17 街で追いかけっこ


 ニコラとジュールはそれから十日足らずで帰って来た。移動に片道三、四日かかるとして、ほとんど家にいなかったんじゃないのかな。

 僕たちは時々ダンジョンに潜ったり、図書館でグダグダしたり、王都の街をぶらぶらして過ごした。


 学院が始まっても似たような感じでいたある日。

「ねえ、エリクって見えにくくなるような魔法とかかけている?」

 ジュールが王都の街の流行りのカフェで聞く。ジュールはコーヒーにオレンジブラウニーを食べている。

「何だよジュール、その魔法って?」

 ニコラが怪訝な顔で聞く。ニコラはお茶にベイクドチーズケーキ、僕はミルクティーにマロンケーキ。マロンクリームたっぷり、クリの甘煮もたっぷり。


「いや、私はレベルが上がって、ダンジョンのちょっとしたトラップが分かるようになったんだ。そしたらエリクにも何か似たものを感じる。こう、落とし穴を分からなくするような感じの」

「ええと──」

「エリク、ちょっと待て」

 僕が話そうとするとニコラが引き留める。声を低めて囁いた。

「街に出ると見張りがいるんだ。今日は毛色の違うのがいる」

「え……」

「見るな」

 すごいなニコラもジュールもレベルアップしているんだな。


「僕、光玉を持っているんだ。目晦ましになるからどこかで逃げようか」

「そうするか」

「この店を出て左に曲がるとちょっとした広場があるんだ。広場でおびき寄せて南西の下りの路地に入った所で光玉でどうだ」

「よっしゃ」


 作戦通りに店を出て、広場をぶらぶらして路地に向かう。

 見上げれば空は何処までも澄みわたり、王都はもう赤や黄色い色で染まっている。だがそんな感慨はすぐに吹き飛ぶ。

 ちょっと強そうな男が何人かこっちに向かうのが分かった。路地に入って一、二、三で光玉を投げた。光苔の光成分を抽出して凝縮した玉が弾ける。カッと結構な光量で輝いた。


 僕は光に背を向けて、ニコラとジュールの手を掴んで走った。

 風を纏ってと二コラが言ったけど、何となく感じるな。風に背を押される感じだ。路地の反対側まで走ると馬車が止まっていた。見覚えのあるノイラート商会の馬車だ。

 僕たちを見つけたルーマンさんが扉を開けて「乗って」という。三人で飛び乗って、馬車が走り出すと少しして路地から男たちが走り出て来た。ニコラが後ろを振り向いて息を吐く。


「あいつら手練れだった」

「しばらく街には出ない方がいいでしょうね」

 ルーマンさんが言う。

「ありがとうございます。すみません」

「いえ、いいんですよ。私が一番近くに居ましたからね。そう言えば先程の光は凄かったですね。街の人々が何事かと大騒ぎでしたよ」

 うへ。騒動を起こしていたのか。

 ルーマンさんは学院まで送ってくれた。



「何だかすごい事になっているな」

 僕達はやっぱり図書館で話している。ジュールが結界を作ってくれて内緒話の態勢だ。

「僕は小さい頃攫われて、それでお父さんが認識阻害の魔道具を買ってくれたんだ」

「認識阻害?」

「うん、はっきりと認識できなくするっていうか、僕の髪と目は水色なんだ」

「水色って珍しいな」

「ああ、そうか。公爵家の──」

 ニコラが言いかけて黙ってしまう。

「その、巻き込んじゃってごめん」

「そうか、私達は最初から巻き込まれていたのか」

「ええとなるべく一人にならないように、これ結界と防御の玉、持ってて」

「うん」

「これ、拘束と脱出の玉。どっちも相手を指定して使って」

「エリクは大丈夫なのか?」

「うん。殿下が魔道具やら──」


 そういや、あの魔境での契約って何だったんだろう。死なないって言ってたな。殿下は魔族だし母親は魔王だから、死ににくいんだろうな。あの前と後で何が変わったか自分では分からないんだけど。角とか翼とか生えていないし。



 ヴァンサン殿下は時々ノイラート商会に連れて行ってくれた。僕のジェルボールを商会で独占製造販売する事になったお陰で、結構な金額が僕達に支払われる事になったのだ。

 商会が僕の口座を商工ギルドに作ってくれて、どこの国でも下ろせるという。

 それに商会がかなり厳格な商品規格を作ったので、ノイラート商会の商品の品質は保たれるのだという。


「この前はありがとうございました」

 そう言うとルーマンさんは「いえいえ、お役に立てて何よりです」と、笑う。

 殿下は何も言わない。見るのが怖くて首を竦めた。



  * * *


 商会からの帰りの馬車の中、ヴァンサン殿下に聞いた。

「その、シャトレンヌ公爵という方はどういうお方ですか」

 やはり気になる。

「彼は魔力が多く攻撃力もあり、この国が帝国に併合されるのを防いだ英雄とされる。金色の髪、青い瞳で疾風の金獅子と二つ名がついていた。ルイなどは彼の武勇伝が好きで憧れていた」

「疾風の金獅子」

 何かかっこいいな。


 彼が活躍したのは二十数年前。時の王は前王、帝国の皇帝も前代の皇帝であった。帝国は公爵の領地とその北の辺境伯領からの二面作戦で侵攻して来た。

 辺境伯方面を帝国の有利に導いた黒騎士という手強い将軍がいて、彼は手勢を率いて帝国側が苦戦する方面に乗り出した。

 帝国王国ともに多数の犠牲者の出たこの戦いで、王国の騎士でわずか十九歳の公爵家嫡男の八面六臂の活躍は、王国の喝采を浴び帝国を黙らせた。

 ルイ王子が憧れる武勇伝とは、この時の黒騎士将軍と金獅子公爵子息の一騎打ちをいう。力でねじ伏せる黒騎士に対して、技と疾風の如き速さで対応し最後に風魔法でケリをつけたのだ


「王国の勝利で戦争は終わり、彼は帝国との友好の証として帝国の美姫を娶った。水色の髪水色の瞳の公爵令嬢で夫婦仲は良かったと云う」

 母親は帝国の人だったのか。

「どう思う?」って、僕に振るのか。

「僕には分からないよ。帝国には彼女の婚約者とか居なかったの?」

「居たらどうする?」

 えええーーー!! いるのかっ!!


「奪い返すか、殺すか」しか、単純な僕には思いつかない。

 もし、公爵夫人が帝国の婚約者を好きだったらどうなるのか?

 もし、双子の親が帝国の──。

 うわあ、殿下が何も言わない訳だ。

 母親が水色の髪水色の瞳なんて、子供は母親に似ているのか。

 父親が誰か分からないなんて。

 うわあ。


 マドレーヌはまだ生きている。

 僕もまだ生きている。


 でも、僕と彼女の生きているは違う気がする。

 そうだ、

 マドレーヌは公爵令嬢として生きている。

 でも、僕は平民のただのエリク・ルーセルだ。

 生きていない筈の子供、それが僕だとしたら──。


 うーん。やっぱりどこに居ても殺されそうだな。

「エリク、余計な事はするな」

「うん、しないよ」


 余計な事はしない。ていうか、どうすればいいんだ?

 でも人間何があるか分からないからな。小さな時に攫われそうになった身としては。うーん。僕は攫われ体質なのか。お父さんお母さんお兄ちゃんたちは大変だったんだ。


「ヴァンサン殿下にも迷惑をかけてごめんね」

「そうだな、引き受けた」

 ああ、この人は。えへ、何か嬉しい。

 見上げると見下ろす顔は真面目に引き締まっていた。

「これからも引き受けてやるからな」

「うん。よろしくお願いします」

「公爵には会わせる。彼は奥方が居なくなって人が変わったと言われる。期待はしない方がいい」

「分かったよ」

 そうか、会えるのか。どんな人かな。マドレーヌ嬢みたいに何か言われるかな。


『あなたはわたくしの身代わりなのね』

 僕の心をゾワリと冷たく撫でる言葉。


「エリク、君の身代わりなぞいない、どこにも行くな」

 心が読めるのか、この人は?

 抱き締められてキスをされ返事が出来なかった。代わりに背中に手を回して殿下を強く抱きしめ返した。

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