第12話 函館到着

「いやあ楽しかった楽しかった。こんなに楽しいもんならいくらでもヒッチハイク乗せるんだけれどねえ」


「ありがとうございます」


「娘に言ったら喜んだかもね」


「えっ……」


 凪沙も愛玲奈あれなも血の気が引いた。この旅は、特に静岡からは死の臭いが強すぎる。


「あの、娘さん、どうかされたんですか?」


 恐々凪沙が訊く。


「いやあ、家出て行っちまってね。今はどこで何をしているのやら……」


 ため息ひとつついて頭を振った女性は続けた。


「あの子が十一ん時に離婚しちゃってさ。あたしは色々仕事を探したんだけど結局ドライバーくらいしか取り柄がなくてね。娘は実家に預けて長距離してたんだけど、思えば寂しい思いさせちゃってたね……」


 それには自分たちにも思い当たる節がある。こっそり家を抜け出して家族に寂しい思いや心配どころか途方もない迷惑をかけているだろう。


「あんたたち、家出じゃないんだろうね」


 ぎょっとして怯えた表情になる愛玲奈あれな。凪沙は明るい声でそれを打ち消すが、その声は少し上ずっていたかも知れない。


「やだそんなわけないじゃないですかあ」


「そっか、ならいいんだけれどね。よかった」


女性はぽつりと呟く。


「親ってのはさ、いっつも子供が思ってる以上に子供の心配するもんなのさ。ま、実際におなかを痛めて子供をもって見たらわかるよ」


「はい、気をつけます」


 凪沙はおどけるようにして女性の言葉に答えたが、内心では胃の腑が重くなる様な感覚を覚えた。彼女たちは腹を痛めて産む子などできようはずもなかったからだ。


 トラックが走り出してから二時間と少々で高速のインターチェンジを降り、函館駅前のそばまでたどり着いたのは午後七時を回っていた。二人がトラックを降りると女性もトラックから降りた。

 凪沙は少し真面目な顔をして女性を見つめる。


「ん? なに?」


「あの、子供の方は子供の方で、親が感じているより親のことを思っているものです」


 女性は一瞬あっけにとられた顔をしたが、すぐに笑いだした。


「ほんと、ほんとにそうだね。こりゃ一本取られたなあ」


 そしてこうも言った。


「ほんと、あんたたちみたいな娘がいたらよかったのに」


 彼女も自分たちが同性愛者だと知ったらそんなことは言っていられないだろう。凪沙と愛玲奈あれなは心の中で苦笑いをした。

 三人はLINE交換をして二人は駅へ向かった。女性はいつまでも二人の後ろ姿を見つめていた。


 愛玲奈あれながふうぅっと長い溜息を吐く。


「やっと着いたね、函館……」


「うん、やっと着いた」


 ここが愛玲奈あれなの死にたがってた場所、函館。


 愛玲奈あれなが地元で有名なハンバーガーショップに行きたいとわがままを言い出す。寛容な気持ちになっていた凪沙は特にたしなめることもせずそこへ向かった。明るい店内でソフトクリームとドリンクを買ってどこか浮ついて陽気に話が弾む。まるで街にデートに行ったときのようだった。


「次に行きたいところない?」


 頬杖をついた凪沙が愛玲奈あれなを愛おし気に見つめながら訊く。


「うん、じゃあまず函館山行きたいな」


「じゃ、急ご。ロープウェイが終わる前に」


「うんっ」


二人は路面電車に乗って函館山のロープウェイ駅を目指す。路面電車に乗って無邪気にはしゃぐ愛玲奈あれなが凪沙には愛おしい。


「わあっ、とさでん以来ね。なんだか懐かしいなあ」


「どればあぶりかな。懐かしいのぉ」


 凪沙がおどけて方言でしゃべると愛玲奈は大笑いして凪沙にしがみ付いた。


 函館山からの夜景は最高だった。まばゆい光の帯に二人は感嘆した。

 寒風に吹きさらされながら凪沙は思う。ここで死にたいと言う愛玲奈にとっては、ここにたどり着いたことで人生の目標はほぼ達成したのだろう。だがわたしは違う。これから二人で必死に生きて少しでもいい思い出を作るために足掻くんだ。もっとじたばたしてほんのひとかけらでもいい、幸せを手にしてそれを愛玲奈と分かち合いたい。そう思うと力一杯愛玲奈の肩を抱いて掴む凪沙だった。


◆次回 第13話 新しい暮らし

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