夜の散歩の目的は

今福シノ

深夜零時

 時計の針がすべて重なると同時、私は家を出る。


 いつも思う。昼から夜になっただけなのに、同じ場所でもまるで別世界だった。街灯だけが真っ黒な道路をぽつぽつと照らしている。空は地面との境界線を失い、黒で塗りつぶされていた。今夜は曇りのようだ。


「さて、と」


 こうして歩き、夜を感じるのがすっかり日課になっていた。

 心なしか、足には浮遊感。この時間が待ち遠しかったと、身体が憶えているらしい。

 だが同時に、夜のひんやりとした空気は心を落ち着かせてくれた。矛盾しているようだが、この二律背反こそが夜というものなのだ。


 歩いている間、特に何かはしない。ただ、薄黒いカーテンのかかった風景を眺めるだけ。あるとすれば、ほんの少しの違いに目を向けるくらい。あのアパートの角部屋、今日は電気が消えてるな、とか。


「……今日は少し冷えるなあ」


 これもまた昨日との違い。温かいものがほしくなったので、近くのコンビニまで行くことにする。


 夜の中、煌々と光るそれはどこか蠱惑的だった。私は夜光虫のように吸い寄せられ、ドアをくぐる。若い女性店員の気だるげな声が出迎えた。

 温かい飲み物を買うだけなのに、ぐるりと、ゆっくりと店内を一周する。客が絶えず出入りする昼間じゃこうはいかない。


 そうして独占状態の店内を堪能した後、ホットの缶コーヒーを手に取ってレジへ。店員は私と目を合わせることすらなく、淡々と値段を告げ、私が出した硬貨を受け取った。だが、それでいい。今の私にはそれで十分だ。


 コーヒーを開けながら、店を出る。苦みのある液体がのどを通り抜ける。私の興奮をほんの少しだけ和らげて。


 さて、帰ろう。この時間に別れを告げるのは名残惜しいが。

 そう思って歩き出そうとしたとき、


「あの、ちょっとお話いいですか」

「え?」

「私、そこの店員さんからストーカーの相談を受けていまして」


 いつの間にか隣にいた警察官はそう言った。

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夜の散歩の目的は 今福シノ @Shinoimafuku

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