第8話 ヒロインさんは逃げられない





 陛下との謁見は豪華絢爛な謁見の間――ではなく、陛下のプライベートな部屋で行われることになった。

 何でも私に気を遣ってくださったらしい。


 謁見の間でお偉いさんたちの視線に晒されながら――ではないのはありがたいけど、陛下に気を遣わせてしまったこと自体がもう大変。蚤のような私の心臓が破裂しそうだ。


「おぉ、おぬしが……。よく来てくれたな」


 私室(と呼ぶには豪華すぎる部屋)に入ると、いかにも優しそうなオジサマが出迎えてくれた。

 さすがに直接お目にかかったことはないけれど、肖像画はあちこちに飾られているので見覚えはある。――陛下だ。国王陛下だ。つまりはこの国で一番偉い人。


 胃がキリキリしてきたのは気のせいでは無いと思う。


 そんな私の気も知らずに陛下は遠慮なく私に近づいてきて、じっと私の顔を見つめてきた。まさかヒロイン補正は陛下までも虜に――と、ふざけることもできない雰囲気だ。


「――似ているな」


 は?

 と、思わず口に出そうになる私。危ない危ない。陛下に対して『は?』とか言ったら不敬罪ものである。


「ね? 似ているでしょう?」


 あまりにも気安く陛下に声を掛けるおかーさんだった。


「おぉ、似ている。似ている。若い頃のアリアテーゼの生き写しだ……」


 アリアテーゼ?


 私のお母さんはアリアという名前だったはず。いや名前が長いのでアリアという相性を使っていた可能性はあるけれど。あるいは偽名?


 お母さんを知っているのですか?


 と、問いかけたかったけど、さすがに陛下相手に質問する勇気はない私だった。

 それに、知り合いだったとしても、それがどうしたという話だし。お母さんはもう死んでしまっていて。私と陛下は初対面の赤の他人なのだから。


 昔を懐かしむようにそっと目を閉じる陛下。

 じっくりと時間を掛けてから陛下は目を開けて、少し申し訳なさそうにこちらを見た。


「伝聞の魔法で話は聞いた。アリス、キミには申し訳ないが、今年から魔法学園に通って欲しいのだ」


「は?」


 と、今度は口を突いて出てしまった私だった。不敬罪……には、ならなそうなのでセーフかな?


 いやなんで? おかーさんから魔法を習っているのでわざわざ学園に通う必要はないのですけど?


 私に疑問を察したのか陛下は説明してくださった。


「ハイリスから魔法を習っているというのは知っているがね。彼女は少々、こう……直感型の人間なのでね。おそらくは取りこぼしというか、教え切れていないことがあると思うのだ」


 ちゃんとした教師から一から魔法を教えてもらえ、と言いたいらしい。


「銀髪の人間は人を越える魔力総量を持っている。だからこそ専門家による教育を受けて欲しいのだ」


 つまり……『銀髪』は人間兵器みたいなものなのだから国家の管理下に置いておきたいと?


 魔法学園に入学したら乙女ゲームが始まっちゃうじゃん。

 なんやかんやの強制力で攻略対象と関わり合いになるのでしょう?


 絶対嫌です。


 と、断る勇気のない私。無理無理。今日の朝まで凡人だった私に、陛下に逆らうことなんてできるはずがない。


「……謹んでお受けいたしますわ」


 陛下に対する敬語ってこれでいいのだろうか? そんな疑問を抱きながらも頭を下げた私であった。


 学園に入学すれば乙女ゲームが始まってしまうだろう。


 しかしまぁ、元々攻略対象なんて高嶺の花(王族や高位貴族ばかり)なのだし、こちらから積極的に行動しなければ接点はないでしょう。うん、ゲーム本編でもヒロインの常識外れまでの行動力によって攻略できていたのだし。私が動かなければ何も起きない。はず。


 ――なるべく平穏に。攻略対象とは関わらない。


 そうして三年間を過ごそう。もう授業時間以外は図書室に引きこもっていよう。固く決意した私だった。


 まぁ、

 そんな決意なんて、乙女ゲームの強制力を前にしては何の意味もなかったのだけれども……。このときの私には知る由もなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒロインさんは読書がしたい 九條葉月 @kujouhaduki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ