第24話 身体は大丈夫かい?

「……そろそろ目を開けてもいいかい?」

「起きていたんですか」


 私が返事をすると、彼はゆっくりと瞼をあげる。私と目が合うと、ぱちぱちと目を瞬かせてふにゃりと笑った。


「穴があくんじゃないかと思ったよ」

「そんなに見つめてないですよ」


 幸せそうに笑ってくれると安心する。私も微笑んで返した。


「身体は大丈夫かい?」

「少し気怠いですけど、元気ですよ」

「それならいいけど。一昨日の夜は激しくしちゃったからねえ。これでも加減したつもりなんだ」

「充分に優しくしてもらえました」


 いろいろ思い出してしまって恥ずかしくなる。モジモジすると彼は私の頭を優しく撫でた。


「物足りない?」

「まさか」

「もっと欲しいって考えているような気がしたから」


 彼の発言に、私は首を横に振る。


「わ、私はですね、あなたの回復に必要なことをしただけで、他意はないの!」

「そう? 気持ちよくなりたいなら努めるよ」


 彼の手が私の肌を滑る。ゾクゾクとしてしまって、うまく逃げられない。


「ふふ。素直だ」

「その顔、ダメ」

「こうやって迫ると君が興奮するってことは学んだよ」

「ひぇ」


 可愛くない悲鳴が出た。降参である。

 あえて見ないように目をぎゅっと瞑ると、彼は明るく笑った。


「あはは。君の負担になるといけないから、続きはまたあとでにしようね。おかげさまで僕は元気だよ」

「そ、それはたいへん結構なことでございますねえ」

「ん? 続きはしないって拒否されると思ったんだけど、その返しは前向きに検討してるって捉えて良い?」


 先に起き上がった彼は私を見下ろしてにこっと笑った。


「続きは未定です。ですけど、私をからかう気力が湧く程度に回復したんだと思ったら、安心してしまって」


 捲れた毛布を胸元まで引き寄せて、私は返事をする。


「僕の心配なんてしなくていいのに。意外と寂しがりやさんなんだね」

「本性は寂しがりやではないと思いますよ」


 ふうと大きく息を吐き出して、私は言葉を続ける。


「でも、状況を思い出してください。長年付き合ってきた恋人と別れて傷心だってのに、命の危機を免れた直後なんですよ。人肌が恋しくなってもおかしくないって、そう分析したのはあなたじゃないですか」

「そうだけどさ、こうして肌を合わせて用済みになったら追い出そうとすると思ったんだよねえ」


 しみじみと告げられるとなんか引っかかる。私は首を傾げた。


「……追い出されたくなったんです?」


 私が指摘すると、彼は目をまんまるくして意外そうな顔をした。


「ああ、なるほどなるほど。僕は君から離れる口実を探しているのかあ」

「えっと……無理にお引き留めすることはできないと思っているので、その、ちゃんとお別れの挨拶をしてくださるならご自由にどうぞ。無言の無断で出て行かれると、また暴走すると思うので、できればやめていただきたいんですが」


 そうだった。

 彼は私が拾って連れ帰ってきてしまった自称神様である。彼が私への興味関心を失ったり、契約が満了すれば縁は切れる。それでこのお付き合いは解消だ。

 私の言葉に、彼はうーんと小さく唸った。しばし悩んだ後に、私の頭を優しく撫でる。


「まだ出て行く予定はないよ。消えてしまうようなこともない。だから安心して」

「そうですか」


 安心してと言われると不安になるものだが、嘘はついていないのだろう。

 私が頷くと彼は口角を上げる。にやり。


「それに、体を差し出す必要もないよ。君を満足させることはやぶさかではないけどね」

「手っ取り早い方法なのかなと思いまして」


 さまざまな方法はあるのだろうと考えられるが、残念ながら私には知識と技術がない。私から力を得るためにまぐわいをしたのだと彼から説明されたのでそうしたわけで。


「生気の摂取には僕に夢中になってもらえればいい。手段としてまぐわうのは、君からの注目を簡単に集められるから都合がいいんだよねえ。術として意識を集中できるようになれれば、まぐわう必要もないんだけど」

「おおう……」


 術か。覚えておいたほうが、外出時に何かあったときに備えられるよね。

 真面目に検討していると、彼は色気を感じさせる笑みを浮かべた。舌先で自身の唇を湿らせる。


「とはいえ、僕は君とまぐわうのは好きだよ。君の乱れた可愛い姿をたくさん見られるから、役得だよねえ」

「な、何思い出し笑いしてるんですかっ、変態ですよ!」


 彼の発言に釣られてこっちも熱くなってしまう。


「ん? 具体的に言って欲しいなら、あれとかこれとか詳細を教えるけど?」

「そ、そういう羞恥プレイを求めたわけじゃないです!」


 今にも語り出しそうだったので、枕を彼に押し付けてやった。彼は明るく笑う。


「あはっ、元気でなにより。どのくらい霊力を奪ってもいいのか、加減が難しいからね。取りすぎちゃうと体に支障が出るだろうし、たくさん残しすぎても他の面倒な連中に勘づかれて厄介だし」


 枕を元の位置に戻しながら、彼は答えた。


「……さっき私を抱いたのって、私の処置も必要だったからなんです?」

「必要ってほどではなかったよ。でも、したほうがよさそうではあったからね。ああ、でもね、僕が君を欲しく思ったのは、君がとっても乗り気だったからであって、処置とか自分の回復とかは二の次さ。効果は副次的」

「ええ……」


 その言い方は気に食わないのだが、意図的に嘘をつけない彼ではあるので、おおむね真実なのだろう。解せぬ。


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