【KAC20235】さあ、のんでふたたび

サカモト

さあ、のんでふたたび

 いつの間にか、ぼくの住んでいるマンションの最上階がカフェになっていた。

 店主はハンサムボブカットの十六歳で、三白眼の女の子だった。店は彼女が学校の終わった放課後から開店する仕組みになっている。



 夕方になり、今日もエレベーターに乗って、住んでいるマンションの屋上へ向かう。

 ぼくの住んでいるマンションの屋上にはカフェがある。そこは、つのしかさんという、ぼ高校生の女の子が店長していた。学校は違うけど、歳は同じ似たようなものだった。彼女は、きりっとしたおかっぱに、三白眼のひとで、エプロン姿で、若干、攻撃的な接客してくる。

 ぼくが両親と住んでいる部屋は四階で、つのしかさんが店長をしているカフェは七階の最上階だった。

 エレベーターが停まり、最上階のフロアに着く。出迎えるのは、日で替わらないのに毎日書き直されている日替わりおススメメニュー手書き看板だった。

気にしないで通し過ぎ、店の扉をあけると、いつもの鈴がなる。

 ここはカフェで、あと、本も売っている。店の壁には大きな本棚が設置してある。棚には新刊も古本もささっていた。取り揃えたジャンルは雑多で、文学やライトノベル、漫画、地図から、料理、占いなど、品ぞろえからは、あまり法則が見えてこない。

 その日、店内に入ると、つのしかさんは、ひとりで腕を組んで立っていた。

 ひとり、といって、彼女の他に、この店の従業員がいるかは、不明だった。いつも、店には彼女しかいないし、この時間帯は、客はぼくしかいない。

 つねに、一対一の対決だ。

 いや、対決でもないけど。

 で。

 つのしかさんは、持ち前の三白眼でそれをみつめていた。なかなか鋭い眼差しだった。そのまま目からビームで出そうだった。

 そして、ビームの出そうな視線の先には、大きなイルカの虚像があった。陶器でつくらているらしい、つやつやだった。そして、笑顔だった。

 イルカの笑顔って、なんだろう。

 おいしいサカナでも食べたのか。

 それはさておき、イルカの虚像は、ぼくの胸あたりくらいまでの高さがあり、デフォルメされたイルカが海から飛び出た躍動感が再現してある。

 昨日までは店に無かった虚像のイルカだった。今日になって、こつぜんと現れた虚像だった。

 そんな虚像のイルカを、しのしかさんはじっと見つめている。今日も化粧は完璧だった。

 やがて、彼女はぼくを見ていった。

「戦士が来た」

 異彩を放つその発言に対し、ぼくが困って黙っていると、彼女はつづけた。

「いらっしゃいませ」

 一個前の発言が気になり過ぎて、ぼくの反応は一呼吸おくれたものの、なんとか「ああ、どうも………」と、あいさつを返す。

「で、あなたを戦士と見込んで頼みがある」

 そして、つのしかさんはそう切り込んできた。

「いえ、ぼくは戦士ではありません」なにわともあれ、はっきりと声明を告げた。「見ればわかるでしょ。もし、見てわからないなら、社会勉強が不足しているだけです」

「あなたのそのチカラをかしてほしい」つのしかさんは無視して言って来る。「そのマッスル感を、ぜひ、ここに」

 また新規に異彩を放つ言葉の登場に、ぼくは途方に暮れ「マッスル感」と、ただ、そこの部分を、なぞって、つぶやいてしまう。

「このイルカを動かしたくって」

 と、つのしかさんは目の前のイルカを指さす。

「なんですか、このイルカは」

「仕入れたの。店で売ろうと思って」

「仕入れたんですか。店で売ろうと思って」

「高額なイルカなの」

「高額なイルカなんですね」

「これを売って大儲けする予定です」と、つのしかさんは急に敬語を混ぜてくる。「いっそ、大胆に、お金稼ごうと思いまして」

 そう説明されて、ふたたび虚像のイルカを見る。

 買う人はいるんだろうか。ぼくには、わからない。ぼくは、ほしくはない。

「というわけなので、動かしたいから、持ってほしいの」

 そして、会話は冒頭のテーマへ戻る。ぼくは「持てばいいですか」と、問い返す。

「おねがいします」

 つのしかさんは丁寧に頭をさげてきた。ボムカットもゆらし。

 真正面から頼まれると、ことわりにくい。ぼくは「わかりました」と了承し、虚像のイルカのそばに寄る。高価な品だというので、気をつけなければいけない。

 さて、どこをどう持とうかと悩んでいると、背後から「イルカに抱きついて、持ち上げるしかない」と、命令なのか、アドバイスなのか、つのしかさんが情報を与えてきた。

 そこで、ほぼ抱き着いて持ち上げる。なんだか見た目より、かるかった。

 虚像のイルカを持ち上げてすぐだった、かしゃ、っとシャッター音がなかった。見ると、彼女がスマホで写真を撮っている。

 虚像のイルカを抱き上げたまま見返していると、彼女はいった。

「買って、そのままお客さんが担いで持って帰れるっていう、証拠写真がほしかった」

 そう告げられ、ぼくは少し考えた後。

「あの、どこかに運ぶとか、そういうのは」

「ない、持ち上げれるっていう、エビデンス的写真がほしかったのみ」

「うん、ぼくがいまここで不当に消費された少量の青春を返せ」

「もう置いていいですよ」

 そう言われ「あ、はい」と、素直にしたがってしまい、イルカの虚像を置く。

「ありがとうございます」彼女は微笑み、続けた。「今日は店が一杯奢ります」

 つのしかさんはそういった後、いまいちど、スマホを取りだす。それから画面を凝視した後でいった。

「こんなにしっかり抱き着いて、あなた、イルカを愛しているのね」

「いえ、仕組まれた愛です、それ、あなたに」

 そう返したけど、聞いているのかいないのか、彼女はスマホを手にして、カウンターへ向かって歩いてゆく。どこか、足取りも軽かった。

 あきらめて、ぼくはいつもも座っている席につくと、やがて、彼女はレギュラー珈琲を運んで来て、テーブルの上へ静かに置いた。

 それから、ふと、つのしかさんは虚像のイルカの方を振り返った。そして、じっと凝視する。

 やがて、彼女はいった。

「まってください、イルカがちょっとズレてる」

 指摘され、見ると、たしかに、イルカの虚像は元置いてあった位置から、やや移動してしまっている。しかも、人が通りそうな場所にズレこんでいた。

 イルカによる、入店妨害みたいになっている。

 しばらく、ふたりでそれを見ていた。

ほどなくして彼女がぼくの目を見ていった。

「さあ、のんでふたたび」

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