ここ最近、近隣諸国で起きたクーデターや小競り合いのせいで、我がマッチョ帝国への避難民の数が激増しているのだ。


 しかし、相手が避難民であろうとなんであろうと関係ない!!

 マッチョ帝国の国民と共に暮らすというのであれば、それはもう、マッチョを認めたも同然! 認めたのであれば、さぁ、君もマッチョ!! なのである。


「教官、少し、休憩を、」

 ダンベルを床に置き、力なく項垂うなだれる青年。

 確か、昨日この施設に来たばかりの移民だったか。


「甘えたことをいうな! マッチョは一日にしてならず!! 手を、筋肉を動かせ! 躍動させるのだ~!」

 ザビエル・デ・マッチョは声を張り上げ、熱くげきを飛ばしている。

 青年は半ベソをかきながら、手にしたダンベルとザビエルを交互に見つめた。





 *****



 原稿を読む手を止める。眉間には皺が寄り、目が泳ぐ。


「監督、これって…」

 監督、と呼ばれた男性が回転椅子をくるりと回し、得意満面に笑う。

「いいだろう? ここから、青年とザビエルとのラブストーリーが始まるんだ! 厚い胸板と胸板! ほとばしる男臭さとは裏腹に、ガラスの如く繊細に揺れ動く感情!」

「敵国から逃れた元兵士の愛と感動のラブストーリー、って依頼したのに、なんでこうなるんですか? 本気でアカデミー賞を狙う気ありますっ?」






『今年の最優秀作品賞は…』

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愛の三角筋 にわ冬莉 @niwa-touri

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