深夜の散歩に御用心

味噌わさび

第1話

 深夜。俺は最近、散歩をしている。


 深夜の散歩……言い方は悪いがそれは徘徊とも言える。とにかく、俺は目的もなく、夜の闇の中を歩いているのである。


 ただ、最近問題がある。


 俺はふと、後ろを振り返る。


「……まだ、いない」


 俺はまた歩き出す。最近、なぜかはわからないが……誰かが俺をつけているのである。


 ストーカー……みたいなものなのだろう。ただ、それは、深夜の散歩をするときだけなのだ。


 しかし、いい加減、俺も我慢の限界だった。今日こそは……誰が俺のあとを付けてきているか、確認する必要がある。


 俺は少し早めに歩く。俺をつけてきている足音も早くなる。


 そして、俺はふいに走り出した。最初は足音も付いてきているようだったが……程なくして諦めたようだった。


「……ふぅ。なんとか撒けたようだな」


 俺は一安心する……って、撒いてどうするんだ。これじゃあ、誰が俺の後をつけてきているか、わからないじゃないか。


 自分の間抜けさに少し落ち込みながらも、少し落ち着くために周囲を歩いてから、俺は自分のアパートに戻っていく。


 と、アパートの近くまで来て、気づいた。人影が俺の部屋の前に立っている。


 まさか、俺の後をつけてきて奴が、先回りしてたのか? 警戒しながらも、かといって、その場に立ち止まっているわけも行かず、そのまま近づいていく。


「あ! 良かった!」


 と、アパートまで近づいていくと、人影がこちらに近づいてきていた。


 それは……メガネをかけた髪の長い、どことなく優しそうな若い女性だった。


「え……。どちら様?」


「あはは……。突然すみません。先程、あなた、ハンカチを落としていましたよ」


 そう言って女性はハンカチを渡してくる。俺は戸惑いながらもハンカチを受け取る。


「あ、あぁ……。そうなんですか?」


「はい。急に走り出したので追いつけなくて……だから、ここで待っていたんです」


「あ……。そう、なんですか」


「えぇ。でも、良かった。お会いできて。では、私はこれで」


 そう言って、女性は小走りで立ち去っていってしまった。


 ……いや、待て。おかしいだろ。


 なんで、アイツ、俺の家を知っているんだ? そもそも……俺は散歩の時はハンカチなんて持ち歩いていない。


 ということは、アイツが――。


 追いかけようとしたが、すでに女の姿はなかった。俺は先程女から受け取ったハンカチを今一度見てみる。


「……ん?」


 その場に捨てようとした時、ハンカチに何か汚れのようなものがついているのに気付いた。俺はハンカチを広げる。


「ひっ……!」


 思わず俺はハンカチをその場に落としてしまった。


 ハンカチには「毎日一緒にお散歩できて、楽しいです」と赤い字で書かれていたのだ。


「大丈夫ですかぁ?」


 前方の闇から声が聞こえてきた。そして、地面に落としたハンカチが拾われる。


 目の前には……先程の眼鏡の女が、狂気的な笑みを浮かべて、俺にハンカチを差し出していた。


「ハンカチ、また、落としてますよ」


 俺はその時、思った。


 深夜の散歩は……十分に用心すべきだったのだ、と。

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