第3話 害悪、アイドルと金について語る


 耳馴染みのない「異世界転移」という言葉に硬直する莉緒は、なんとなく頭に浮かべた漢字に嫌な予感からか冷や汗をたらりと流す。不安からか激しい動悸がする。莉緒は苦しくなる胸を抑えながら口を開いた。


「異世界転移ってなんですか、それ」

「あんたが知ってる地球とは、別の世界に来ちゃったってこと。異なる世界と書いて異世界。理屈は考えても無駄、飲み込んだほうが利口よ」


 なんとも絶望の響きに、莉緒の呼吸の調子が少しずつ狂い始める。


「でもっ……ヤスミンさんは日本って、タクティスも、知ってるんですよね!?」


 そうだ、ならなぜ、彼女はタクティスも日本も知ってるのだろうか。


「だって、タクティスは私が転生前最後推していた日本のアイドルだもん。まあ、歌舞伎で同担に刺されたせいで死んだから、ある意味死因でもあるけど」


 ヤスミンはケラケラと笑いながら、さらりと恐ろしい事を話す。同担、つまり彼女と同じ雅さんのファンをしている方に、刺されたということだろうか。

 何をやったんだ、この人。莉緒の顔はさらに引き攣る。というか、死んだってことは今のヤスミンは何なのか。

 莉緒は、目の前の女性について、考えれば考えるほど身体から血の気が引いていく。


「や、ヤスミンさんは……一体、な、何者っ、なんですか」

「私? あー私はね、そっちの世界の……ラ、ラノ……思い出せないけど、紙ペラオタクが言うには、異世界転生者って言うんだって」


 莉緒が異世界転移者なら、ヤスミンは異世界転生者。転生ということは、生まれ変わりということなのだろう。そんな言葉を、莉緒は初めて聞いた。紙ペラオタクと言ってるが、多分アニメや漫画のオタクの人たちのことで、その人たちなら知ってる単語なのだろうか。


 前世は莉緒が住んでいた日本で、そこで死んでこの世界で生まれたということなのだろうか。


 先程からずっと理解不能なことだらけで、莉緒の頭は混乱し続け、次第にヒューヒューと過呼吸気味になる莉緒。しかし、ヤスミンにとってそんな些細なことはどうでもいい。


 なにせ、彼女が今したいのは、莉緒の面倒を見ることではないから。ヤスミンは表情の一つも変わらない。


「で、私は今ね、こっちの世界でさいきょーのアイドルプロデューサーしてんの」

「え、プロデューサー……?」

「そう、さいきょーのね。莉緒さんも見てたでしょ、あの朝のお迎え」


 朝のお迎え、頭の中で思い浮かんだのは、 莉緒の中で入待ちと称したあの光景。

 そしえ、あそこで見た様々なイケメンたちが、脳内で美しく咲き乱れるように思い出す。


「ささささっ、さっきの、イケメンたちですか?」

「そう、全員この私がプロデュースしてる子達なの。あ、勿論お迎えとかのイベントもね」

「な、なんで……また……」


 この人は、さっきタクティスというアイドルが原因で死んだと言っていた。

 莉緒の問いかけに、ヤスミンは頬を紅潮させ、満面の笑みを浮かべた。


「だって、私、アイドルヲタクだからさ」


 それは随分とシンプルな答えであった。


「私にとって、今も昔もアイドルを追うことが生きる意味なんだよ。この世界にアイドルいないなら作るしかないじゃん。

 私の理想のアイドルの楽園をね。最高のアイドルたち眺めてたいんだよね。

 そう、それに、金にもなるしね」


「金になる?」


「実際、金になってるの。うーん、この世界・・・・でアイドル商売やる私、かしこーい。趣味と実益兼ね備えすぎだわぁ」


 怪訝そうな莉緒に、ヤスミンは片口をぐいっと持ち上げる。顔からその金の匂いが溢れてきそうなくらいに、いやらしい笑い方だ。


「じゃあ、莉緒ちゃんも見学する? うちの、ライブハウス。この屋敷から地下繋がってるからすぐ行けるよ」


「え、ちょ……」

「大丈夫、箱推し茶の間な子でも相当楽しめるからさ」

「で、でも……」


 戸惑う莉緒を余所に、ヤスミンはスタスタと部屋の扉に歩き始める。あまりにも迷いない歩みだ。ただ、いつまでもついてくる気配のない莉緒に気づいたのだろう。

 ヤスミンはゆっくりと振り返った。


「ほら、行きましょう?」


 その目は酷く冷えたような視線だ。やばい、と本能で感じた莉緒は慌てて立ち上がり、ヤスミンの元へと駆け寄った。


「莉緒さん、こういう理不尽な目にあった時は、イケメンだらけのライブで脳内ぶっ飛ばさなきゃ」


 にこにこ笑うヤスミンに、莉緒なんとも言えない引きつった笑みを浮かべた。



 ーーーーーー



 扉から出て、一度階段を下がった後、長い廊下を経て、もう一度階段を上る。地下通路と呼ばれている場所なのだろう。

 しかし、なんとも、ライブハウスの裏側のようで、莉緒は少しテンションが上がってしまう。


「もうそろそろ着くよ」


 そう言って、地下通路を抜け階段を上がった先には、とんでもない光景が広がっていた。


「わあ……」


 まさに、大豪邸。先程の内装とは比べ物にならないほど、白亜の壁に美しい装飾がされた内装。金の薔薇が咲き誇り、レッドカーペットが敷かれた階段が2階へと繋がっている。

 まるで世界史の資料集で見たお城の内装のようだ。なによりも、大広間の中央奥に、美しい金髪の女神様のようなステンドグラスが神々しくも輝いていた。

 乙女が憧れる光景というのは、もしかしたらこういうことを言うのかもしれない。


 そして、階段を線対称にするように、一階と2階にそれぞれ2つずつ、合計の4つの大きな扉が並んでいるのがわかる。


「こ、これは」

「ライブハウスよ」


 ライブハウスと行き切られたそれは、到底莉緒見てきたライブ会場の中でも、一番芸術度が高く、上品なティーパーティー会場と言われたほうが納得行くような場所だ。


「ここね、防音対策はかなり力入れてるから、同時に4つのアイドルのライブをやれる施設なの。凄くない? ファンも頑張れば、一日3つのグループは回れるし」

「3つ?」

「そう、午前と昼と夕方の3回ライブしてんの。けど残念なことに、衣装は替えてるし、セトリは一部違うんだよね。やっぱ、雑食より一途な子のが大切にすべきじゃん」


 セトリ、要はライブでやる曲順のことだが、要は同じライブはないということなのだろう。たしかに色々つまむ雑食よりも、そこだけを推してる人を楽しませるのは大事だろう。


「とりあえず、上手側の……赤のところから入ろうか。ルビーレッド、うちの人気No.1よ」


 そう言って、彼女が静かに一階右側の扉の方を開けると、そこはすでに会場内満杯。なによりも、鳴り響くロックソング。

 ワイルドな格好をしたイケメンたちが、ステージでは踊りながら歌っている。その後ろでは、バンドが生演奏をしている。


「もっともっといけるよなあああ!!!」


 特にセンターでシャウトをカマしてる赤髪茶褐色肌の男の筋肉が眩しい。ワイルドで俺様な面持ちで、殆ど布をまとってない衣装を着こなすなんて。


「わぁっ、えっち」


 莉緒は顔を赤らめ、手で顔を覆う。指の隙間から見るのが限界なくらい。えっちであった。


「まあね、ファイドの筋肉はエッチよね。本人も私もめちゃくちゃ管理してるもの」

「すごいですね……って、あ」


 思えばこの人、先程入待ちで挨拶をしていた人だ。

 しかし、実はそれよりも莉緒の視線を奪う存在がいた。このグループのファンと思わしき令嬢たちだ。

 先程までお淑やかそうだった令嬢たちが、髪を解き、拳を思いっきり振り上げ、ヘッドバンキングして狂っていた。


「でも、あ、あの、あれは」

「……さっきも言ったけど、ライブ会場は嫌なもん、頭ん中から全てぶっ飛ばす場所よ」

「頭自体ぶっ飛ばしてますよ?」

「まあそうね。でも、がんがん振りまくって、頭酸欠で物販来たほうが金落とすし、もっと振れって思うの。だって」


 爛々と話すヤスミンは、更に楽しそうに言葉を続けた。


「打ち出の小槌こづちみたいでしょ」


 なんともとんでもない単語が、隣から聞こえてきた。莉緒はヤスミンの方を振り向くと、横目でこちら見ていたのか視線がぶつかった。アイドルとお金という、茶の間でまだ歴の浅い莉緒にとって、彼女の言葉はあまりにも生々しかった。


「何その顔? だって、彼らの養分はそこから出てるんだから。もし、応援するなら、財布叩いてでも出すでしょ?」

「アイドルの養分は……応援じゃないのですか……」

「主成分の話よ、それも必須の」


 ヤスミンは、ライブ会場から出ていく。莉緒もその後ろをついていく。

 

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