07 餌付け


 その日から一週間くらい経った頃。放課後の教室に迎えが来た。

「失礼、エリク様」

「はい」

 わ、この人ヴァンサン王子の護衛の人だ。クレマンとか言ったっけ。

「殿下がサロンでお待ちです」

「あの、僕一人ですか?」

「はい」

 いやっていう選択肢はないのか。

 ニコラとジュールが見ているけど肩をすくめた。



 サロンは広くて明るくて、豪華なテーブルとソファがあって、そこに銀の透き通った髪をゆるく組みひもで結んだ殿下が、瑠璃色の瞳を輝かせて座っていた。綺麗な人だ。第二王子殿下は金髪碧眼でそのまんま王子様って感じだけど、この人は何だろう、人じゃない感じ、精霊とか竜人とか言っても信じそう。


「やあ、呼び立ててすまなかったね、エリク。座って」

「あ、はい失礼します」

 座るとお茶が出てお菓子が出て、しばらく優雅なお茶タイム。出されたお菓子は僕の好きなフルーツケーキだ。ドライフルーツからこぼれるブランデーの香りとバターの風味が絶妙で美味しい。


 チラと殿下を見るとまた動かなくなっていた。瑠璃色の瞳に吸い込まれそうなんだけど、目の前で手をヒラヒラさせたら失礼かな。


 そう言えば話した言葉を記憶する装置とか、見た景色を記憶する装置とか出来ないかしら。やっぱしアフリマンとか斃さないとダメかな。

 こんなとこ、もう二度と来れないと思うんだけど。


「君から預かった防御の玉だけど」

 余計な考え事をしていると、殿下がこっちの世界に戻って来た。

 防御玉の後遺症だろうか。でも僕はどうも無いんだけど。

「はい」

「調べたけどとても色々効果があってね」

「あ、あの、大丈夫ですか? お身体何ともありませんか?」

 僕が食い気味に聞くと殿下は瞳をぱちくりとさせた。

「どうも無いよ、いや多少すっきりしたかな」

「そうですか」

 よかった。大丈夫なようだ。


 殿下は一口お茶を飲んでから続けた。

「あれを売る気はないかい?」

「ええと、殿下が買うんですか?」

「いや、商会で。君の名前で特許を申請したらどうかな」

「え?」

 何か思っていたのと全然違う方向で、どうすればいいのか。

「ええと、じゃあこの『ちょっと隠れる』とか『光玉』とか『氷玉』とか『ライト』とか──」


 この前、殿下を探して五日くらいダンジョンに潜ったんで、たくさん素材が集まったんだ。地下三階まで行ってみたし。

 その後、暇に任せて僕は色々なものを作った。自分が作った物が売り物になるとか、すごく嬉しいんだけど。


「君、一体幾つ作ったんだい」

 呆れたように殿下が聞く。

「あと『ちょっと上がる』とか、でも数はたくさん作ってないんで」

「それは大丈夫だよ。見本と作り方、必要な素材の一覧、仕様書を作ればあとは商会が何とかするだろう。しかし、すごいな君は」



『すごいなエリクは』

 お父さんは小さな僕によくそう言ってくれた。僕の頭に大きな手を置いてポフポフと撫でて。お父さんは色々なものを作りたいと言った。

『足りないのは魔力だけなんだ』

 だから五歳の時に教会で調べる魔力検査で、僕の魔力が多いと分かった時、ものすごく喜んだ。僕が作った物はお父さんとの合作なんだ。


 お父さん、お母さん、ジョン兄ちゃん、アベル兄ちゃん。みんな元気かな。

 僕はこんな所で何をしているのかなってずっと思っていたけど、

 でもここに、僕を褒めてくれる人がいるよ。



 ふいにヴァンサン殿下が立ち上がった。見上げると長い脚で一足飛びに僕の座っているソファに来て真横に座った。ふわりといい匂いがする。

 これは彼の体臭と普段使っている石鹸とかの香りの混ざった物なんだろうな。王族はみんなこんないい匂いがするのかな。

 ぽやりと見上げると瑠璃色の瞳がじっと見る。懐からハンカチを取り出して僕の頬を拭いた。

「え?」

 お父さんと田舎のみんなの事を考えていたらポロリと涙を零したらしい。


 大きな手が僕の頭を撫でる。いや、何で必要以上にくっ付いているんだろう。

 僕が身じろぎをするともう一方の手が伸びて、僕の食べかけのケーキを摘まんで口に持ってきた。口の前にあるケーキ。

 チラと彼の顔を見ると、じっと見ている。

 食べるしかないんだな。パクリ。

 殿下の手を食べる勢いで食べた。

 嬉しそうに自分の指を舐めている殿下。その手でまたケーキを摘まんで口に持ってくる。もう一方の手は僕の髪を弄んでいる。


 きっと僕はペット認定されたんだ。黙って大人しくケーキを食べよう。それ以上の事はしないよな。しない筈だ。ちょっと殿下を睨んでケーキを食べた。


「ねえ、エリク」

 殿下は僕の肩に手を回して低い声で話す。

「君に危害を及ぼす奴が現れるかもしれない」

 いい声だよな、低くて。僕の声は軽いテノールだ。

「だから、これを身に着けていてもらいたい」


 目の前に銀のトレーが置かれた。消毒薬とコットン。パンチみたいな器具とケースに入った何か。殿下がケースを開くと銀、いやミスリル銀の細かい細工を施したカフスのような物が入っている。

 ミスリル銀は軽くて魔力を流しやすく、魔道具の素材によく使われる。銀より少し青味がかっていて希少金属なのでとても高価なんだ。


「これは耳につけるピアスなんだ。これがあると君が攫われても居場所が分かる」

 これは魔道具だ。とても高価で僕なんかが手に出来ないような代物。

「少し防御もついている。一撃では死なない筈だ」

 でもこの国にこんなものを作れる人がいるのか?


「そんなものは」

「大人しくして、すぐ済むから」

「でも」

「君は色んなものを見ただろう」

 ギクッ。

「クレマン」

 護衛の騎士がコットンに消毒液を浸して渡す。殿下は僕の耳を消毒して器具で穴をあける。ホントにちょっとチクッとしただけだった。あとはピアスを耳に刺して後ろから留め金でパチンと止めて終わりだ。


「少し血が出たね」と僕の耳をペロリと舐めて、頭をポフポフと撫でた。

 どこを舐めてるんだよ。もう睨むしかない。

 王子は嬉しそうに笑って、余計に僕の頭をぐしゃぐしゃにする。

「そうだね、今度君を商会に連れて行こう」

「はあ」

 ヴァンサン殿下と次の約束をしてサロンを辞した。

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