第9話 害悪、会議を取り仕切る


「ヤ、ヤスミンさん、ここは?」


 莉緒は自分が寝泊まりしていた管理事務所と呼ばれる場所から、地下を通じてまた別の建物へと来ていた。まるでどこかのショッピングモールのようなお店の並んでいる

 そして、まだ薄暗い建物の中一軒のお店だけが光っている。紫色と黒のストライプが貴重の外装に、蝶と蜘蛛のモチーフの装飾が施されている。また、看板らしき黒色の板には見たことのない文字で、デカデカと何かが書かれていた。


「いらっしゃいませ~。プロデューサー待ってましたよ〜あ、その子ですね〜!」

 そこには、中肉中背の店員が一人、紫と黒を基調としたドレスを着た女性が洋服屋から出てきた。少しばかり人の良さそうな女性は、ヤスミンに声を掛けた後、莉緒にも視線を向けた。しかし、ヤスミンも莉緒を見た。


「ここが、レイディの服屋『カオスクチュール』よ。で、彼女が私に娼館を紹介された女よ」

「うっ、その節は私が悪かったです……」

 ヤスミンの言葉に、あの娼館に紹介された人がこの人なのかと驚く。


「貴方が寝てるだけで大金稼ぎたいとか言うから、見学も紹介もしてあげたのに」

「すみません、大変浅はかでした。小銭ここで稼ぎながら、我が天使アイヴィ様を推させていただいております。今日も早朝手当目当てで、出勤いたしました」


 早口で苦笑いしつつ、ぺこぺことヤスミンに頭を下げる店員。莉緒は、なんとなくではあるが、多分ヤスミンによる教育的指導があったのだろうと予測できた。


「とりあえず、この子に服を用意してあげて」


 ヤスミンは、そんなヘコヘコする店員の言葉には特に意を返さずに、さらりと次の指示を出した。


「ヤスミンさん、次はどこに……」

「リーダーとの朝会議よ。ほら、あなた用のメモ紙用意したからこれに書きなさい」

 少し大きめの黒スーツに淡桃色のネクタイを着けた莉緒は、ヤスミンの手元に現れた紙の束とペンを押し付けられる。そして、スタスタと歩くヤスミンにひたすら着いていった先は、まさに会議室とも言える場所であった。その中には二人だけ来ていた。


「プロデューサー、莉緒さん、おはようございます!」

「ヤスミンさん、おはようございます。おや、君は昨日ライブ見に来ていた子だね」

「おおおおおはようございます! サザさん! は、はじめまして、塩谷莉緒です」


 サザとアイヴィである。サザは元気よく挨拶をし、アイヴィも穏和な笑顔を浮かべていた。他、リーダーらしき人たちは揃っていない。莉緒的には朝からイケメン、しかもサザから挨拶を貰えるなんて。猫耳をぴょこんっと立てたサザは、嬉しそうに莉緒を見ており、アイヴィさんもシンプルな服装をしており、美しい声だ。

 莉緒が胸をドキドキさせているが、ヤスミンの表情はとても険しい。


「また、あの三人が遅刻ね。トパズ」


 ヤスミンの声掛けが宙に向かって、されたと同時にドサドサドサっと会議室の中に男たちが、落とされた。


「た、助かった」

「んんっ……ぐぁっ! あっ? 朝?」

「あ、あああああ私の芸術がああああ!!!」


 シンプルな服装で、バイオリンケースを抱えたライボルト。

 真っ裸で寝起き感満載のまま、股間を申し訳程度のバスタオルに隠されているファイド。

 そして、物凄いクマを目の下に拵えたまま、作業着に黒いインクに塗れたレイディ。

 ヤスミンはそれぞれを見ると、肩をすくめた。


「ライボルト、また道に迷ったの?」

「申し訳ございません、道覚えるの苦手で……他のメンバーを起こすのも申し訳なくて」


「ファイド、弟に起こされてないの?」

「んあっ? あいつに起こされた程度で起きると思うか? 俺が。まあ、わりーわりー」


「レイディ、また貴方は寝てないでしょ。体調管理はちゃんとなさい」

「ああ、申し訳ございません、私の御主人様マイ・ロード! でも、私は芸術の女神に愛されてしまい、夜もこうして新たな芸術を生み出す使命が!」


「……まあいいわ、早く席に着きなさい。ファイドは、腰に布を巻きなさい」


 呆れ返るヤスミン。莉緒もその駄目な意味でのキャラクターの濃さに、思わず顔を引き攣らせた。ファイドのせいで特に視線の置き場に困った莉緒は、サザの視線をやる。彼はニコニコとその様子を見ている。やはり天使だなと思っていると、莉緒の視線に気づいたのか、こっそりとニコっと笑ってくれた。


 しゅき。

 莉緒の中から語彙力が消えた。


「もういいわ、さっさと始めるわよ」

 ヤスミンの声が、恐ろしく冷たい。莉緒はびくりとするが、もう目の前のアイドルたちは慣れてるのだろう、一切動じることはなかった。


「とりあえず、来月の集客は出てきたけど、あいも変わらずよ。ライブ動員一位はルビーレッド、最下位はギルティアメジリスト」

「そらな、俺たちはハデだからな〜」

「はっ、服破くしか脳がないくせに」

「なんか言ったか、レイディ。ファンが服破りを求めてるんだから、破る。それだけだろ?」


 ヤスミンからの発表に鼻高々と話すタオル一枚のファイドに、レイディが忌々しい顔をして睨みつける。実は、先程スーツを受け取った際、店員からアイドルの服を全てカオスクチュールで作っていると聞いていた。

 それを破いているということなのだろう。


「二人共、やめなさい。でも、グッズ売上は一位はギルティアメジリスト、最下位はエメラディ」

「当たり前でしょう。グッズはこの私、レイディがデザインしておりますからね! 特典だってしっかり用意してますから」

「グッズはデザイン一辺倒で使い勝手悪いし、ほぼほぼ特典でしょう」

「おだまり、アイヴィ。グッズがダサいデザインの栽培グッズとジョウロの人に言われたくないですね」

「森を耕すのは使命だよ?」


 栽培グッズとジョウロ。まさかの単語に驚きを隠せない。でも、アイヴィの言いたいこともわかる。

 カオスクチュールの服達はデザイン性が高すぎる。そこに、実用性を兼ね備えるのは難しいと思う。


「けど、顧客満足度やリピーターは一位エメラディで、最下位はサファイアブルーよ」

「僕らのファンたちはお行儀よく大人が多いからね、ねぇライボルト」

「……そうですね」


 ライボルトはしょぼんと落ち込む。他の人とは違い、噛みつき返すことはないようだ。実際に莉緒も暴徒化した令嬢を見てしまったので、他の令嬢にもヤバい人がいるのではとは思ってしまう。


「でも、外部イベントの招待数一位はサファイアブルーよ。それに、顧客満足度も、ファンの暴徒化しなければ、二位にしてもいいくらいなの。ちなみに、最下位はファイド、アンタよ。ルビーレッドじゃない、ファイド。アンタ、単体」

「僕は、僕にできることをしているので」

「俺が接待できる人間には見えねーだろ。こちとら、ハードな男なんだぜ。ライブで暴れてくれるファンだけが大事なんだよ」


 謙虚な言葉を返すライボルトとは違い、まるでそれがどうしたと言わんばかりのファイド。あまりにも対象的な姿である。

 それを他のリーダーたちが、じろりと睨む。

 サザはその中で唯一目線をキョロキョロさせ! 居心地悪そうに身を小さくしている。

 部外者の莉緒でも、この雰囲気はわかる。

 なんで、この人たちはこんなにも中が悪いのだろうか。睨み合いのような時間が続く中、ヤスミンの凍りつくような雰囲気が増した。


「ただね、貴方達の売上は、約束した・・・・売上に誰も達してないの。わかる?」

 底冷えするような言葉。リーダーたちの顔が強張った。


「貴方たちが、それをそれぞれで達成するっていうから、解散・・とそれぞれの新グループ発足・・・・・・・を許したのよ?」


 解散・・? 莉緒はリーダーたちを見る。まるで、昔この人たちが同じグループだったかの言い様だ。


「ジュ、ジュエル・・・・の時の売上は確かにねえけどさ」

「でも、私の御主人様、新規のお客も増えてきましたし 」

「リピーターだって多いよ、ねぇライボルト」

「はい、アイヴィの言うとおりです。イベントも増えましたよ」


「それぞれはね。でも、あなた達、一組も超えてないのよ」


 ジュエル。聞いたことのない単語だ。

 でも、その時ふと莉緒は思った。アイドル、特に日本の地下アイドルではメンバーカラーというものが割り当てられる。

 ここはグループ毎の色だと思っていた。しかし、もしかして本当は、元々この人たちのメンバーカラーだったのでは。そして、そのグループ名はジュエルだったのではないかと。


「いい、早く成果をあげなければならないの。お互いにずっといがみ合ってても、仕方ないの。お互いのノウハウをしっかり共有して、利益にしなさい。サザ、貴方もしっかり技を教えてもらいなさい」

「は、はい、プロデューサー」

「では、朝会は以上」


 ヤスミンは絶対的な雰囲気を崩さず、そう言い放った。雰囲気が最悪のままお開きになる。莉緒は会議の胃が痛くなる雰囲気から開放されたからか、どっとテーブルに項垂れた。しかし、ヤスミンはそれも構うことなく声を掛ける。


「莉緒さん、メモとったかしら?」

「え、メモ?」

 莉緒は手元の紙の束を見る。あまりにも衝撃の連続のため、自分の役目をすっかり忘れてしまい、その紙は真っ白のままであった。


「ただ聞いたことを、メモ取ることもできないの?」

 莉緒の心に、ヤスミンの鋭い言葉がどすりと刺さった。


 

 

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