第2話 少女、害悪に出会う


「まあ、詰めるのはこの辺にして、あなた日本から来たんでしょ。タクティスってまだ活動してる?」


 女性はやっと縮こまった莉緒に、無銭以外の


「か、活動してますよ。メンバー結構変わりましたけど」

「ヘェ、私、ミヤビくん推してたんだよねぇ」


 なんとも、きらびやかで豪華な応接間。

 挨拶も特になく、勢いのまま声を掛けてきた彼女に連れられて、あの屋敷の隣の建物へと連れてかれた莉緒。

 正直、本当についてきて良かったのか、と私は思っている。

 メイドなどの働いている人たちから痛い視線を浴びながら、ここまでやってきた。


 どかりと猫脚のソファーに座った女性は、美しいがキツめな顔つき。先程の言葉からも、性格は少しキツイというのもわかる。

 莉緒は縮こまりながら、ソファーに座りつつ、メイドが用意した紅茶を嗜んでいた。


 もう一度目の前の女性を見る。スタイルは細身でありつつもグラマラスな身体つき。着ている黒スーツも、シンプルかつ洗礼されたデザインだ。ワイシャツは首上まで締め、鮮やかな黄色のネクタイがとても眩しい。彼女は金髪のストレート髪を緩く後ろで結び、メイクも比較的薄いけれど目鼻立ちがキリッとしていて、とても美しい。

 野暮ったい自覚がある莉緒には、まさに都会の女という風に彼女が見えていた。


 さて、彼女の口から出てきたアイドルは、今では地下から這い上がったレジェンドアイドルこと、タクティスのみやびさんのことだ。金髪がトレードマークで、昔はビーナスよりも美しいと言われていた。


「み、雅さんは、脱退して、今私の推してるアイドルのプロデューサーです」

「まじ? やば、現地妻だらけの奴が、まじでアイドルプロデューサーとかウケるんだけど」


 眼の前の女性は、少しばかり小馬鹿にしたように笑う。私は言葉をつまらせたまま、引き攣り笑いを浮かべた。実際に丁度この前、その事実妻同士が路上キャットファイトしたのを週刊誌に撮られてしまったばっかりである。

 それにしても、仮にも推していたアイドルの暗部をペラペラと話す行為は、決して褒められたものではない。


「そういうこと、言うと駄目なんでは?」


 莉緒が恐る恐るそう言うと、彼女はわかりやすく目をグルンっと回転させ、そのまま莉緒真っ直ぐ視線で貫いた。


「いいよ、私、害悪ヲタクで有名だったし」

「が、害悪?」

「そう、推しと寝て、マウントして、匂わせするようなヤバいヲタク。なんなら、一度推しのホテル入って行って普通に撮られたこともあるし。まあ、アイドルなんて大抵そうでしょ」


 アイドルファンなら聞きたくない内容を、何でもないかのようにスラスラと話す彼女に、莉緒は耳を塞ぎそうになる手をギュッと握った。

 ライオンソウルはそんなことしない、言い切りたいが事実、プロデューサーはやらかしている。


「あ、もしかして、アイドルに夢見ちゃってた?」


 彼女は戸惑う莉緒の様子に気づいたのか、面白そうに口元を歪めて笑う。まさに図星。莉緒はアイドルに夢を見ていた。


「まだ、ファンに、なったばかりで」

「ああ〜、一番頭が花畑で楽しいやつだね。ごめんねーこんな楽しくない話ししてさ」


 疑心暗鬼になる気持ちをぎゅっと堪える。


「まあ、覚えておきなよ。完璧に・・・事務所が管理できないような奴らは、結局男なの。どっかで遊んでるのは当たり前なのよ」


 酷い言われようだ。

 でも、たしかに事務所が管理できないところで、そういうこと・・・・・・があってもおかしくない。だって、事実てして週刊誌や、SNSでそういうニュースは事欠かない。これ以上聞くと心がしんどくなる。莉緒はどうにか話を変えようと、彼女に質問した。


「今もタクティスを追ってたりは……?」

「してないしてない。それに、私以外の女と寝てる男とか、無理無理。私は、新宿のライブハウス限定の女とか言いやがったやつだよ? まじ、舐めてんのかってなる」


 女性は手のひらを「ないない」と言わんばかりに横に振る。こんなたった少しの会話でも、次から次へと聞いてはいけないことを沢山知ってしまう。莉緒の心は擦り減り、辟易としていた。


「まあ、昔の話はどうでもいっか。ねえ、無銭のお嬢さん、名前は?」


 すでに心を折れそうな莉緒に、ヤスミンはやっと満足したのだろう。やっと彼女の名前を尋ねた。

 本来ならもっと早くにすべきだが、ヤスミンはマイペースかつマウントを取りたがる嫌な性格で、莉緒は引っ込み思案かつ受け入れてしまう性格。相性的にも、ヤスミンに振り回されるのは仕方ないことだ。

 莉緒は粗相をしないようにと、少し緊張した面持ちで挨拶をする。


「あの、わ、私、塩谷莉緒と言います」

「莉緒ちゃんね、私はヤスミンと呼んで」


 今更すぎるが自己紹介をしなければと、上擦った声で名乗ると、彼女もまたニッコリと笑いながら自己紹介を返す。ヤスミンとは、まるであだ名のような名前である。

 しかし、彼女には日本語が通じてるし、タクティスの話も伝わるなんてと安心感が凄い。

 多分だが、ここは日本のどこかに違いない。


 莉緒は安心の微笑みを浮かべながら、ヤスミンに返事する。


「は、はい。わかりました、ヤスミンさん」

「で、莉緒さん、単刀直入にいうけど、貴方、異世界転移してるわよ」


「ええ、はあ、はっ?」


 さらりと返ってきた言葉は、あまりにも予想外かつどっきりにしては耳馴染みのない言葉だった。

 

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