18 デコルテ


 秋が終わりに近付いて、もうすぐ社交の季節になる。

 この頃ヴァンサン殿下は僕の寮の部屋に直接飛んで迎えに来る。帰るときも部屋まで送ってくれる。一緒にいるのを見られるのはとても危険なのだと言う。


「エリク、君にとびきりの舞台を用意してあげよう」

 王宮の夜会が開催されるそうだ。

「僕は平民だから、王宮に上がれないんじゃないの」

「大丈夫だ。シャトレンヌ公爵が君の身元を保証してくれる」

「公爵が……?」

 何で?

「行くかい?」

「夜会?」

「ああ、ドレスを送ろう。私が君をエスコートしてやろう。胸を何とかしろよ」

「アンタ、僕にドレスを着ろと──」

「自分の実の親かもしれん。一応見ておくのも悪くないぞ」


 そうか、最初で最後になるかもしれないんだ。だったらアレが欲しいよね。

「殿下、アフリマンが欲しいのです」

「アフリマン? え? 何でここにアフリマンが出て来るんだ」

「その、心に刻み付けても、人は忘れる生き物なのです」

 どこかで読んだ本の中の言葉だ。

「だから刻み付ける道具をですね──」

「呼んだー?」

 話の途中で出てくる人がいる。

「母上……」

「アフリマンよ、はいどうぞ」

 バサバサと羽ばたくアフリマン。片手に乗るくらいの大きさで、目玉一個と羽足以外は赤い色だ。手を差し出すとちょこんと乗って「ぴや」と鳴いた。

「あの、これ生きて……」

「可愛がってちょうだい。ああ、人にはインコに見えるようにしたからね」

「インコ? いや、その」

 どう見てもアフリマンだよな、丸くて目が一個で羽根があって。

「ぴゃ」

「ヴァン、願いを叶えたから少し仕事を手伝ってね」

「母上!」

「ぴょ」

 ナニコレ、可愛い。

 ヴァンサン殿下は魔王様と共にいなくなった。

「お送りします」

 クレマンさんがサロンから寮まで飛んで送ってくれた。

 ホントきっちり仕事をしてくれる人だなあ。尊敬しちゃう。


「ぴや」

 僕の頭の上で鳴くアフリマン。取り敢えず名前を付けてやろうか。

「決めた、君はピコだ」

「びやっ!」

 何かちょっと違うような気がするけどまあいいか。



  * * *


「エリク、お前いつからインコ飼ってるんだ」

 いつもの図書館でニコラが聞く。

「ここそういうの飼っていいの?」

 ジュールもじっと怪訝な目でピコを見ながら聞く。

「さあ、でもコイツ大人しいし、悪さもしないよ。ほらニコラとジュールに挨拶して。コイツ、ピコって言うんだよ」

「びやびょびょ!」

 僕の頭に乗っかっているだけだし。

「何か食べるの? こいつ」

「夜に狩りをしているみたいなんだよね。臭いから洗えって言ったらもう臭わなくなったし、頭いいんだよ」

「ぴっ」

 僕のドヤ顔にピコも胸を張る。

「臭いって──」

「なに?」

「いやいい」

 ジュールが首を横に振って引き止めて、ニコラは聞くのを止めた。



「それより見て欲しいものがあるんだ」

 二人を僕の部屋に引っ張る。

「エリク、何を作っているんだ」

 机の横に置いてあるのはトルソーだ。マネキンの上半身、首なし……、そういう風に表現すると何か怖いな。

「胸だ」

「胸?」

 言われてニコラが作りかけの胸に触る。

「うわっ、これポヨンポヨン揺れる。やり過ぎじゃね」

「よく知っているな、ニコラ」

 ジュールの冷たい声。

「俺四男で兄貴の嫁にからかわれまくったからな。お陰で女嫌いだ」

 焦り気味のニコラの声。

「ジュールは何で女嫌いになったの?」

「わ、私は元々だ」

「なるほど」

 何がなるほどなのだろうか、と二人が顔を見合わせる。


「なあ、見本が欲しいんだが」

 トルソーにスライムジェルをまとわりつかせてデコルテを作る。色味を合わせて、これがなかなか難しい。少しは揺れた方がいいと思ったんだがニコラが違うというし。

「ふるいつきたくなるような胸にしてやるんだ」

「エリク、何に対して喧嘩を売っているんだ」

 ジュールが聞く。

「殿下に言えよ」

 ニコラが丸投げする。

「うーん」

 それしかないかなあ。



 いや、だからっていきなり娼館に連れて来る事は無いだろうに。

「さあ、より取り見取りだぞ」

 ヴァンサン殿下は後ろで見物する気だ。認識阻害までつけているし。

 くそう。

 ずらりと並べられたキレイどころ。まあ、参考にするしかないな。

 よし、まず色味から行こう。

「年頃とかこんくらい? すみません、ちょっと触りますね」

 弾力ってこんなものか。スライムジェルをべたりとくっ付けて型を取る。二人くらいでいいか。ものの十分もかからなかった。

「分かりました。もういいです」

「もういいのか? じゃあ帰るか」


「横で睨んでいませんでしたか? 触りたかったんですか?」

 馬車の中でヴァンサン殿下にふくれっ面で聞く。

「いや、どんな顔をしているか見ていただけだ。その、鼻の下伸ばしてないし、赤くなってないし、真剣な顔をしていた」

「へ? 僕デコルテ作るのに懸命なんですよ」

 いきなり娼館に連れて行かれてびっくりしたんだぞ。緊張してそれどころじゃないし。ぷんぷん。


「わかった。君に一番似合うドレスを用意しよう。もちろんデコルテに似合う首飾りもね」

 ニヤニヤして僕の顎を持ち上げて、ちゅぱちゅぱしながら言うんじゃない。

「うーん。僕ドレスを着て歩けるかなあ」

「私がエスコートするから」

「でも、ドレスのすそを踏ん付けたりしたくないな」

「分かった、練習用のドレスを買ってやろう」

「いや、自分で買いますよ」

 一応お金あるんだけれど、実家に素材とかお菓子とか送るくらいであまり使っていない。ドレスって高いんだろうなあ。

「ダメだ。そうだな、この前ルイが使った離宮に運んでおこう。ついでにダンスの練習もしようか」

 うお、どんどんハードルが上がるな。出来るかな貴婦人。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る