06 白い蛇


「おい、何か来るぞ!」

 その時、ジュールの緊迫した声が響く。ジュールの『探索』に何かが引っかかったらしい。指さす方向にはまだ何も見えない。

「ちょっと強そう。レベルが分からない」

「えっ!」

「おい!」

 レベルが分からないぐらい強いってかなり上だ。僕は防御の玉を確認する。

 ズルッズルッと何かを引きずるような音が聞こえてきた。大物のようだ。

 さすがに大きいのはちょっと──。


「わっ、どうしよう。逃げる?」

「あっちから来るし、反対に逃げると階下に行く階段があるんだが」

「取り敢えず階段まで行こう」

 僕は二人の手を掴んで走った。

 勢いをつけすぎたせいか、必死で逃げたせいか、階下から上って来る人間に気が付かなくて、思いっきりドシンとぶつかってしまった。

「うわっ」


 僕はバランスを崩してあわあわと転げそうになった。でも転ける事は無くて、誰かの長い手が僕の身体に回った。

「どうした?」

「え」

 サラサラの銀の長い髪、瑠璃の瞳、僕を支えているのはヴァンサン殿下だった。

 これはチャンスだ。僕は毎日黄色い球を持ち歩いていて、さっき確認したばかりだった。とっさにそれを取り出して踏ん付けた。

 グシャ。

 中から薄黄色い透明の液体が出て、勢いよく僕と殿下の身体に伸びあがって、覆って消えた。


「な、何だこれは!?」

「殿下!」

 護衛の騎士が叫ぶ。

「きさま! 何をした!」

 騎士が詰め寄った。怖い。

「ごめんなさい、防御の魔道具です。何か大物がこっちに来て」

「クレマン」

 殿下が護衛騎士の肩を掴んで引き留める。

 振り返るとズルズルと引きずるような音を立てていた奴が、こちらに向かって来る。僕らが走って逃げたんで追いかけて来たらしい。


 ヴァンサン殿下と騎士が剣をスラリと抜いた。

「君らは下がって」

「「はい」」

 それが大分近付いて来たので何か分かった。蛇だ。それも白くて大きい。

 とぐろを巻いて鎌首をもたげて、口からちょろちょろと長い舌を出す。

 それからカッと口を開いた。大きく裂けた口から二つの牙が見える。


「あれは」

「ああ、こんな所に居たのか」

 殿下と騎士はのんびり話をしている。怖くないのかな。

「シャァーーー!!」

 大きく口を開けて、上から今にも襲い掛かりそうなのに、大丈夫なのかな。

 僕たち三人は怖くて震えていたのに──。

「捕縛」

 殿下の右手の一閃で「キュィ」大きな蛇は可愛い声を残して網の中に捕まった。

 片手で持ちあがるほどの大きさになったけど、上位の魔物にはそんな奴もいるのかな。蛇の素材はくれないよね。


「はあーーー」

 呆然として脱力する僕たちに、殿下の騎士クレマンが詰め寄る。

「念のためにさっき使ったものを出せ!」

 この人、きっちり仕事をする人だなあ。

「はい」

 僕は観念して持っていた防御のボールを全部差し出した。

「何だこれは? 初めて見るな」

 ヴァンサン王子が押収品を見る。

「防御の魔道具と言ったか」

「はい、これを足で踏ん付けると中からスライムで作ったジェルが出て、体を覆って防御力が上がるんです」

 他の効果とか余計な事は言わないでおこう。

「ふうん、君が作ったのか?」

「はい」

 ヴァンサン殿下は口元をちょっと覆ってから聞いた。

「ああ、私はヴァンサン・デジレ・バルテルだ、君は?」

「エリク・ルーセルと申します」

「エリク」

 この人また止まった。どうしたのかな? もしかしてスライムにアレルギーとかあるのかな。それとも副作用があるんだろうか。少し不安になって首を傾けて見上げる。


 僕がそんな事を考えていると、スッと彼の手が伸びて僕の頭に乗った。どうせ僕は背が低い、いや、でも大分伸びて平均身長はあるんだぞ。筋肉がつかないから痩せて細く見えるだけで。

 殿下だって、細く見えるじゃないか。背が高いせいか。なんか悔しいな。


 いや、そうじゃなくて、これ跪かなきゃいけないんじゃないのかな。

 王族を目の前にして突っ立っているのも無作法だよな。学院では平等とか言っているけど、校舎が違う時点で平等じゃないし。

 ヴァンサン殿下はポフポフと僕の髪を撫でるとスッと背を向けてそのまま行ってしまった。護衛が慌ててあとを追いかける。


 何なんだろう。ボケらと見送って振り向くと二人は微妙な顔をしていた。

 そういやずっと何も喋らなかったな。

「まだやる?」

 気を取り直したようにニコラが聞く。

「私はもう」

 ジュールがうんざりといった風に息を吐いた。

「そうだね」

 ヴァンサン殿下に防御の玉をぶっかけたから、もういいや。出来るだけのことはやって気が済んだというか。


 そういや、聖女が一緒じゃなかったなと、あとで思い出した。

 でも一緒じゃなかったけれど、聖女は見ていたんだ。

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