第10話 少女、害悪の昔話を聞く ※残酷描写あり


「ああ、莉緒さん、元気出してください!」

「私は駄目な信徒です……うぅっ……もぐぅ、美味しい……」

「おや、これは完全に折られたね」


 サザの前で机に突っ伏す莉緒、手には朝ごはんとして渡された卵のサンドイッチ。

 逆側の手には先程の会議を思い出しながら書いたぼろぼろのメモ。ヤスミンからの鋭すぎる指摘は、莉緒の心を折るのには十分であった。しかも、現在ヤスミンはサザとアイヴィを残し、また何処かへと消えていった。


「でもまあ、ヤスミンにしては優しいとおもうけどねぇ。俺たちなんて、最初めちゃくちゃ怒られたもんなぁ」


 アイヴィはそう言うと、莉緒とサザを見た。その言葉に、やっと莉緒は突っ伏していた頭を上げる。


「アイヴィさん……」

「ちょっとだけ、昔話聞きたい? サザはまだ赤ちゃんだった頃の話だけど。僕、サザたちのおしめ変えてたんだぞ〜」

 柔和にゅうわに話すアイヴィ。他のリーダーたちとは違い、その優しい感じに莉緒も少しばかり気が抜けていく。


「なんか、その言い方は恥ずかしいですけど。僕は何回でも聞きたいですが、莉緒さんは?」

「わ、私も聞きたいです!」

「じゃあ、昔々〜あるところに……」


 アイヴィが柔らかく話し始めた内容は、想像よりも遥かに悲惨な話であった。


 ーーーーー


 場所はこのグリーンフォール国の名もなきスラム街。いや昔は名前があったらしいが、知っている人は皆、屍になって腐敗し、土へと変っていた。

 だから、ただ子供が捨てられる場所になったようなその街の名を誰も知らなかった。いや、誰も興味がなかったのだ。


 目と鼻の先に、唯一機能している神殿・・がある。

 そこで国の市民たちは、産んた子供を神殿まで連れてきては、戦争に必要な能力があるかを確認。そして、使える子供は王たちが住む宮殿に売る。

 他の街の大人たちは、それで小銭を稼ぎ、狂った王は子供を戦争の兵器へと育てていた。遠くの国境線での睨み合いが続き、もう十五年経っているので、一人でも多くの使える子供へいしが必要だったのだ。無能なものを育てる余裕は、王宮にはない。

 女ならば、近くの娼館に売るっていう方法もあった。しかし、男は店や農業等が廃れた今、全く使い道がない。


 そして、使えない子供はこの街に捨て置かれた。

 アイヴィも、奴隷エルフの母親を孕ませた末端貴族の男に、容赦なく捨てられる。

 それが当たり前の日常だった。

 当たり前過ぎて、誰も反発する発想すらなかった。子どもたちは、肩を寄せ合い、必死に生き抜くために、道に倒れて死ぬ死体になんて目もくれず、城の少しの生ゴミ漁り、奪い合って生きていた。


 アイヴィもまた、母親から使えないと判定され、ここに捨てられた子供であった。


「エルフなのに、攻撃魔法ないのはなあ」

 まだガリガリで小さい身体のファイドがしみじみそう言っていたが、まさにその通りだ。そして、ファイドもまた、使えない能力のせいでこの子捨て場に捨てられた。


「『吟遊詩人』と『植物育成』だからねぇ。エルフらしくはないよね」

 攻撃魔法が取得できれば、軍人だったろうアイヴィはなんとか自分が育てた草を食べては、スラム街の片隅でどうにか生き延びていた。ただ、捨てられた子どもたちは、ほとんどの場合が死んでいく。特に神殿にすらかかれない赤子の場合は、母乳が出るやつを探すしかない。


 アイヴィも背中に赤鬼の子を背負って、半牛獣人の女に乳を分けてもらっている。


 そんな時、一人の豪華な黄色いドレスを着た少女が男を二人連れて、このスラム街にやってきた。


「貴方達、オートミールをあげるからさっさと並びなさい」


 オートミールと呼ばれる何かが入った入った大量の鍋、そして、美しい馬車。それだけで、彼女が只者じゃないというのがわかる。彼女の隣には神官と、魔族の子供らしき黒褐色肌の金髪が燕尾服を着ている。


「ヤスミン様、ほ、本当にやるのですか? ううなんと、酷い匂い」

「やるに決まってるわよ、給料分働きなさい生臭坊主。匂い? そんなもの、これから綺麗にすればいいだけよ」

「ヤスミン様……強制的に並べますか?」


「いらないわ、これで一発よ」


 当たりに漂う匂い。今まで食べたことはないものだ。しかさ、ヤスミンはオートミールを器に掬い、飲み干した。


「美味しいわよ、早く並びなさい」


 その光景に、見ていた子供たちはずらりと並び始めた。しかし、アイヴィとファイドはその光景を眺めるだけ、胡散臭い女だと警戒していたのだ。

 だから、ファイドの弟であるフレムが並びに行こうとしたのを二人で止めた。


「おい、やばいやつかもしれないんだぞ!」

「この国のえらいやつらだぞ、ぼくたちを捨てた! ころしにきたに決まってる!」


 その叫び声に、向かおうとしていた子どもたちの足が止まる。アイヴィたちの言葉も確かなのだ。ただ、その声を聞いていたのは子どもたちだけではないのだ。


 しゅんっと音がすると、アイヴィたちの十数歩手前にヤスミンが現れたのだ。


「殺すために、わざわざここに来るわけ無いでしょ。捨て置けば、あんた達みたいな死に損ないなんて、さっさと死ぬんだから」


 それはもっともな指摘だった。


「な、なんだと! この!」


 ファイドが襲いかかるが、栄養不足の子供と栄養が足りている彼女。男女の差なんて、簡単に覆される。扇で顔面に一発食らったファイドは、簡単に汚い地面に転がされた。


「いいこと、今から私達は、この戦争の終わりに向けて動かなきゃならないの」

 戦争の終わり。あたりの子供たちが、静まり返る。生まれた時にはもう始まっていたそれが、終わる時が来るのか。寧ろ、終わることができるものなのか。


「この国は負けるの。こんな、相手にナメられた籠城戦させられてるのに、気づかないゴミを処分してね。言っとくけど、戦争は終わったら、終わりじゃないわよ。負けたやつは、一生勝ったやつ搾取さくしゅされるのよ。どんな理不尽でもね」

 ヤスミンの言葉がよく通った。戦争が終わっても、まだこの酷い状態は続く。当時のアイヴィにとっては難しい言葉だったが、あまり良くないことになるのはわかった。


「私も貴方たちも、今のうちに私に協力して、自分の価値を上げないと、正直一生この暮らしで終わるわよ。そこに転がる名もなき死体となってね」

 指をさされた死体。それは既に肉が腐り落ち、蛆に食われ、誰だったのかもわからない死体。


「ただの搾取される奴隷で終わりたいなら、並ばなくていい。協力できないやつに手を伸ばすほど、私はお人好しじゃないわ。指くわえて、オートミールも食えず、街の隅で死ねばいい」

 その芯のある響きに、アイヴィは心動かされるしかなかった。フレムを留めていた身体を離す。


「早く並びなさい! 締め切るわよ!」

 フレムは一目散に走っていく。子供たちが一人また一人と、その列に加わっていく。アイヴィもまた、今だ痛いだろう頬を抑えて転がるファイドを無理やり起こした。


「アイヴィ! ……ったく、なにすんだ、あのアマ!」

「文句は後にしよう、並ぶよ」

「うっ……そうだな……」


 アイヴィに引き摺られるようにして、ファイドとともに並んだ二人は、オートミールを貰うかわりに共に再度能力判定をされ、どんどん仕分けされていく。生産職、教職、スタッフ職。



 そして、『吟遊詩人』と『踊り子』、そして、『コンセプトデザイナー』という能力を判定されたレイディ三人と、アイヴィの背中にいた赤鬼の子、後のシュレンと、ヤスミンが来る途中に見つけたというライオンの半獣人の赤ちゃんであるサザだけは、アイドル・・・・という枠組みに入れられたのだ。


 ーーーー


「その後は本当に大変だったよ。表向きは、スラム街に見せつつも、ある程度の環境整備していかなきゃならないし。まあ、僕たちはパンやご飯に釣られるがまま、ヤスミン主導のもとそれぞれの能力を伸びしたんだよ」

「わあ、僕を拾ってくれた日の出来事ですよね、やはりプロデューサーかっこいい!」


 のほほんと話すアイヴィとサザ。しかし、それに対して莉緒はただ顔を青褪めて聞くしかなかった。この人たちにとってそれは日常であるが、莉緒にとっては想像もつかない光景だ。


「いや、凄かったよ……アイドルなんて仕事、存在しなかったからね……死ぬ方が楽か、練習するほうが楽か悩んだ時もあったし……練習のがやばかった……」

「練習ですか?」

「ああ、言葉に、ダンス、歌、ファンサービス、とにかくありとあらゆるものを叩き込まれたからね。歌える僕や、踊れるファイドに『それだけでアイドルなんてほざいたら、許さないからね』って怒ってたしなあ」


 アイヴィはそう笑うと、サザの頭を撫でる。


「でも、そのおかげで、あの生活を当たり前だとは思わなくなったのは、救いかな」


 それは本心からの言葉なのだろう。莉緒の心にもすっと馴染んだ。確かに、その環境に比べたら、随分とマシになったと思う。


「莉緒さん、確かにヤスミンの言葉はキツイけど、あの人も俺たちを食わすために必死なんだ。ちゃんと伝えれば、わかってくれる人だから」


 アイヴィの言葉に、莉緒は頷くしかなかった。落ち込んでいても、ここでは何にもならないことに気づいたのだ。異世界に来てしまった。生きるすべのない自分に、サンドイッチを分け与えてくれているのはヤスミンだ。


「莉緒さん、でも焦らずですよ。僕も手伝うので」


 サザの言葉に励まされた莉緒は、うんと力強く頷くと、もう一度メモに向かう。推しサザの言葉は、莉緒にとっては最大の応援だ。

 記憶の限りを書き尽くした。



 

 

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