11 アンタダレ?


「コホン。兄上にお願いがあります」

 ルイ殿下が仕切り直した。

「何だ」

「そいつの認識阻害を解いていただきたい」

「何故?」

「とても気になることがあります。確かめるまではそれだけしか言えません」

 僕を攫って、ヴァンサン殿下を呼び出して、ルイ王子は何を確かめる気か。

 兄弟はお互いをじっと見る。人払いをしているから此処には四人だ。王子二人と聖女と僕だけ。

「分かった」

 ヴァンサン殿下は僕の手を取って、指輪に呪文を唱える。

 やっぱり外せないんだな。


「あら」

 聖女の方が声をあげた。

 ルイ殿下は僕をじっと見る。負けずに見返す。ヴァンサン殿下が宥めるように頭を撫でる。飛び掛かったりしないって。

「偽物じゃないんだな」

 どういう意味なんだ。

「兄上に話がある。二人で話したい」

「ちょっと待て」

 殿下はもう一度指輪に呪文を唱えた。

「ねえ、これ使う?」

 僕は簡易の防音結界ボールを差し出した。

「ああ、これなら小さくてちょうどいいか」

 どうせ小さいのしか出来ないよ。まあ役に立つならいいか。



 二人が広い部屋の隅で結界を張って話始めた。

「ねえ、エリクちゃん。私達もお話しない?」

 聖女が猫なで声で聞く。

「はい」

 振り向くと、そこに聖女はいなかった。

 いたのは銀に赤い瞳の、ちょっとヴァンサン殿下に似た感じの背の高い色っぽい美女だった。


「アンタダレ?」

「うふふ。だからヴァンが言ったでしょ。は、は、う、え、よ」

 一言ずつ区切って言ってくれた。胡散臭そうなその顔、でも銀の長い髪は透き通っているし、整った顔がよく似ている。瞳の色が赤いけど。


 黒っぽいドレスに首の後ろにカラーがあって、ティアラを乗せて、長い裾を引きずって、襟ぐりは結構開いていて。母親にしては随分若く見える。

「君がヘンなものをかけるから、変身が解けちゃったわ」

 彼女は自分の手やら身体やらをクンクンと嗅いだ。あの甘ったるい匂いが無くなっている。消臭玉はイケるようだ。よっしゃ。


 聖女、いや、ヴァンサン殿下の母親の足元から、白いものがくねくねと出て、アクセサリーのように腰から肩にかけて巻き付いて、それがこちらを向いてチロチロと長い舌を出した。

 これあの時の蛇じゃん。

 この前からの気になることが、一気に解決したような気分になった。



「この子、私のペットなの。飼育係が粗相をして逃がしてしまったのよ。私はこの子を探してこの国まで来たの。元々この国で保護したから、帰巣本能かしら。バルテル王立魔術学院の敷地内に居るって分かって、懐かしさも手伝って転入したのよ。ヴァンサンもいるしね」

 よく舌が回るな。立て板に水とはこの事か。


「でも、学院に行ったらヴァンはすっかり拗らせているし」

「こじらせて?」

 思わず声が出てしまった。

「私達一族の病なのよ。拗らせたら国を破壊して、自分も破壊しちゃうから」

 ヴァンサン殿下の母親はとっても恐ろしいことを言った。

「ヴァンだと、一、二カ国じゃ済まないわね」

 脅しているのか?

「学院の子をちょっと回復してあげたら聖女だって崇められるし、まあ色々と面白かったけれど、この子がなかなか見つからなくてね」と、肩に巻いた蛇を優しく撫でる。


「見つけてくれたの君たちだって?」

「そうだけど」

 ていうか、この白蛇に見つけられて逃げ出したら追いかけて来たんだけど。

 コイツ大きくなったりしないかな。今の内に白蛇のエサにされるとか。蛇を睨むと「きゅ」と小さく鳴く。ちょっと可愛い。


「うふふ、可愛い。そっかあ」

「何がそっかあだよ。さっきアンタなんて言ったか覚えてる?」

 とおーってもいいところって何だよ。

「いいじゃない、折角ヴァンが一緒に帰るって言ったのに、突然気が変わってどうしちゃったのかと思ったのは私の方だわ。また病気がぶり返したのかと思って、すごく心配したのよ」

 母親に心配をかけたらしい。ていうか、国の存亡の危機だったのか?


「だから監視を付けていたのよ。私も忙しいのよ」

 母親は蛇を撫でていた手をぱらりと上に向かって広げた。ポンと小さな羽根を付けたモノが出て来た。丸くて真ん中に目があって、黒いコウモリの羽と爪のある細い足のコウモリくらいの小さな魔物だ。


 こいつ本で見たアフリマンに似ているけれど、こんなに小さいのか?

「ずっと見ていたわ。ヴァンと出会ったところも、さっきのみたいなヘンなものをヴァンにかけたのも、そのあとも──」

 そのあとって、母親に見られると、とても恥ずかしいような出来事もか……?

 わっ、顔から火が出る。


「最近では君の方に重点を置いていたわ」

「そいつって匂いがする?」

「え? ああ、見えないように変身の香水もつけているわ」

 そうなのか。聖女じゃなくてアフリマンが見張っていたのか。

「君は鼻がいいのね。普通はあまり匂いは感じない筈だけど」

 そうかな、魔道具を作る上で匂いは重要だと思うけど。ジェルボールも不純物を取り去ってきっちり捏ねると匂いがしなくなるんだ。


「まあさっきの認識阻害を解いたのを間近に見てよく分かったわ。仕方ないけれど条件を付けてならいいかと思って」

「母上、また何をいちゃもんつけて」

 ヴァンサン殿下とルイ殿下が話を終えて戻って来た。

「人を最終兵器みたいに言わないで下さい」

 どうも聖女が大げさに言ったようだ。


 聖女の変わり果てた姿を見てルイ王子は固まった。

「アリアーヌ?」

 ヴァンサン殿下が頷く。

「私の母上だ。死んではいなかったのだ」

「王妃さま?」

 ルイ殿下は兄の母親をまじまじと見た。元王妃はにっこりと笑う。

「私は物分かりがいいのよ。ヴァンが隠し立てしなければ協力してあげたのに」

「何言ってるんですか、邪魔ばかりして。ルイに聞きましたよ」

「まあ、あれはあれよ。この子には聞かなかったの?」

「エリク、何か隠していたのか?」

 いや、だから睨むなって。綺麗な顔が無表情になるととても怖い。

 図書館で盗み聞きしたのやっぱりバレていたんだな。出る前に少しぐずぐずしていたもんな。


「この二人が密談みたいなことしてたのを偶然聞いただけだよ」

 二言三言の短い暗号の様な会話だった。

「意味分からなかったよ」

「それだけか?」

「うん」

「そうか」

 うん、アンタが一番怖いんだから。


「ルイ、話してくれてありがとう。私も調べてみよう。君は危険だからあまり首を突っ込まないでくれ。連絡はちゃんと取るから、出番が来るまで待っていてくれ」

「分かった」

 ルイ殿下は僕の方を向いた。

「エリク。君には悪い事をした。この前君が逃げた時とても驚いて、そのあと部屋で君を見てびっくりした。本当の君は──」

 ルイ殿下はその青い瞳を眩しそうに細めた。


「私は色々知らない。広く知らなければいけないと思う」

「それはいい事だ。ルイは感受性が鋭い。私はとても鈍っているから、何もかもから背を向けて逃げようとしていたのだから」

 これは和解したとみていいんだろうか。


「あのう……、お願いがあるのですが」

 ヴァンサン殿下の母親に聞く。

「え、私に? 何かしら」

「その蛇の抜け殻を頂けませんか?」

 身を乗り出して懇願すると、殿下の母親はブッと噴き出した。ヴァンサン殿下は全くといった顔で横を向いてしまったし、ルイ殿下は珍獣でも見るような顔だ。

 でも僕は、もらえたら嬉しい。

「いくらでもあげるわ」

 おお!

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